蚊に刺されない五条

 クソ暑い初夏、教室の扉を開けたらふしぎな踊りを踊りながら同級生が発狂していた。

「あーーっ! また逃げられた!」
「何してんの? ふしぎな踊りやめてくんない? 俺の呪力吸い取ろうとしないで。エッチ」
「は? ブンブン言ってるじゃん。見えるでしょ!? ねえ。もう音だけでかゆい、なんでこんなに刺されなきゃいけないの、まだ足りないっていうの!? あっ!」
「逃げたぞ。空振ってやんの」
「~~っいたい!!」

 パンっとが力の限り叩いただろう手を振っている。ウケる。蚊は上下にふらふら飛ぶから、左右に叩きつぶそうとしても逃げられるだけだ。ンなことも知らねーの? 見てりゃ分かんのに。あ、見えないのか? どっちにしろフンスしてる見てんの面白いから教えてやんねーけど。あ、また止まってんじゃん。

「痛い。かゆい。ムカつく」

 俺は憤慨しているを眺めながら席につく。つかこの教室暑くね?

「ねぇ窓開けていい?」
「絶対やめて!」

 とんとん、と傑がの腕をつついた。、腕」ふーん、ああやって触ったら合法なのか。

「ギャッ!」

 パァンッと肌を叩く音がする。蚊が彼女の腕に止まったまま息絶えているのがバッチリ見えた。血と蚊の残骸がくっついている。蚊。血、吸ってんだよな。じわじわと赤く染まっていく腕の皮膚がいやらしく見える。

「なんで私ばっかり!?」
「うまいんじゃねえの」
「確かにな。血液型で刺されやすい統計は多少出てるし、体温高いとか、何かあるのかも」

 が蚊を叩き潰した手をふらふらさせて怒りながらどうしようどうしようとはわはわしているのを、傑がティッシュで世話してやってる。相変わらず面倒見良いな。合法的に女に触れる手段の引き出しが凄い。

「傑は吸われないの?」
「私かい? ふふ。いいだろこの子。カメレオンの呪霊なんだ」
「あっ一匹貸して欲しい……」
「ごめんね、私以外に懐かなくて。も食べられちゃうよ」
「そんなぁ」

 傑に頭を撫でられている呪霊は、が傑の近くに寄ったら口を開け始めた。おそらく威嚇をしている。ウケる。嫌われてんじゃん。そんな中でも、新たな蚊がの顔面に突っ込んで行く。呪霊は傑をロックオンする蚊以外には効力を発揮しないらしい。まあ俺も昔は蚊に結構好かれてたもんだけど。無下限まあまあ使いこなせるようになって良かったことのトップファイブぐらいには入るわ。蚊をいちいち消滅させなくて良くなったこと。見えるから噛まれはしなかったけど、視界に入る度滅すんの地味に面倒だったんだよな。

「うわっ何でまた居る!? 硝子は!?」
「私はユーカリの匂いがするらしいよ」
「何それ……まあなんかわかるけど、わか、……硝子にくっつけばいいのでは?」

 蚊は飽きもせずを追いかけている。見ていて蚊が鬱陶しい。アイツがメスってこと知らなきゃ多少イラついてたかも。つかそろそろ暑すぎて口を挟む気にもなんねえ。もう今日休みで良くね? なんでこんなクソ暑いワケ。の耳の周りにアタックしている蚊はまだまだ元気だ。確か蚊が行動不能になるのは35度以上だった筈だから、室温はそれ以下。窓閉めてんのはそれ以上にする作戦ってわけ? ゼッテェ違ぇよな。開けてたら入ってくんだろうな。知らねぇよ。暑いんだけど。

「無駄みたいだが」
「っひ、ブンブン言ってる! ……五条は!?」

 暑い。茹る。動く気にもならない。無下限をどうにか応用し暑さも寒さも凌げるようになりたい。俺は背もたれに背中を預け天を仰ぎながらバランスを崩さないように無駄に無下限を使っている。暑い。この暑さを凌ぐ方法。無下限。氷や炎が防げるのだから理論上可能なはずだ。多分俺が無意識にこの暑さじゃ死なねーとかそういう風に受け入れてるだけ。拒否、暑さを拒否……。下手したら酸素も一緒に切りそうだな……。酸素ボンベ買ってから練習した方がいーかな。コンビニ涼しいだろうな。酸素ボンベってコンビニに売ってんのかな。ボンベじゃなくて缶でいんだけど。

「五条!」
「何?」
「五条は蚊に刺される!?」
「俺? 俺は見えるし無下限あるし」
「……知ってる。知ってた。五条、ちょっと椅子引いて」

 が椅子を持とうとしているのか、俺の後ろで動いている。おそらく背もたれに手を滑り込ませようとしたんだろうけど、無限に阻まれ五条ねえ五条椅子引いてってお願いって後ろから耳元で言われてしまったので仰け反りかけた俺は瞬時に腹筋に力を入れ上体を前に戻した。

「椅子引いて!」
「何だよ!」

 椅子を引いて振り向こうとしたらは隣に居て、そのまま「お邪魔します」何をするのかと思ったらうきうき俺の膝の間に無理矢理着席した。

「は?」
「もうちょっと奥座って? あと脚閉じて欲しい。くっつけて。無下限にくっつくかんじにしたい」
「?????」
「よし。これで背後をやられることはなくなったわけだから、私は前方に注意してればいいわけだよ。無下限最高。お願い蹴らないでね」

 頭沸いてんのか?
 べったりくっついてんのに、ぎゅうぎゅう擦り寄って尚更にくっつこうとしてくる背中の柔らかさを認識したら、次いでやってきたのはなんでか甘ったるく香って来るの匂いで、髪が束ねられているせいで見える首元とか、伝う汗とか、コイツがちっちゃいせいで俺の視点からは見えかけている鎖骨と鎖骨の間とか。膝を引き寄せられてくっつけられたせいでぴったりくっついてる、尻とか脚の感触とか。柔らかいんだけど。え、何。ちょ、っと、待って。

「……ってなんか五条とくっついてない? 私今無限の内側に入ってる?」

 状況を理解してぶわっと熱くなってしまった顔を見られないのはまだ良かったけど、つばを飲み込んだ俺をくるりと振り向き見上げてくるの上目遣いに俺はさらに腰を引いた。待て待て待って。近い。近い近い。やばい。まずい。

「ごめん暑い? 五条そんなに夏、弱かったんだ」

 全然見られてるし。つか隙間開けた分、尻寄せないで。完全に勃ったら直ぐ分かる体勢なんだって。分かれよ。脳が下半身に直結してるみたいな男子高生なんだよこっちは。この体勢キツすぎんだろ。顔近付けたらちゅーできそうな距離。傑の堪えるような笑い声が聞こえる。ねぇなんでこんなことになってんの。なんでそんな純粋な目で俺を見てんの。こっちは不純なことしか頭にないんだけど。

「退けよ。暑い。邪魔すぎ。俺何もできねーじゃん」
「じゃあ蚊、殺して」
「しらねーよ」

 退けつったのに無視して前向くお前が悪いだろ。吸い付きたくなるようなうなじ晒して何がしたいの? ちゅーされたいの? 何でそんなとこまで蚊にさされてんだよキスマークに見えんだろ場所考えろよ。エロいんだよクソが。ふざけんな!

「ねえまじで退いて。俺もう無理」
「まあまあそう言わずにもう少し入れててあげなよ。手から二の腕まで、足首も……全身刺されてるみたいなものだよ、器用だなぁ」
「刺されたくて刺されてるわけじゃないもん」
「私の十年分くらい、いや、天寿全うするくらいは刺されてるかな。これ。この太もものところとか、ちょっとエッチだし」
「えっ……」

 俺の胸の中でがみじろいで、斜め向こうに傑が少し腰を屈んでいるのが見えた。傑がの内腿に手を伸ばしている。

「ひぇ、触らないで、かゆい」
「いやどこ触られてんだよ」
「私も無下限内なのかい? 嬉しいな」
「キモイこと言うなバグだよバグ」

 傑の指から逃げるようにが足を閉じて、更に俺の脚までくっつけようと寄せている。もう全部柔らかくて俺死にそう。いやいやしてる首とか、ふらふらしてる後れ毛とか、刺激が強い。視覚がヤバイ。
 許して傑俺ホントそろそろ勃ちそうだから止めて。助けて。頼む。
 目を閉じて精神統一しても状況は変わらず刻々と悪化していく。五条、って助けを求めて縋り付くようなか細い声が耳に入り、ひぇって喘ぎ声と言われてもまああると思えるような声が聞こえて、目を閉じ感覚が研ぎ澄まされているせいで肉付きや骨のカンジまで分かってきた。「……ていうかそろそろ蚊寄ってきてもよくない?」は俺の無下限バリアがよほど気に入ったのか降りる気配なんかないし、なんかもう色々と無理。全部ムリ。「さすがの五条も二酸化炭素は排出してるだろうし……体温はどうなんだ」蹴り飛ばして退かしたい。ずっと腕ん中いてほしい。ドキドキしてんの俺だけ? 「五条?」それも情けないけど、好きな子が警戒心ゼロで頼って来る感情に負ける。「オイ返事しろクズ。ていうか私も蚊で実験したいんだけどいい?」胸苦しいんだけど。何かの病気? 「何するの?」くるって振り返って見上げてくんの、あからさまに意識されてなくてヘコみそうなんだけど。「夏油、腕出して。五条は夏油の腕に蚊を追い込んでくれ」もうちょっと男として見てくれても良くない。今俺がお前に口付けようと思ったらできる距離なんだけど。

「五条」 
「今ムリ」

 夜蛾センが来てもは退かなかった。夜蛾センにいつの間に仲良くなったんだお前達とのお言葉をもらった。仲良くなってねぇよ。
 それからずっと俺にくっついて授業を受けてたは、けど座学が終わると五条ありがとう!って言って、ぴゅーっと凄い勢いで教室を出て行った。取り残された俺と傑と硝子と蚊で、硝子ご希望の実験をようやく行ったわけだが。なんかもうその日の俺は抜け殻みたいだった。勃起通り越して賢者タイムっていうか、勃起を我慢しまくった結果の賢者タイムっていうか、傑の手に止まった蚊が傑がめいっぱい込めた腕の力つまり筋肉に針を取られ抜けなくなって血を吸い込みすぎて爆発して死んだように、めいっぱい我慢した結果ヌケなくなったような満足感と虚脱感があった。勿論任務に行く前に一発抜いて行ったし、ちゃんと抜けて安心したけど、アイツはホント何がしたかったわけ。無下限バリアマシンはちょっと都合良すぎだろ。呪霊も硝子の言う通りに蚊と同じことやったら内部で呪力が爆発して死んだんだからな。いつか俺も爆発するからね?