無視されて限界な五条
「ねえ。傑とシたの? 通話切っていいとは僕言わなかったよね。お前携帯も電源から切っただろ」
心配だったから、高専に帰って真っ先に彼女の呪力を追った。しかし彼女は僕が呼び止めたにも関わらず、僕を無視して脇を抜けて歩き去っていく。えっひどいんだけど。
「ちょっと」
「」
「え、もしかして無視?」
彼女の背中に声をかけながら終いには隣を並走して話しかけるもガン無視だ。これ絶対機嫌悪いやつだよね。え、なんで機嫌悪いの? 生理中じゃないよね? 周期まだだもんね。え、やっぱこないだガチで泣いてた?
「、ねえ。ただいまのちゅーは?」
「ってば」
「え、まじで無視な感じ?」
「ねえ無視しないで」
「つかどこ向かってんの?」
「ねえってば」
「寂しいんだけど」
「久しぶり愛しの悟くんが帰ってきたのにその対応ひどくない? まるで僕がいないみたいにさあ」
え、マジでイラチなんだけど。僕がこの世で一番嫌いなことナンバーワン、お前に無視されることだよ?
「おい。僕を見ろ。お前の分際で僕のこと無視していいと思ってるわけ」
低い声を出すと、怖かったのか彼女は歩みを止め僕を見た。その瞳は揺れ潤んでいる。いやいや理由も言わずに無視するお前が悪いでしょ、被害者面してんじゃねえよ。
「なんか嫌だったなら何が嫌だったか言ってくんない? まあ聞けるとは言ってないけど」
彼女はうるうるしながらも僕を睨んだまま口を開かない。可愛さ余って憎さ百倍ってヤツ? ムカつくから距離を詰め彼女を壁に押し付け、顔を掴んで背中を丸めて噛みつくように唇を奪った。口を無理矢理こじ開け唇を舌をねじ込む。逃げ回る彼女の舌はついには僕を押し返すようにするから、抵抗すんなと言わんばかりに軽くその舌を食んでやれば彼女が声を上げた。
「っい、やめ、ごじょ、いや、」
なんで拒否んのひどくない? 舌を絡め取って口内を犯すように、殊更口付けを深くして彼女を貪ってやる。何日振りだと思ってんの。堪能させてよ。応えろよ。応えなくても無理矢理するけど。すると突然パンッと勢いのよい衝撃が左頬にきて口が離れていた。なんなら頭というか脳が揺さぶられた。僕は唖然とした。
え、もしかして僕、はたかれた?
頭がガンガン揺れている。頬がヒリヒリしていた。鼓膜がイカれていたかもしんない、音がよく拾えなかった。咄嗟に反射で反転術式使っちゃったレベル。待ってなんで僕はたかれたの? ガチめにリアルな本気の拒否じゃん平手ビンタって。え? どういうこと? 珍しく混乱しながらを見ると、僕は更に混乱することになった。
「えっ」
泣いてる。泣かせた。え、マジ泣き? なんで? こないだから情緒不安定? 更年期には大分早くない? なんで? 涙腺緩くなっちゃった? マジで僕とちゅーすんの嫌だったの?
「すこし、一人にして」
少しって、どんくらい?
打ちひしがれる僕の声が誰もいないフロアに響いていった。
*
「傑。助けろ。そろそろ限界。が硝子に匿われててどうにも手が出せない。瀕死」
「残念だけど、そうなったらもう私にも無理かな。悟はもう少しの気持ちを考えてあげなよ」
「なにが? 何をどう考えんの?」
「少し放っておいてあげたら」
「えっなんで? アイツ僕のこと好きでしょ?」
「……」
「てかまた泣かれたんだけどアイツこないだからなんで泣いてんの? 加齢って涙腺も緩くするんだっけ?」
「ハァ……まあそれは本人も分かってはないんだけど……」
「は? なおさら俺に分かるわけなくね?」
「まあ、でも、女性の複雑な気持ちを尊重して、うんうん分かるよそうだねって話を聞いて、ごめんねって思ってなくても謝ってさ。優しく仲直りセックスに持ち込むのが賢い男ってもんなんじゃない?」
「俺が悪いことなんか世界に存在しないから誰に対しても謝れないよ? 僕」
「うん。じゃあ一生彼女に無視されて生きたら? そういう天秤だよね」
「ハァア~~??? 僕の事無視するが悪くない? 僕傷ついたしむしろ僕が謝って欲しいくらいなんだけど」
「うん、もう一生とセックスできないまま死ぬことになるね」
「無理。無理無理無理」
「悟はそうなったらそのうち強姦しそうだなあ……」
「は? 表出ろよ」
「悟が医務室に行きな。謝ってこい」
「やだやだ!」
「さとちゃんやめな。謝ってきなって。さっきは放って置いたらって言ったけど、実のところこういうことは時間が経つともっとややこしくなるものだよ」
「やだやだー!!!」
「ハァ……」
そんなことを言っていた僕は五日と経たずにギブアップした。僕が嫌いなこと。に無視されること。会えないこと。話せないこと。彼女の視界に入らないこと。
それはもう駄目だった。医務室に籠りっきりのは硝子に完璧にガードされてるから、ここ何日か僕は医務室に漂うの残穢でしかを感じられてない。ホントに僕そろそろ死ぬ。桃鉄一週間寝ずにやり続けろとか北海道と沖縄を行き来するだけの簡単なお仕事とか全国の新幹線隅から隅まで乗ってろみたいな任務があったとしてそっちの方が断然楽。比べるまでもない。だからお願い硝子返して。
「硝子。今回の件は全面的に僕が悪かった。本気で反省してる。から返してくれないかな~……」
「どこをどう反省してるのか言ってみろ」
「全部」
「分かってないだろ。おとといきやがれ」
一昨日これんなら来てんだけど。硝子に無量空処したら今日が明後日の一昨日になんねぇかな。まぁそれは冗談だけど。
はカーテンの向こうで、うんともすんとも言わず顔も見せず微動だにしない。勿論こっち側に硝子がいるので近付けやしない。硝子が自室帰るときは一緒に帰ってるみたいだし。仲良く女子会かよ。それだけでなく硝子も硝子でが当番の時医務室に詰めたり協力しているようなのでマジで隙が無い。ねぇそこまで怒ってんの? なんで? まあお前が泣いたのも最近じゃ珍しいけど、いやだからもう全部なんで?
「せめて何で怒ってるか教えてくんない?」
「自分で考えろ」
「……」
これだよこれ。硝子の理不尽。僕、超可哀相。硝子は軽率に僕をブロックする。しかも理不尽だ。は無視だし。まだ喧嘩しても教えてくれる傑のがマシ。
僕は、また来るから、と仕方なしに医務室を出るしかなかった。また明日任務終わったら来るから。
*
「硝子。娘さんを僕にください」
「誰が親だよ」
「僕のお嫁さんを返してください」
「誰が嫁だよ」
「お前。あ~~久しぶりに声聞いた……」
「あっ。つい……」
「いい加減仲直りしてくれ。がいるのは助かるけど、五条がうざい。コイツマジで24時間ニャイン爆撃してくんのな。思わず初日にブロックしたよ」
「私それ毎日ずっと」
「お前よく自立神経失調症にならないな」
「通知オフだし。読んでない」
「は? 嘘つくなよ。おはようとおやすみはあったじゃん。僕がお前の地雷踏むまで毎日出張先で電話するのだってルーティンだったじゃん。テレセだってした!」
「してない。テレセは五条が一方的にかけてきて突然始めたんでしょ。あと地雷踏んだんじゃなくてそれだって五条が悪かったもん」
「はい僕が悪かったとこまずそこね。そこと?」
「そこと?」
「………あと全部」
「五条きらい」
「とりあえず謝っておけばいい感が凄いな。夏油あたりに聞いたんだろ、その対処法」
「そうだけど何💢」
「もうヤケになってんじゃん。ウケる」
そうだよそんだけキてんだよ分かれよ。久しぶりにコメカミの神経がイライラしてきたのが分かる。もう何日触れ合ってないと思ってんの。とか傑とか、お前等くらいだよ僕の感情ここまで左右すんの。
「どーしたら許してくれるわけ?」
「原因が分かってないのにどうやって反省するんだ?」
「それを教えてくんないのがオマエラだからね?」
確かになと硝子が小さく笑っている。僕はまったく楽しくない。もう悟のライフはゼロよ。
硝子もいるし、僕が理由は分からずともどれだけ本気で反省しているか、誠意ってやつを見せてやろうと思う。そうして欲しいんでしょ? ならしてあげるよ。
痴話喧嘩で六眼を失うかもしれないリスクに挑む五条悟、ウケる。おじいちゃんたちが知ったら心臓発作で死んじゃいそうだな。
「もういいよ。が許してくんないなら目ん玉抉り取ってやる、今」
「ちなみに聞くけど誰の?」
「僕のに決まってんだろ。片目くらいなら差し支えないんじゃない? 両目での姿が見えなくなんのはツラいけどお前に一生許してもらえないよりマシ。ほら、じゅーう、きゅーう、反転術式でも六眼は復活しないかもよ? なーな、ろーく、「五条、そういうところがダメなんだよ」……じゃあこっち来てよ。僕本気で反省してるんだよ、これでも」
の呪力は少し波打っていて、硝子は完全に呆れて┐(´-`)┌ヤレヤレしている。ここまで言ってやんなかったらただの脅しじゃん。僕そういう趣味ないし。やるっていったらやるよ? に相手にしてもらえない人生とか本気で全部どうでもいい。全部とは言えないから、片目は残すけど。お前の顔見れないんじゃ両目あったってしょうがないのはマジ。僕はカウントを再開する。
「さーん、にー、……」
片目になったら黒い義眼いれよっかな。なんかちょっと面白そうじゃん。ぶっちゃけ硝子の反転術式でなんとかなんじゃね感はあるし、まあならなかったらウケるけど。反転したら六眼増えたりすんのかな。まあ僕の体から離れた時点で力失うとは思うけど。もう一回六眼が回復すんのかどうなんのか人体実験、未来の六眼のためになるね!
「いいよもう分かった。が僕を見てくんない世界なんて僕にとってはなんの意味もない。これは本当。まあそういうワケにいかないけどさ。ホントに僕が反省してるっていうのは分かって欲しい。じゃ、片目抉るから」
もし駄目だったとしても、まー片目くらいならくれてやる。それでお前が、僕の愛が本物だって信じてくれんなら安いくらいだ。
ドン引きしてる硝子の向こう、カーテンがシャッて開いて、久しぶりに見たはまた泣きっ面って感じ。真っ青になった彼女が術式を発動しているのを最後まで六眼で捉えていた。なに。結局お前、どうなの。何がしたいの。
ズプリと僕の指が差し込まれ、視神経を引き千切ったのは自分の目じゃない。僕は両目で、歪み飛び出る彼女の片目を見ている。彼女の術式は、意思を持つ範囲に限るが、マークした範囲を入れ替える――僕が指を入れているのは彼女の目だ。
全身がすっと冷たくなって、いつか彼女を失いかけたことを思い出す。直ぐに指を抜いて、目の前で膝をついた彼女を抱き上げる。
「硝子」
「こっち。ここ寝かせて」
片目を庇う彼女の手を掴んで退けたら、明後日の方向を向いている目と、そこから血の涙が滴っているありさまだ。何してんだよ。庇うぐらいなら自分で反転使えよ。硝子はみるみるうちに泣いて呻いている彼女の目を治していく。硝子が治し終えるまで、彼女は爪が食い込む程にきつく、僕と繋いでいる手を握っていた。
「。見える?」
「……ん。見える」
「なんで反転術式使わなかった」
「ごめん。焦っちゃって」
「いいよ、今回は。おい五条」
右手を構えた硝子に、パァン、とまた左頬をぶたれることを甘んじる。最近の僕の左頬はぶたれすぎている。
「私の大事な親友傷つけてるんじゃないよ」
「……」
その通りだ。でも僕だって傷ついた。僕は無言のまま、硝子が彼女の上半身を抱き起しているのを眺める。何を言おうか迷って、繋いでいる手を離そうとした。すると彼女が僕の手をまた取って指を絡めてきたから、とりあえず、彼女の名前を呼んでみる。小さな声で僕を呼び返して、僕を見てくれた彼女はひどく悲しいような表情をしていた。なんでそんなカオしてんの。笑えよ。
笑って欲しいと思ったら、僕の口はきちんと謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめん。僕の何が悪かったのか分かんないけど、許して欲しい」
「最悪の謝罪なんだが」
まー自分でもそう思う。でもそれ以外に言いようがない。これで駄目なら本気の本気で僕はどうしたらいいか分かんないよ。
彼女は黙って僕の眼を覗き込んできて、そこに僕のこの目があることを安心するように小さく息を吐く。それが更に僕の焦燥を駆り立てた。
本当に僕のことを何とも思っていなかったら。コイツは本当に僕の眼を守るためだけにやったんであって、それが全てだったら。
嫌なことあんなら改善するし、もし僕の存在が嫌だから話しかけんなとか言われたらそれはちょっと大分聞けないけど、兎にも角にも僕はお前の傍に居ないと死んじゃいそうなウサギさんになっちゃうってことは分かってくれないかな。今だってお前のこと抱き締めたくて堪らないのにこれでも一応我慢してるってことも分かって欲しい。何がそんなに嫌だったのか教えてよ。頼むからさ。六眼抉り取ってまで頼んでるんだよ僕。未遂に終わっちゃったけど。どんどん己の口元がへの字に曲がっていくのが分かる。もう一度だけ口に出してみようか。
「何が嫌だったか、教えて。分かんないと、治しようがないじゃん」
彼女は俯いて、僕の服の裾を反対の手できゅっと握る。怒らないしどこも行かないよ。どっちかっつーとお前がずっと逃げてたんだけど。
「……別に。他の子と寝るならもう私と寝なくていいじゃん。構わないで」
「……えっお前そんなんで怒ってたの?」
つい突っ込んでしまったが、硝子が僕を見る目は一層汚物を見るようなものに変わったし、は怒り通り越してしょぼくれてしまっているので明らかな失言だった。ワケを言っといた方が良さそうだな。つーかそれお前が悪いよ。あと言ってることとやってることが正反対なんだけど大丈夫?
「あのさ、僕が他の女切ってないの、お前が僕と仲良くしてくれないからなんだけど」
「怒ってないし、私は五条と仲良くする気ない。それに私は傑と寝ないから、傑と寝るような子と仲良くしなよって言ってる」
「ふざけんなお前は僕と仲良くしろ。それに僕だって寝ろとは言ってないでしょ。別に寝てもいいよってだけ。お前だって親友の硝子が僕に犯されんのは許せんでしょ? 一緒だよ」
「は?」
「許せないよ??? シンプルに硝子が嫌がるよ??」
「じゃあ、硝子が僕のことウェルカムだった場合で考えてよ。一緒でしょ」
「ウェルカムられてない自覚あるの?」
「それはいーから」
「そ、それは。別に、二人がしたいなら、……」
「お前は傑に犯されんの嫌だった?」
「……」
不満そうに口を閉じて眉を八の字に歪めて、が僕の首元に片手を伸ばして抱き着いてきた。え、これはイエスでしょ。
繋いでいた手を離すのは名残惜しいけど離して、彼女の背中に回してキツく抱き締める。服に血がつくとか今は知ったことじゃないしなんなら新しい服買ってあげる。彼女は特に抵抗もせず僕の腕の中に収まった。
何お前傑に犯されんの嫌だったの?? 僕が硝子を犯すのももしかして嫌?? 自分が僕に犯されるのはいいのに?? えっ……僕のこと好きだったりする? 僕が他の女抱くのも本気で嫌だったりするんだよね? えっそれ僕のこと好きだったりしない?
が僕の背中に腕を回し返して抱き締めてくるから愛しさで世界が終わる。素直になってくれたのかいつものように戻ったのか、顔を胸板に擦り付けてくるおまけ付きだ。
久しぶりのの匂い、感触、体温、存在。やらかいしあったかいし間違いなく僕今幸せ。僕の腕の中に収まってる、僕の胸元に顔埋めてる。僕に縋り付いて僕のことだけ考えてる。
「五条なんかきらい。六眼どうにかするなんて馬鹿な真似だけは二度としないで」
「うんうん、僕は好きだよ。に無視されなきゃ僕だってそんなことしたくないし」
「脅し? 最低」
「うんうん。僕のこともう無視しないでね」
「最低……」
……僕嫌われてる?
これって結局色々とどっちなワケ?
久しぶりの彼女の存在に胸が一杯になりつつも目線だけで硝子に聞いてみるが、オッエー!って顔で中指を立てられていた。えっ、なんで? ひどくね?
「五条なんかきらい」
「……僕は好きなんだけど。ホントに僕のこと、……」
嫌いなの、って聞いて嫌いって言われたらこのまま腕の中に居る彼女の骨が折れるだろうからやめとこ。全身複雑骨折になっちゃうからね。駄々ってる癖には無言で僕を抱き締める力を強めるの、う~ん、これはイエスでしょ。勿論好きなほうね。僕のこと好きなんでしょ? 好きなら好きって素直に言おうよ。僕が言えたことじゃなくね? いや今は言えるから。昔のことはもう忘れよう。
兎にも角にも、が僕を最低きらいって言ってること以外はオールオッケーだからもうこれはオッケーでいいね。態度だけならもう好き好き言ってくれてるようにしか見えないし。言ってくれないだけでこれはずぇっっったい僕の事好きでしょ。口でも好きって言え。
「五条のばか。ヤリチン」
「……」
ホントお前その口いらねーんじゃねーの。何が悪かったのか言え、って言う割に、何が嫌だったのかもハッキリ言わねーし。もう無視されたくないしやぶ蛇だから言わねーけど、なあ、おあいこ過ぎない?
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