灰原に誘われる

「はい、硝子、。来年はチョコ、忘れないでね」

 今日は座学だけの日だ。その座学が終わって先生が出て行くと、傑が私と硝子を呼び止めて、笑顔でお菓子の箱のようなものをくれた。「ついでに悟にもあげようね」可愛い箱をみんなでパカッと開けると、……マカロン!

「ああ。忘れてた」

 えっ……。ま、まさか。えっ、まさか。硝子が追加で手頃なサイズのお酒を受け取っている。……ねえまさか!

「す、傑。あの。なんでくれるの? その、今日は何の日?」
「決まってるだろ。ホワイトデーだよ」

 あーーーっ。ニッコリしている。あ、ああ……。今日これからの予定は決まった。そうだ、謝りに行こう。



 硝子のバカ。私これから医務室だから私の分までシクヨロってひどくない!? 一緒に買いに行こうって、絶対ホワイトデー忘れるから教えて欲しいなって、わたし、わたし……! っなんで硝子まで忘れてるの!? そんなぁ!! くすん。灰原と七海に合わせる顔が無い。泣いていても仕方がないので一人ぼっちで教室を出る。

 それから、勇気を持って一年生の教室に行ったのに二人は普通に居なくて、ジュースでも買ってこうかな…って自販機の前に立って、そういえば二人の好み何も知らない……って更に絶望した。五条なら甘いやつかペブシ、傑ならお水かペブシ、硝子ならお酒買っておけば間違いないのに。…どうしよう、素直に聞くしかないけど、と気落ちする。とってもどうして気が重い。校庭から聞こえる声に仕方ないから向かっていってみると、見事に二人とも居た。自主練だろうか、訓練している二人を呼び止める。忘れてましたって素直に言おう。ごめん許して。

さん!」

 笑顔でわんわん寄って来た灰原と真顔でこちらと目を合わせない七海。常々思ってたけど、七海は私のことが嫌いかもしれない。

「……あの」
「はい!」
「……その。ホワイトデーのお返しを忘れたので、硝子のと合わせて、一回だけなんでも言うこと聞く券にしたいです。ごめん」
「辞退します」
「即レス!?」

 七海の即レスが心に突き刺さった。「じゃあ飲み物の好みくらい教えて!」「結構です」「おねがい!なんでもするから!」「いらないと言っているでしょう」「いちごみるく!」「甘すぎる」「コーヒー!」「要りません」「ごはん!」「結構です」「ヌードル!」「要らないと言っている」「パン!」「……」うぎぎぎとにらみ合っていると、灰原が私の肩をちょんちょんしてきた。

「あの、自分はお願いしてもいいですか?」
「うん!!」

 何やら言いにくそうにしている灰原が何かヤバいことを言い出したら困るので、とりあえずもうちょっとだけお願いをする。お願い。殺さないで。

「あ、あの。でも、その。平和なタイプのがいいんだけど…。死ないような、あの。肉壁になってくださいとか、あの、そういうのはちょっと、その」
「そんなこと言うわけないでしょう!さん」しゃきっと背筋が伸びるような、真っ直ぐした声で名前を呼ばれた。
「はい!!」
「今度僕に一日付き合ってください!」

 えっ…え。んん……? それってつまりデートってこと?? 背後に、バキョォと何かが盛大に壊れる音が響いて吃驚して振り向いた。五条がいる。五条が手にしているペブシの缶を握りつぶしていた。
 えっ……。重力に従い中身がぼたぼた盛大に地面に落ちている。……手、大丈夫なの?あれ…。缶が圧縮されたみたいになってるけど……。

「ご、五条。手、だいじょぶ?」
「……灰原ァ」

 こっわ! 久しぶりに地を這うような五条の声聞いた! 五条は近寄って行った私を押し退け灰原と七海に向き直る。押し退けられた時に見えたてのひらは無傷だったので良かったけど、なんか、二人に向き直ったというにはあまりに物凄いよく分からない激怒の圧を出していて怖い。七海なんかピシリと固まって息を殺している。どちらかというと存在を消そうとしているように見える。灰原はええ~と…と混乱している。私も混乱している。

「……もしかして僕、何かしました?」
「いー度胸してるよね、オマエ。はどうするつもりだったワケ」
「えっ」

 なんでそこでいきなり私に話を振るの!?やだ怖い!誰か助けて! 七海は明後日の方を向いている。さっきまで一緒に困ってたのに!裏切者め!

「わ、私は。行くつもり、だけど……」
「へー」

 五条に上から下までサングラス越しに睨まれて、震えあがって俯き直立不動になるしかなくなった。怖い。ちょっと纏ってるオーラが怖すぎる。

「いや、あの。もし駄目なら良いんです。遠慮なく断ってください。他の人に頼みますから!」
「他の人ぉ?」
「……あーその。えーと。あーと…」

 超珍しくも灰原が言い淀んでいる。どうしたの灰原! しばらく、うんうん葛藤している灰原を三人で眺めていると、大きく息を吸い込んだ灰原が「七海なら!」と大声を出した。お、おおう。

「もし七海ならその日どこ行く!?」
「は?」

 話を振られた七海が、何故私に振る?呪うぞ。という顔をしている。こわすぎる。私、七海に嫌われてるのかなって思ってたけど、とりあえず憎まれてはいないレベルだと理解出来た。あそこまで恐ろしいオーラを出されたことは無い。七海は口を固く閉じて目許を死にそうに歪めている。ホントに死にそうな顔をしている。五条、圧さげてあげてよ。こわいよ。かわいそうだよ。

「……私なら、お相手の方にお任せします」
「違うんだよ!僕は七海の意見が聞きたいの!」
「今言った通りです。すみませんが任務があるので失礼しても?」
「えっ」

 灰原の口を塞いだ七海がダッシュで消えて行った。えっ絶対任務無かったんじゃないの!?灰原の嘘つけない顔がそう言ってるよ!!! 置いてかないでよこのメンツ沈黙が痛いの!!!

「……五条も行ったら?」
「あ゛?」
「ごめんなさい」

 今日の五条はあたりが強い。かなしい。

「で、灰原は何がしたかったんだよ」
「あ、いや、実は。七海にプレゼントでも贈りたいなと思ってて、一緒に選んでもらえないかなって」

 ぽりぽり照れくさそうに頬を掻く灰原はとっても犬だ。そういうことなら喜んで一緒に行くのに。

「いいね。あとで七海にも好きなもの聞いてみとくね」
「それは大丈夫です。さんは直ぐバレそうなので!」
「は、灰原に言われたくないかな!?」

 七海絶対さっき任務無かったでしょ!?もしかしてさん七海の予定を知ってるなんて僕ぐらい七海と仲が良いんですか!?そんなわけないじゃん灰原の顔に書いてあって分かったんだよ!書いてませんよ!?顔ごしごししなくたって書いてないよ!物理じゃないよ!物理じゃない……!?じゃあどうやって書いてあるんですか!?今度出かける時教えてあげるよ!それでいつ行くの!?今度の週末とかどうですか!?いいよ!俺も行く。

「えっ」
「えっ五条さんも来て下さるんですか!?」
「なんか悪い?」
「凄く嬉しいです!ありがとうございます!」
「じゃ、メールすっから」

 五条が灰原とメルアドを交換しながら歩いて行く。私は一人、取り残された。………えっ、これって三人で七海へのプレゼント選びに行くってこと!? えっ、なんで!?