「…先生?」

 2100年、、週末、街、晴れ。

「こんにちは。自転車の君」
「狡噛です。一年です。このやり取りは2回目です」

 何年生、と問われる前にフライングする。正直、自転車の君、と覚えられているだけで奇跡に近い。こないだから、少し嬉しい、顔は覚えられているということだ。

「こないだ、お話しがてら伺ってきましたよ。そのうち来て下さるそうです」
「そのうちって…」

 雑賀教授の話だろう、用件などは覚えていてくれるのに、この先生は基本的に生徒を覚える気が無い。

「食べますか?少し甘すぎたわ。今、分けましょうね」

 デニッシュを頬張ってらした先生は、包み袋と格闘してらっしゃる。彼女の左手の薬指に、いつもされていた指輪は見当たらない。

「いりません」
「あら残念。甘いものは好きじゃないのね。それじゃ」

 …そういう問題なのか?この人は時々ズレている。くるりと先生が踵を返してしまい、いつもと違い、結い上げられていない髪がふわりと揺れた。

「用が無いと話しかけたらいけないんですか」
「かける必要がないものね」
「用ならあります。先生が答えてくれないようなのが」

 立ち止まってくれた先生の左手を注視するも、先生は微妙な顔で俺を見やって、またも背を向けてしまう。

 仕方が無いから後ろをついて行き、そこらにあった自販機で、ストレートの紅茶を買って追いかける。

「先生、ほら。賄賂です」
「受け取りませんよ」
「俺は一本も紅茶なんか飲みません」
「紅茶なんかとは失礼ですね」

 ひたすらに並走する。それ以外、先生はいつもと然して変わらない恰好で、肩で風を切って速足で歩かれている。

「いつまで追いかけてくるの?」
「じゃあはっきり言わせてもらいますけど、指輪、されてないですよね、ご結婚されてらっしゃらないんですか。今日はオフだとお見受けしてます」

 歩幅が違うんだ、走っても俺の方が早い自信もある。

「狡噛君、君は16歳の学生、私は22歳の先生です」
「答えになってません」
「踏まえて聞きなさいと言うことです。結婚はしてませんよ。指輪をしていたのは、面倒くさいのを避けるためです」

 と言ったって、先生はあまり、本気で逃げる気が無いだろう。または、目的があるのか。

「……俺以外にもいるんですか」
「いいえ、秘密ですよ。私にとって狡噛君は、勉強熱心な面倒くさい子です」

 足を止め、俺と向き合った先生は、うんざりした顔で、俺が差し出していた紅茶をさらっていった。