ネコ仲間にする夏油

 ある日、と言うには出来すぎている。その日は猫の日だった。2月22日、私は運命のネコに出会った。違うな。正しくは、ネコチャンが会いに来てくれた。

 高専内にアラートが鳴り響き、緊張感に包まれたのに、アラートを鳴らした犯人と思われる呪霊は、私が自室の扉を開けたら目の前にちんまりと座っていた。見覚えのある呪力を纏っている、このちんまりしたもふもふの生き物。ドヤァという顔をしている。…この子は。

「……あの時の?」

 ンニャン。と胸を張るネコチャン。ネコちゃん。ネコちゃんの恩返し、これが…。
 すり、と膝に寄って来たからしゃがんで見つめ合って、指先ですりすり頬を撫でてやる。この手触りも随分と懐かしい。良い毛並みになったね。呪霊になってしまったようだけど…。随分フレンドリーな呪霊も居たものだ。

 この子に初めて会ったのは去年、悟に付き合って皆で京都に行った夏あたり。伏見稲荷もとい猫大社状態になっているところで、弱っていた子だ。


「…おや」
「…五条、このネコチャン……」
「この子、怪我をしてるね」
「ほっといて行くぞ。だから何だってーの」
「硝子」

 抵抗せずに小さく震えていたネコちゃんの傷を、硝子はいとも簡単に治していた。

「…この猫一匹救ってもさ。何も変わんなくない?どーせまた呪われて死ぬよ、コイツ」
「それでも、目の届く範囲くらいは良いだろう。もう少しだけでも生きておいで」
「…高専ってネコチャン飼えないの?」

 もう行くぞ。飼わない。自然に任せろ。悟に押し切られて、強くなるんだよって涙目のに言い聞かせられていたのに、こんなに早く出会ってしまうなんて。


「…お前、呪い殺されちゃったのかい?」
「ニャーン…」
「…そうか」

 ごろごろ言いながら、ネコちゃんは私にくっついたまま離れない。でも、これは、呪いだ。祓わなければならない、が。

「ニャニャニャー」

 どちらかというと、仲間になりたそうに、こちらを、見ている、ような。

「ニャニャニャー!」

 呪霊だからか、すぐる、と名前を呼ばれているような、二重音声のようなものが、聞こえるような聞こえないような。凄まじい目力を放っているネコちゃんと見つめ合った。
 悟を思い出させるような空色の瞳に、白くて長い毛はあの時みたいじゃなく、ふさふさでつやつやに潤っている。綺麗になったね。

「ニャニャニャ!!!」

 ネコちゃんはうきうきした様子で私の手に前足を置き、身を乗り出して口元に頭をすりつけてくるじゃないか。やっぱり、気のせいじゃないな。意思が伝わって来る。

「…いいの?死ぬまで一緒になっちゃうし、呪霊と戦わされてまた死んじゃうかもしれないよ」
「ニャーン!」

 いいから早くしろ、とでも言うように、ネコちゃんが身を乗り出して私の顔になおも頭を寄せようとする。

「分かった、分かったよ」

 呪霊玉にして、飲み込んだ。抵抗は感じない。意を決して喉を通しても、悪意の味がしないんだ。こんなにおいしくて美しい呪霊玉を、私は初めて食べた。
 驚きと小さな喜びを胸に抱えながら、私は再度ネコちゃんを顕現する。

「ニャーン!!!!!」

 ンニャンニャ言いながら大運動会を始めてしまった。部屋が滅茶苦茶になっていく。どこからどう見ても明らかに、嬉しそうだ。

 悟と対等でいられなくなっても、生きているのも悪くはないらしい。この子とこれからも一緒にいられるのなら、もう少し生きていてみようか。

「…私のことが好き?」
「ニャン!」
「そうか」
「グルニャーン!」

 飛びかかってきたネコちゃんをしっかりと受け止めた。顔で。お腹が凄いもふもふだな。すーはー息をする。
 ほっと、してしまった。そうだな、君は私の癒しだ。
 後ろには複数の呪力、それとバキッバァンッ!と扉が壊される音が聞こえた。あとで修理してもらおう。構わずねこを吸い続ける。

「傑、だいじょ、~~っねこちゃん!!?」
「ニャーン!」
「ハァ?何かと思ったらあんときのネコかよ。何呪霊になってんのお前」
「フシャー!!!!!」

 悟、嫌われてるな。それにどうも、この子は喋るようだ。人語を理解出来てるんだろうか。バカな子も嫌いじゃないけど、賢い子はもっと嫌いじゃない。

「もう死んじゃったの?」
「ングニャングニャ……」
「そっかぁ…。でも、これで傑とずっと一緒にいられるよ。やっぱり、傑のこと大好きだったんだね」
「ニャアン!」

 私の頭にひしっと抱き着きながら、ネコちゃんがと会話している。やっぱり会話が成立している。私にも分かるよ。

「硝子にもお礼を言いに行こうか?でも、浮気はだめだからね。必ず私のところに帰って来るんだよ」
「グルニャ」

 嬉しそうに、ふさふさもふもふの尻尾が私の首にゆるりと巻き付く。ネコちゃんは、世界を平和にするのかもしれない。