01
スーパーに張り続けて何日目だろう。でも、絶対、このスーパーに今日こそは現れる。私のカンがそう言ってる。そう言い続けた私のカン、まだたかだか一週間だ。絶対に撮る。撮るかんな。撮らないと帰らないかんな。諦めないかーんな!
さて、二人が現れないので、赤裸々に自己紹介でもしよう。
残念ながら私は千年に一度の美少女ではない。週刊誌に上げる写真をどうにか激写しようと、スーパーの駐車場、自分の車に寄りかかりアンパンを食べながら、血眼で兎耳になって張ってる不審者である。女性に生まれたことは大変評価したい。絶対男だったら通報待ったなしだ。
さて、芸能界のげの字すら知らなかった私が、何故今アンパンを頬張れているか?
話は長くなる。聞きたくない人は聞き飛ばしてくれたまえ。私は二人が現れなくてガラスのハートが砕けちゃいそうなので、過去を思い返すことで正気を保とうとする。
そう、あれは――冥冥社長、略してお姉さま(そう呼んでくれる方が好きだなと本人に言われた)に助けてもらってから。いつだったか。大学在学中であった。去年だったっけ二年前だったけ。
過去を思い返そうと思ったが面倒くさくなったので、都合が良いところだけ思い返すこととする。
よってお姉さまとの出会いは省く。とにかくお姉さまは私にとって女神と同意義の完全な女神である。お姉さまの言葉は神の言葉。
とにかく色んなわけで、私はマスコミ業界のパパラッチみたいな人になった。
悪魔に魂を売り渡したと言っても過言ではないマスコミだけど、まあ、これでも哲学と共にカメラを持ってるつもりだ。悲しいリークはしたくないし、私の撮った写真で、彼らが不幸になることは、ないように。と思ってはいる。
芸能人に私生活なんてものは存在しないっていうのは、本当だけど。可哀相に。同情はするが萌えが抑えられない。やっぱり私は地獄に堕ちるわ。
でも、推しの幸せな私生活が少し、垣間見えるだけで幸せじゃないか。そういうニュースを私は発信していきたい。
例えば最近、私の写真と、取ったデータで組まれた特集は、 狗巻棘の推し具材 。あれは世界をハッピーにした自信がある。狗巻さんに、死ぬほどは恨まれていないだろう、と信じたい。ごめんなさい。
その前は、祓ったれ本舗の夏油さんがスーパーでプロテインを買うところ。『次はこのあたりを鍛えようと思ってね』ってポーズを取ってくれていたから話題になった。『君もどう?その筋肉の一つもない、だらしのない身体、スポーツして引き締めた方がいいと思うよ』って言われたっけ。
隣に並んでた五条さんは、しっかりとしたカメラ目線で、ニンジンぽん菓子でウサミミをしてた。凄い頭が悪そうだった。
見出しは確か、 筋トレ本舗、ウサミミ本舗――!! 。
『ウサミミ似合うじゃん。今度バニーにでもなる?そしたらお熱いスポーツできるし。お前のいいカメラで写真撮ったげるよ。どこに売る?』なんて、私も五条さんにウサミミニンジンされて言われたっけ。
…どうしてこんな記憶が存在してるんだろう。存在してる記憶?…ダメだ分かんない。推しと遭遇するとワケ分からなくなるよね。あるある。
はあ、思い返すだけで最高にアンパンがおいしい。二人とも、ちょっと近づくだけで、いい匂いするんだよね。今日も同じ空気吸っちゃうかも。嗅げるかも。見れるかも。今日見れなくても明日見れるかも。絶対に見る。見られる、私の才能は間違いない。私のカンでは絶対にそろそろ買い物に来るはずなんだ。ポジティブシンキングだけは常に成長を続けている。
まあここまで要約すると、私は他人のプライベートを無断で撮影した挙句無許可で世界に売るというマスコミ業で生計を立てているロクでもないクズ人間、ってことである。好きな人を撮影し世界をハッピーにし、それでご飯を食べられるなんて天職です。そう思うことで自我を保っています。って、あ、あ、このエンジン音は!
「あ~、外あっちー。早く行こーぜ」
~~キターーーッ!!
夏油さんが五条さんの後ろを、いつものネコの絵柄がついたエコバッグを何個か持って追いかけていく。胸がいっぱいになった私は食べかけのアンパンを鞄に突っ込んでそれとなく位置取りをはじめる。録音と録画は既にスタートしてる。小型カメラは進化したのだ。とりあえず、スーパーに入って行くところ、激写っ!五条さんがスーパーに入るところで後ろを向いて夏油さんを待ってる絵面がつらい!後ろでネコバッグ持って小走りで近寄って行く夏油さん!もうだめ!私の頭が爆発する!
とにかくそれとなく後ろを追いかける。二人はカートの上にも下にもカゴをセットして、スーパーへ入って行く。
「涼しいよな、このスーパー」
「うん。何買う?久しぶりに料理したいな、私」
「物好きなの?食い行った方が早くない?」
「けど悟、バーゲンダッツ好きだろ。そろそろ買い足さないと」
「それなー」
ここが一番バーゲンダッツ安いんだよね。最後に買おうね。と夏油さんが五条さんを野菜売り場へ戻そうとしている。けど五条さんは野菜売り場には戻らず、反対隣のコーナーへ進んでしまった。
同棲してると噂の二人は、そんで何買うこれ買う俺これ好きー。お菓子もあとにして。野菜売り場に戻ろうよ。あ、このカップラーメン期間限定だって。おもしろそーな味じゃん買ってみようぜ。うわ二つも買うなよ絶対おいしくないよ。分かる半分コな。ところで昨日の現場さ~――
身長が高すぎて変装も何もなくなっている白黒の二人が、食材を手に取り何か言い合っては、カゴに入れていく。ひたすら積まれていく。私のカメラには会話がすべて録音されている。私の頭にも! あっウインクされちゃった夏油様。やばいバレてる。
この二人にバレない時って、ないなあ。もう何回目だろう。とにかく、
――ごめんなさい邪魔しないからお願い。
そんな願いを込めながら、私はいつもの通り名札をシャツの中から出してひらひらさせた。認知されているパパラッチ、いいのかそれで?さぁ。
「や、ちゃん。今日は何日目?」
すると夏油さんが誰かに話しかけていた。五条さんもついて来ていて、すぐ隣で私を見ている。ん、ん?
「耳ついてないの?ちゃん」
「っひゃぁ!?」
さわりと耳に五条さんの指!?が触れて悲鳴が出た。
「っあの、えっと、あの、七日目です♥」
「可愛く言っても千年に一度の美少女じゃないから点で可愛くないよ。もう君みたいな猿、しょうがないから撮るのは構わないけどさ、会社に売ったらどうなるか分かってるよね?」
二人に促されるまま歩き出すと、野菜売り場に戻って来た。
「あっ塩対応…♥でも、あの、仕事なので…」
まだ帰れませんごめんなさい。出入口で張ってていいですか?
「脳震盪起こして記憶を失うのと、カメラを破壊されるの、どっちがいい?」
「ど、どっちも私の命なので、あの…」
「大丈夫、前者でいいなら安心して。きちんと君の家に送り届けるよ。君が私たちをうまいこと見つけられるようにね、私たちも、君の行動パターンに氏名に住所、把握しちゃってるんだ」
「えっ…私ただの一般人なんですけど」
「私たちだって人権で保護されてるただの人間なんだよなぁ」
「ごめんなさい。撮っておうちで楽しみます」
「ただのファンかよ」
私は鞄からスッとサイン色紙とペンを差し出した。
「サインください」
「開き直ったね…」
夏油さんがジャガイモ玉ねぎ人参、レタストマト、カレーにサラダかな?
「あとでね。そういえば何枚目?これ」
五条さんがレモンをカートに入れた。
「百枚目指してます」
色紙とペンも受け取ってカゴに入れてくれた。え、カゴ…。レモン…?
「百枚だけでいーの?」
「~~っ本当は棺を花の代わりにサインで埋め尽くしたいので、あの。ペンもセットでとってあります」
「言われてみれば毎回違うペンだな…恐れ入ったよ。気持ち悪いね…」
「お褒めに預かり光栄です」
「全く褒めてないよね」
五条さんが鶏もも肉をカートに入れて、「俺今日唐揚げがいい~」「昼に食べてなかった?」「そうだっけ?」なんて会話をしている。一歩後退ってそろりそろりと距離を取ろうとしていると、五条さんがパッとこちらを見て距離を詰めて来た。微笑んでるので胃が痛い。交感神経が優勢になりすぎている!!!推しの微笑みは心臓に悪い!!
「ちゃん、ホント天職みたいだねえ、その職業」
「え、えっと、あの、はい、」
「クビになったら声かけてよ。僕結構君の顔好みだから、愛人契約とか考えてるよ?」
「えっ不埒」
「お笑いのネタが増えんじゃん。新たな世界覗くのは大切だよね」
「えっ私祓本さんに協力できます…?」
「うん。今から転職してくれる?」
「や、あの、ごめんなさいまだ心の準備が。心不全で死んじゃうので。あと社長に殺される」
夏油さんの手招きに五条さんが気付き、私も一緒に連れていかれる。
「お前誰かに雇われてるんだっけ。社長誰?」
「えっと、冥、――あっ、いや、えっと、」
「あー冥さんね。お世話になってるわ、ちょくちょく。金でスクープ握り潰してくれるからさ。分春も雷通のも。マジで冥さんの人脈やばいよね、傑」
「それは完全に同意する。ところでちゃんは今日何食べたい?」
お菓子コーナーでチョコレートあめグミくっきーキャラメルぽてちポッキー色んなものを五条さんが下のカートに入れていく。下のカゴはお菓子専用だった。
「お二人の姿が見られたので、白米だけつつくつもりです」
「え?僕らおかずにして一人でするって?やばいじゃん、積極的だね。傑、これでもう買うもんない?」
「うん。並んでるからバーゲンダッツ買ってきて」
「オッケー」
「ほら、猿は猿らしく悟の荷物持ちしてきてあげようね」
「は、はい!喜んで!」
「傑のファンはんぱね~」
行こ、って手を出してくれた五条さんの手を、手、手!?取れない無理存在しない記憶?これ妄想だったらドン引かれるよサツが来る…。怯えていたら手を握られてしまった。心臓がバクバク言ってる。顔がいい。身体がいい。全部いい。いい匂いする。死ぬ。
アイス売り場で彼は手をはなした。周りには幸いにも誰もいない。五条さんの横顔が取れる位置を取る。完全にゾーンに入った。私は光の速度で鞄の中のカメラのピントを合わせシャッターを切る。私の動体視力が完璧な角度から完璧な表情を切り取る。残念だったな、この鞄は改造されているのだ!常に大事な大事なレンズが半ば剥き出し状態!でもそのおかげで鞄に入れたまま写真が撮れ~~るっ!!カシャ。
……あっ、撮った。撮、った。あっだめ振り向かれた死ぬ、だめ、まだ五条さんがバーゲンダッツを抱えている姿の撮影に成功したって余韻に浸らせて欲しい!死ぬ。死しかない。売り場のアイス溶かしちゃいそうなくらい顔が熱い。しぬ。
「撮られちゃった」
えへ、と笑う五条さんのウインクに悩殺されながら立ち尽くしていると、彼が私の腕にバーゲンダッツを何箱も積んでいっていた。や、待ってください、今の私溶かしちゃいますよ。ってどこまで積むんですか、三箱、四箱、え、ま、まだ買うんですか…?五箱……?
その後、放心状態のまま、二人が会計をしてネコバッグに買ったものを詰め、駐車場に歩いていくところまで付き合わされていた。
「――って違いますよ!!なんで私が一緒に買い物してるんですか!?!?」
気付くのが遅すぎる。だって顔がいいんだもん。顔が。顔が!
「いつもの流れっしょ。久しぶりだったね、一緒に買い物すんの。七日も待たせてごめん、ほんと。忙しくて」
「待ってません!待ってたけど!」
意味分からない何この状況、やっぱり存在する記憶だった!?って焦っていると、カシャとどこかでシャッターが切られる音がした。瞬時にそちらを見ると、シャッターを切ったヤツと目が合ってしまった。ねえ私のこと撮った?え、殺しに行かなきゃ…そのカメラ…。
――これは私の特殊能力の一つである。撃鉄を起こす音が聞こえるよろしく、どこにいてもカメラのシャッター音が聞こえる。なんならどのカメラかまで大体分かる。オタクである。
「どこ行くの。あまり騒がないで。そんなに騒ぐとバレちゃうから」
詰め寄りに行こうとしたら、夏油さんに腕を捕まれ引き留められてしまった。だからバレてますって撮られましたって大丈夫じゃないですから早く二人とも逃げて。あっ逃げられる、お前は逃がすか!逃が、、
「っだから、バレたんです撮られましたって!夏油さんどいて、あいつ殺せない!二人は早く逃げてください!」
「えー。じゃあポーズ撮んなきゃ。ほら、もっとこっち寄って」
「相手はもう逃げてますってば!!」
「別にいいから早く行こうよ。ほら荷物持って」
「え、あっはい喜んで。って、えっ!?わっ、おもた、」
「バカ傑それ重い方だよ。こっち持って。僕のバーゲンダッツ何箱かの一つね。そんな重くないから」
「荷物持ちで結構です…」
「いーからいーから。はい車ね」
「ほら、ちゃんは早く乗って。荷物持ってくれてありがとう。ご褒美をあげようね」
唐揚げカレー美味しかった!
後日。
見出しは、 祓本、3Pか!? 。お姉さまに渡された記事は私の手の中でグシャリと握りつぶされた。
してない。断じてしてない。私は夏油さんの作ってくれた唐揚げカレーをおいしく頂いて帰路についただけである。夜遅くなりすぎて、スーパーは駐車場まで閉まってた。泣いたのは別の話である。
お姉さまに詳しく聞けば、世に出回る前に、金の力で葬り去ってくれたらしい。恐ろしすぎる金の出元を聞いたが、はぐらかされてしまった。お姉さまには、揉み消すのは苦労したんだよ?と笑顔の圧をかけられ、もしも私の手から離れたら…分かっているね。と微笑まれてしまった。魂が抜ける気がした。
歩合制と基本給を導入して下さっている、お姉さま。バーゲンダッツの五条さんの写真は言い値で買って下さったが、それ以上に、また借金が増えてしまっただろう。基本給、最低限保障して下さってるほうの、私の安定した手取りは、真面目に、やばいことになっている。超、搾取されてる。これはもう歩合のほうで頑張るしかない。そうじゃないと死ぬ。でもこの職業やめられないの、推しを追いかけたいから。
生きるか死ぬかのギリギリで搾り取って行くお姉さま、さすがです。
仲良く買い物する祓本、
バーゲンダッツを爆買い
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