髪を切ってもらう五条
「。後ろんとこの髪刈れない?」
ヒョコ、と五条が顔を出していた。バリカンを片手に持っている。
やっぱり気のせいじゃ無かったんだ。最近ロン毛になりかけていると思った。特級になって引っ張りだこの五条は些か雰囲気が尖っていなくもないというか、多分そういうときは疲れている。美容院に行く暇もないのだろう。だがしかし。
「……ごめん、自信ない。私不器用だから、やめたほうがいいと思う…」
「だよな~~」
折角バリカン買ってこさせてみたんだけどムリだよな~オマエじゃと五条が近付いてきて椅子に座り、天を仰いでイナバウアーみたいになった。背骨柔らかすぎるでしょ。
ゴメンと返しながら、私に出来ることは、おやつでも詰め合わせたりお茶でも淹れてあげることだな、と腰を上げる。すると、ぬ……と目の前に大きな影が出来た。うわあ傑。ウワこっちもこっちでクマが凄い。
「私でよければやってあげようか?」
「よ、傑。お前できんの? 頼むわ」
傑すご。出来るの?
「まあ刈るくらいなら。前髪は出来ないから切りに行きなね」
「理髪師が切りにくんじゃないの?」
「……それでもいいと思うよ」
五条の手からバリカンをもらった傑を見ていたら返事をしてくれた。お察し力が高すぎる。お察し力が傑程でもない私でも傑が疲れてるのは分かるよ、そこのお坊ちゃん五条と違って。もしかして。
「傑、自分で自分の髪も整えてたりする?」
「いや? 最近は伸ばしっぱなしかな。切りに行く暇もないしね」
ううむ。何も出来ない無能弱い雑魚すぎて申し訳なくなってくる。私毎日でも美容院いけるくらい時間余ってるよ! 傑に押し付けてるお昼ご飯おにぎり毎日作っても余ってるくらい時間余ってるよ!
……うーん。
*
傑と任務場所が近かったから、終わったら合流してメシ食おうぜ、と夕暮れの都内、適当な店を捜し歩いている最中だった。
「あれ」
じゃない? と傑が目線を寄越して来てるのが分かる。けど、俺の目は何十メートルか先にいるから放れなかった。
「……は?」
「珍しいこともあるもんだね」
「アイツ今日任務あった?」
「ないよ」
知ってる。
隣歩いてんのは補助監じゃない。同年代よりは少し年上だろうか、でも見るからにチャラチャラしててパンピーで、めっちゃペラペラなんか喋ってて、は熱心に頭を縦に振ったり笑顔を見せたりウンとかハイとかなるほどとか言ってそれを聞いている。は?
いやいやいや、お前俺の話そんな風に聞いたことある? ニコニコしてんの何? 距離近くない? 何髪触らせてんの? は? 死ねよ。
え、傑、あの男殺していい?
「悟。デートの邪魔するもんじゃないよ。行こう」
どんまい、と傑に慰められる。いや。え? 何、待って。理解が追いつかない。っつーか理解したくない。さっきの髪に触ってた男の左手にはなんの指輪もなかった。冷や汗、口角が歪に片方だけ持ち上がる。胃から何かがせり上がってくるような、心臓に鉛でも突っ込まれたかのような重さがあって、コメカミの神経が痙攣している。唖然呆然目が点ってやつ? 怒りか?
「いやいやアイツが彼氏とか……ンなわけねーだろ」
「本気で言ってる? 、見た目も性格も可愛いし、今まで彼氏いなかったほうが不自然だよ」
「あんなヤツにアイツは――」
相応しくない、似合わない、不相応だ。
……そんなヤツに俺、好きな子とられたワケ?
――これ以上言ったら虚しくなるだけだ。だから言わない。でも認めない。ゼッテェ認めない。別れさす。
「なんかロクでもないこと考えてるだろ」
「世界平和のための算段付けてるだけだけど?」
「うわぁ」
*
「。ケータイ貸して」
「え、充電切れちゃったの?」
昼時談話室を訪れるとやっぱり暇そうにしてるがいた。計画通りだ。
はい、と俺の手にこないだみたいなお菓子ボックスとケータイを渡してくる、警戒心が無さすぎる。ンなんだからあんな男に……。パカ、と開けてメールを開く。
アーゼッテーコイツ。次いつ会うかのやりとりをしている。メルアドは名前と誕生日で出来ているような感じの、登録名は見るからに男だ。フーン。まだ返信マークはついてない。けど送信済みメールを開く。どういう風な睦言のメールしてるわけ。お前は好きな男になんて言うの。なんで俺が知らなくてこのクソ男が知ってんだよ。クソムカつくんだけど。全部俺に言えよ。画面がの手で覆われた。
「いや五条、なんで人が送ったメール見ようとしてるの」
「見たいからだけど?」
「えっ……? ジャイアソなの?」
「うん。この男と次いつ合うの? 俺も付いていく」
「どうしたの五条。任務で忙しいでしょ。私がいつ誰とどこであってようが自由だし」
「だから自由尊重してんじゃん。俺も行く」
「赤ちゃんすぎない???」
「いいから俺も行く。日程は?」
「使わないならケータイ返して」
「ヤダ」
天高く腕を上げると、がケータイを取ろうと躍起になって俺にとびかかって来るので気分は悪くない。ぴょんぴょんしているのつむじを片手で押さえる。下を向くと無駄に長くなった前髪が睫毛に当たって鬱陶しい。
もう片腕では、男の名前から逆算して多分この欄のこのあたりにあるはずとクソ適当にカンでケータイ内の連絡帳を漁っていく。六眼ってケータイ見てなくても操作できるの? できない。
「大体何この男、誰の許可得て付き合ってんの」
「付き合ってないけど、付き合うのに五条の許可いらないよね?」
「俺ジャイアソなの。忘れた?」
「世界は五条のもの、その世界に住む私も五条のもの論?」
「分かってんじゃん。だから今すぐこの男と別れろ」
「付き合ってないよ……???」
「ほら電話繋がったぞ」
「はあ!?」
どうやって操作したの! 見えなくたって簡単な操作くらいできます~。カンタン……???
言い合っている間にも電話口から聞こえてきたモブ男の声に、が靴を履いたまま椅子に乗り上げて俺の手からケータイをぶんどり、繋がった電話を即切った。そんなに嫌だったわけ??
「人に迷惑かけない!」
「は」
思ったより激怒顔だったが手を振り上げた。「っつ、」バチンと頬が叩かれた。……痛いんだけど?????
彼女はプンプン怒りケータイをポチポチやりながら速足で談話室を出ていく。入れ違いに傑が入って来た。いつも傑って遅れて登場するよな、なんていう属性?
「うわ、どうしたんだいその顔。ゴメン、笑うことしかできない」
「……」
「一体何したの?」
言う傑を放り、俺は無言でポケットから己のケータイを取りだす。覚えているメルアドを直打ちし本文作成画面に入る。傑は一瞬画面を覗き込んできて直ぐに離れ、フッとうざったらしい笑みを浮かべている。うぜえ。傑は隣の椅子に腰かけた。
「あの五条悟がパンピーに嫌がらせ? 笑えるね」
「俺のパンピーの部分が平和的にパンピーに嫌がらせしてるだけだからセーフ。俺はタチ悪く相手呪ったりしないだけ超マシ、親切、比べんのも失礼」
よし、送信完了。呪いのチェンメ。こういうのが中高では流行るらしいって傑から聞いたんだけど。
チラ、と傑に目線だけをやると、頬杖をついてこちらを見ていた傑と目が合う。お前ニヤニヤしてない?
「何も聞かなかったの?」
「聞いたけど? 彼氏じゃないの一点張り。だから男に別れないと死にますメール送ってんだろ」
「に好きって言ったほうが早くないか?」
「別に俺アイツのこと好きじゃねえし」
「ぷ」
手で顔を覆い下を向いて肩を震わせている傑は超絶ウザい。俺はのくれてたお菓子ボックスをがさごそ開けて、傑に一つくれてやる。
「……から言うべきじゃん」
「うわぁ。一生付き合えないね」
「ハァ~~?」
*
「五条」
何ワクワクしてんの。
またしても昼時、はいとお菓子詰め合わせボックスを俺に渡してきたは何か知らないけどワクワク何か言いたそうに俺を見上げている。
ムカつく。
彼女の外出は一度と言わず何度も続いているようだった。何日かして傑に呪いのチェンメもいい加減にしなさいと般若を背負った笑顔で言われ、引き摺られてった先はとその男のデート現場で。ファミレスに入って何やら話している二人の会話に耳をそばだててモブ男について分かったことと言えば、の行きつけの美容院の担当だということだ。俺は未だその男についてそれしか知らない。
何もかもがムカつく。傑曰く二人は美容院かここのファミレスでしか会っていないようだよだそうだが、定期的にその男に髪触らせてるっつー事実からもう相手の男を殺したくなってくる。ドリンクバー一杯飲み干して殺意を抑え込み、大分冷めてたドリアの卵を崩してかきこんで、直ぐに店を出た。それが二人の直近のデートの話だ。一体なんて修行?
「……何で機嫌悪いの?」
「お前のせいだけど」
「えっ……」
お菓子嫌いなの入ってた? トンチンカンもいいところだ。
早く別れろ。それしかない。つーかなんで傑は色々知ってんの。俺には一言も無い癖に。美容院つまり己の職場に連れ込んで堂々と、とかマジで何考えてんだよ。デケエ鏡の前で『繋がってるとこ見える?』なんて言いながらセックスしてんだろ。してたら殺す。最近の俺はおよそ呪術師でなかったら既にモブ男を呪い殺しているレベルで心の治安が悪い。ヤバイイライラしてきた。
ねえ、とが遠慮気味に腕を伸ばして来て俺の制服のファスナーに手をかける。何? 今お前のせいで滅茶苦茶機嫌悪いんだけど。
「……髪、整えない?」
「お前できないじゃん、クソ不器用」
「プロに訓練してもらったもん。料理だって練習したら人が食べれるものになった」
ム、と口をへの字に曲げて些か突き出したその唇がうるつやでつつきたくなる。つまり今までの情報を統合すると。「……あの男?」「そうだけど。って察し良すぎない? 傑に聞いたの?」すっとファスナーを下げて新聞紙やらハサミやらを用意しているは緊張する…と俺のサイドの髪をプロがするようにとめて、俺の前髪を手で確かめている。する、と彼女の指が俺に触れてきた瞬間から心臓が暴れ出してうまく制御できない。つーか顔近えじゃん。
「練習してただけ? ……俺のために?」
「傑のためにもね。忙しくて二人とも、髪も切りに行けないみたいだから。クソ不器用、クソ雑魚だから時間はあるもん」
あのクソモブ男とは口に吸いついてチュッチュするような仲じゃなくてクソ真面目に髪を触り合う関係だったってコト? つったってこの顔の近さはさ。ドキドキすんじゃん。
「付き合ってねーの?」
「ないって言ってるじゃん」
「あの男に興味もないの」
「何言ってんの? あの人既婚者だよ」
「は。お前騙されてんじゃねーの。指輪してなかったじゃん」
「指輪してると髪に絡まるんだって」
「あー。って、はー?」
「ってなんで知ってんの? 見たことあったっけ?」
促されるまま椅子にドカリと座り込めば、がケープをかけてくれた。顔が熱い。が後ろに回ってってくれて良かったけどもう解放されたい。なんだこの羞恥プレイ。
傑ゼッテェアイツ知ってやがったな。その上でいつ気付くんだろうって表情ニコニコ内心ニヤニヤ楽しんでたに違いない。クソが。
はウーンと唸りながら、この間傑が刈ってくれた首の後ろをざりざり撫でる。くすぐったいからやめろ。
「早く切って」
「うん。急かさないで」
「うん。ゆっくりやっていーよ」
「うん? やっぱり後ろからやるね。失敗しても前髪より誤魔化せるから。刈り込めば行ける気がするから」
「好きにして」
高専にクソデカ鏡がなくてよかった。このクソニブ女に顔どころか耳まで熱くなってることはバレないだろうけど、顔を見られなくて良かった。
向こう、また通りがかった傑が俺を見て口角を上げる。後ろでは切れ味の良さそうなハサミがシャキシャキという軽快な音を出し始めた。
俺は、傑がの集中を切らさぬよう、気付かれないようソロリと談話室に侵入し調理場の方へ入っていくのを横目で見ていた。これ以上は見えないけど、何してんのかはなんとなくわかる。
「そういえば美容師さん、なんか呪いのチェンメが来るって参ってたんだけど、その割には全然その人の周りに呪いなくってさあ。平気ですよって笑い飛ばしておいたけど、何だったんだろ。大丈夫かな。そういうことってある? まだ様子見ておいた方がいいと思う?」
「なんもなかったならヘーキじゃん?」
「そう? でもちょっと心配なんだよね。今度切りに行った時に呪い殺されてたらと思うと、様子見てた方がいいかなって思うんだけど」
……。
「ぶっは」冷蔵庫内を漁っていただろう傑が我慢できなかったようで噴出した。
「ワッ傑!」
「イテッ」後頭部にハサミの先が刺さった。イッテエ絶対血ィ出たんだけど。
「うわっごめん大丈夫だった!?」
「刺さったんだけど。マジでクソ不器用じゃん。お前絶対俺以外の髪切るなよ。反転できないヤツこれが死因になり得んだろ」
「ごめんなさい」
ぴえぇ傑の髪も切れないかな……あ、傑おにぎり冷蔵庫に入ってるよとショゲ気味に言いながらもめげずには俺の後ろの髪を切ってくれてるけど、大丈夫かちょっと心配になってきた。デキによっては、五条悟丸坊主にならなきゃいけなくなるかもしれない。髪って地味に反転できねーんだよな。
「……それで、美容師さんどうしたらいいと思う?」
「……俺がどうにかしとく」
「ホント? ありがとう!」
「だからもうあの男と会うなよ。会う必要ねーじゃん。髪も切りに行く必要ない。俺が切ってやる」
「切れるの?」
「俺何でもできるよ?」
「確かに。でも絶対変な髪型にしてくるよねソレ?」
「美容師の連絡先消したらまともに切ってやる」
「素直じゃないなぁ」
「どこが?」
「全部?」
「俺にもそのおにぎり寄越せ」
「やめて顎動かさないで」
「……」
傑が俺の目の前に椅子を引いて来て、目の前でコップに入れた麦茶を飲みながら、うまそうにラップに包まれたおにぎりを食っている。だから昼時に談話室にくんのかよ。なんで俺はお菓子ボックスなの? 舐められてる???
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