「先生、この子が――」
「社会心理学科一年の、狡噛です。先程の講義、大変勉強になりました」

 2100年、、雑賀先生の講義後、研究室、晴れ。

 雑賀先生をお招きし。単位外としたのに集まった、意欲的な生徒たちが勉学に励んでいるのを、私も後ろの席から見物していた。講義後、研究室へ狡噛君を呼び出して、随分前に彼がくれていた紅茶を彼にも出す。

「何か知りたいことがあるのかね?」

 会話に参加するのは遠慮させて頂く。先生は紅茶を啜り、若干改まっている狡噛君が頷いた。

「はい。プロファイリングに興味があります。先生の論文を通して雑賀教授を存じ上げまして、詳しく学びたく、今回無理を――」
先生をオトすために?」
「――は、っな、いや、…~~っ!?」

 狡噛君が私をうかがった、…凄い表情をしている。私は変わらず紅茶を口に含む。相変わらず美味しい紅茶だこと。

「分かってるさ、純粋にだ。すまん、少しばかりからかった。は俺に言っていない。さて、この紅茶は君が贈ったのかね」

 雑賀先生には、要らぬ口をひらいてはならない。追いつめられるだけだ。

「こいつはいつも俺に、淹れ方のなってないコーヒーを出してくれる。原因は二つあり…。一つ、俺がカップを手に持った時、が君へ視線を寄越し、俺を探るような目線は確認されなかったこと。二つ、もそれを飲んだが、慣れ親しんだ味とでも言うように、表情に動きは見られなかったこと」

 狡噛君が、ちらりと私を窺った。雑賀先生の目線は先から痛い。退出しておけばよかったかしら。

「…先生が自分で購入した紅茶であれば、雑賀先生の反応をうかがうはずだということですか」
「それも正しい。その他にも沢山のことが推測できる。もう一つ教えよう、は紅茶の味にうるさいぞ。人間は不愉快な物には敏感だ。君には嬉しい知らせじゃないかね」
「もしかして先生、これ飲んだことあったんですか?」
、お前ちゃんと教えてるのか?」

 バレてしまった。息を吐いて発言をする。

「……それなりには」
「それなりぃ?雇われは怠惰でいるべきだが、過ぎるんじゃないのかね」
「先生は勤勉でらっしゃるようで」
「持ってきた野菜は持ち帰ろう」

 どこへ収束するべきだろうか。うまいことやらなくては、野菜が帰宅されてしまう。

「…観察が基本です。私はこの茶葉が気に入りだったんです、元来」
「俺はコーヒーが好きだぞ。さて

 私のための助け舟は出されない。遊ばれているのに違いはなく、遊びつつ学習を促していらっしゃる。私について学んでくれなくても結構だというのに。

「…三つほどから推測されました。一つ、君が私を遮って自己紹介をしたこと。二つ、雑賀先生も仰ったように、私がコーヒーではなく紅茶をお出しし、君を見たこと。三つ、自然な動作というのは積み重なったことだということ。また最後に、私は人に部屋を見られるのを好みません。観察、と言いましたね。二度目からは既知です」

 既知は無知にはならない。一度したことは二度目から繰り返しの作業となり、常習化することで、自然な動作へ、倫理ともなる。全て容易く変わっていき、或いは崩壊するものだ。

「こうなるのが嫌だったんです」
「…先生、野菜も食べたんですか?」
「何ですって。食べますよ」
「で、。こいつの名前は?」

 雑賀先生に笑われている。狡噛君は信じられないようなものを見る目で私を見ている。失礼な。

「……貸し点数を稼いでくる面倒くさくて強引な子です」

 点数は変わらず相手方に持たれている。さようなら私の野菜。

「ったく。名前くらい呼んでやりなさい。他も少しは努力するように」
「面倒なんです」

 しかし、雑賀先生のために、私は秘密兵器を持っていた。席を立ち、後ろの棚を開け、本物の珈琲豆を取り出す。

「覚えるにはこの生徒を利用すればいい。見たところ、この子はそれで構わないようだが」

 楽しそうな声色でらっしゃる雑賀先生は、完全に私で遊んでいらっしゃる。振り返り、

「雑賀先生、私と付き合いますか?」

 その缶ごと先生に突き出しながら、面倒なので確信を突かせて頂いた。

「ふざけてんのか」
「そういうことです。ありえませんよ、狡噛君は生徒です」

 受理されたそれのおかげで、私は今晩の夕飯に想いを馳せることが出来る。

「喜べ狡噛、人としては脈ありだ。こいつは、紅茶以下、野菜と同等程度に、お前のことを気にかけている。俺はこいつを野菜ほど気にかけていない。俺は野菜を愛している。豆が出て来なければ持って帰っていた」
「………ええと?」

 狡噛君が、そわりと私の顔を見た。何故そのヒエラルキーでそわつくのかしら。不健全な学問であれど、もう少しまともに教えようと努力をしなくては。ひとまずは。

「雑賀先生が口を開く時は、学びを促すときか、アウトプットか、分析を組み立てるときです。しかしながら、親しい者を相手取った時の八割は、単に遊んでらっしゃいます」
「もう少し手懐けてみろ。こいつは案外コロッといくぞ」
「いきません」
「冗談だ。狡噛、健全に生きなさい」

 雑賀先生と狡噛君が連絡先を交換している。これで諦めてくれるでしょう。