二人の声が段々小さくなって、終ぞ聞こえなくなったから、立ち止まってチラリと振り返ると、大分距離が開いてしまっていた。ふてくされたような五条は、口を尖らせながら傑に何かを言っている。こちらの目標は未だ見つからなくて、川には水鳥が居るだけだ。
「反抗期五条君だな」
「わかる。でも、あの着物、カッコイイね」
「着物が?五条が?」
「両方。着物着てる五条が。でも傑の方が似合いそう」
「あ゛ぁ?」
「ひゃ、地獄耳。ごめんなさい」
追いついてくるの速すぎる。それに、まだ機嫌悪いの? 五条の圧、大きな声に、近くにいた鳥が逃げて行った。
にしても、どうするんだろう。このまま五条を連れ回すわけにもいかない気がするけど。いいのか悪いのか、結局土の上を歩かせてしまっていて、…袴の下の方が土煙で汚れてるのは見なかったことにしたい。そこだけの被害で済んでいると言い換えて欲しい。現実逃避しよう。値段なんて考えたくない。
「それにしても、ヌートリア居ないね…」
「帰りの方が見られるかもな。夜行性らしいし」
硝子は気になったことや知らないことは全部調べてくれる。だから賢いんだと思う。さすが硝子。でも。
「パケ死しない?大丈夫?」
「私は平気。は」
「あんまり自信ない…」
娯楽のみに使われていてごめん、私の携帯。そろそろ、次の橋のところで上がったらパン屋さんぽいけど。けど、なんか、あの橋のところ、なんかやばい車が止まってるような。目を凝らせば凝らすほど、黒塗りのヤバイ車が見える。上がるの怖いなあ…。…ていうかなんか人がこっち見て手、降ってる?
「…傑、五条」
とりあえず私は硝子の手を引いて、大男二人の方へ駆け寄り、ひっついた。これで安心。とりあえず死なない構えだ。
「誰あれ。知り合い?」
「ッゲ…」
坊ちゃまーと泣き叫ぶような声を出しながら、その人が走り寄って来た。あ、ああ。察した。ホントにお坊ちゃまなんだなあ。
*
怖い車に乗ってた怖い人、怖くなかったけど。なんか凄い可哀そうだったけど。は、私たちに死ぬほど頭を下げて。五条は人攫いにあったように連れ去られていった。
「そういえば今日どこに泊まるんだっけ。悟に聞いてる?」
って言った傑に、ハッ……となった私たち、これはよく帳を忘れて夜蛾先生に拳骨されるわけだと思った。とにかくどうしよう、焦っていてもしょうがない、当初の予定を続行だ!
って銀閣寺でパンピー脅かすところまでした。その間、五条から、ちゃんと連絡があって、ホテルここ。夕飯俺はいらねーつもり。五条って言えば通じるから。って来て、五条は何時くらいに来るんだろう、もうついてるかもな、お土産に辛口カレーテイクアウトしてあげよう。なんて夕飯食べて、何時くらいに着くって連絡して、ついた、そう、指定の住所に、ついた。
ロビー、普通のと言っても多分やばやばのやばな値段のお洋服を着ている五条と数時間ぶりに合流したわけだけど。こんな恐ろしいホテルに遊びまくってよれよれの様子で来てしまった私たちは全員死んでいた。開いた口が塞がらない一名、ドン引きしている一名、萎縮している私である。検索してから来ればよかった。五つ星ホテル。確かに名前を聞いたことあるような、ないような。こわい。
「…ごめん急だったから。融通利くいつものとこ取った。実家泊まんの嫌だったんだよ。ちゃんと二部屋取ったんだけど、…やっぱ、みんなでワイワイできる旅館とかのが良かった系?」
それをアホな勘違いした五条がお伺いを立ててくる。
「別に、嫌なわけじゃなくて。その、五条。いいの、こんなところに泊まっていいの…?」
「イヤなら取り直すけど」
「五条、有難く頂戴すんよ。借りは返す。今」
硝子が私の背中を押した。目の前には五条、顔を上げると彼の戸惑っているような目と目が合う。
「夏油、酒屋行って地酒たらふく買い込んでこよう。あんまりおいしくないと噂の」
「さすがに少しはおいしいのあるんじゃない?二人は酒癖悪いんだから呑んじゃだめだよ。それじゃおやすみ」
「え、え、え…?」
二人が連れ立って大きなエントランスを出て行った。
「…つまりどういう、こと?」
「…多分、俺とお前がおんなじ部屋」