恵くんとお買い物行く

「恵、それ欲しいの?」
「え、イヤ。別にほしくないです」

 心なしか、しゅん、と耳でも垂れ下がったような雰囲気。かわいい。かわいすぎる。お姉さんが何でも買ってあげるよ。でも一応、こういう時はどちらかを選ばせるって子育ては相場が決まっているような気がする。また今度、直ぐ一緒に買い物こようね。その時に片方、買おうね。私は恵が眺めていた2つのお菓子を手にとって、

「今日はどっちにする?ひとつは今度ね」
「…いいです。そんな子供っぽい菓子、俺が食うわけないじゃないですか」

 恵はそっぽを向いてぷるぷる震えている。何この可愛い生き物。お姉さんのお小遣いを犠牲にしていくらでも買ってあげるよ。「もうしょうがないなぁ」なんて言いながら、私は迷わず両方のお菓子をカゴに入れた。絶対でれでれの顔をしている自信がある。自信しかない。こんな顔、五条に見られたら絶対爆笑される。イヤだ。五条置いて帰りたい。そうしよ。再度、恵と手を繋いで売り場を歩く。

「津美紀ちゃんはどんなの食べるかな?お菓子作りも興味あるみたいだったし、小麦粉の方は買っていくけど。出来合いのお菓子…うーん」

 なにか一つくらい、津美紀ちゃんが好きなものを買っていってあげたい。五条が喜ぶようなお菓子でよければ、五条が買うところから少々頂くぐらいなら見逃してもらえる筈だけど…、でも五条が食べるのは、たまにがいいんだよああいうものは…って砂糖の塊みたいなものだし…。
 うーん、と悩んでいると、ふと手を引かれ、ん、と私を見上げている恵、――可愛すぎでは?五条ホントにどうしたの?いきなり子供の面倒見るとか、え、何、こんな可愛い子?可愛いから?何?十中八九術式がスゴイとか将来が楽しみだ~強くなるぞぉ~またはただのワケアリなんだろうけど何?可愛すぎて犯罪――に引っ張られるままついていく。

「…こういうの」

 私欲を優先しない恵くん。お姉ちゃんが大好きな恵くん。確かに、こんなお菓子の箱がお家にあったようななかったような。庶民的な値段のお菓子。
 カゴに入れようと思っても両手が塞がっている。可愛すぎる恵くんの手は可愛すぎるから離したくない。カゴを地面に置こうか、と思った時だった。いきなりドカドカ入れられて凄い重くなって死にそうになってカゴを見るとそこにはアホみたいな値段のサーロイン肉がドカスカ。直ぐに犯人にカゴを奪い取られ、正気か?と私は顔を上げた。恵が私の手をぎゅっと握りしめる。

、恵。ステーキする?」
「ご、ご、五条。冗談だよね?誰が払うの?これ…」
「将来の恵」
「ひっど…。あと私、そんな良いお肉、焼く自信ないよ…」
「ん?僕が焼く」
 オマエに焼かせたら肉が泣くよって一言余計なんだけど、五条なら超安いお肉だって絶品ご飯に変えることが出来るからしょうがない。
「わあ食べたい。五条のお金で食べたいなぁ」
「えー?もっと可愛くねだってみ」
「ごめんね恵。お姉さんはこのお兄さんにとって可愛くないから、このお肉食べれない」

 五条の中で私が永劫可愛い認定されることは無いだろうから諦めるしかなくなった。
 諦めて、津美紀ちゃんのお菓子を五条がサーロイン入れたパックの数だけカゴに詰め込む。

「お前そんな菓子好きだったっけ?津美紀の?」
「……だめ?」
「――さん。そのまま、もう少し顎を下げてください。あっ違います、俺の方を見るんじゃなくて五条さんを見上げててください。そうです。それでさっきみたいに、ちょっと首を傾げてください。そんな感じです。それで、今から俺が言うことを繰り返してください」

 五条が私が入れたお菓子の箱を手に取って裏表クルクル見ていたところ、棚に戻されちゃたまらないと思って、だめって聞いたのだ。そこで恵が大きな声を出したから吃驚して振り向いたら怒られて、なんか凄い明確な指示を出されてしまった。恵の今までにない、謎の圧に、ちょっと従ってみている。五条も黙って成り行きを見守っている。

「さとる、いっしょにおりょうりするなんてしんこんさんみたいだね。すきなひとのおりょうりたべるの、たのしみ」

 恵が黙った。私と繋いでいる手が、早く言え、繰り返せ、と急かすように何度か動かされる。……私今のセリフ言うの?無理無理。目の前の五条は口を一文字に結び真顔になって黙りこんだ。えっ、どういう感情?…とりあえず何か言わなきゃ。……要約すると。

「五条。私もそのお肉食べたい」
「不合格。この肉は戻そう」

 えっやだやだ。踵を返そうとした五条の腕に手を伸ばして慌てて引き止める。ちらりと彼が私を振り返る。また真顔。

「……ほんとにやるの?」
さん…」

 後ろからの切なげ声に堪らず振り返ると、今度はきゅるんとした瞳の恵に見つめられてしまった。前に五条、後ろに恵。逃げ場がない。
 …どうせ爆笑されるかブスって言われるか、だろうけど。少なくともやらないと恵からの好感度は落ちる。あと笑われてもブスと言われてもいい、いつも通りだし。だって、きっとやったら多分、爆笑しながらでも、五条はお肉を買ってくれる。そういうところは変に律儀なのだ。
 だから何が言いたいかというとワンチャン私もお肉食べたい。恵の言葉選びが変にハードチョイス過ぎるのだけが問題ではあるが、然したる問題ではない。何がどうなっても私は五条の好みじゃないので笑われて終わるだけ。そう、だから、実は、私も五条がおいしく焼いてくれたステーキ、すごく食べたい。
 悟、と彼の名前を呼ぶと、五条が勢いよく私に向き直った。私は彼の丸いグラサンに感謝した。真っ黒すぎるから、彼がどんな表情をしているのか、いつも隠してくれるのだ。視線もあってるのかどうなのかなんて分からないから堂々と射抜ける。ありがとうグラサン。
 それで、何だったっけ、続き……。衝撃的すぎてもう頭から抜けている。というのに、後ろから恵が小声で、いっしょにおりょうりするなんて…と囁いて私を促してくれる。悪魔の囁き。うそ。天使の囁き。強かな子よ…。

「…一緒にお料理するなんて、…その。…し、新婚さんみたいだね。…す、好きな人のお料理食べるの、…楽しみだなあ!!」

 口をへの字に曲げ不機嫌そうな顔で聞いていた五条は、私が言い終わると、長い長ーーいため息をついて頭の後ろをガシガシ掻きむしった。どういう感情?めっちゃ怖い。

「ア~~ハイハイこのお肉お買い上げしておいし~~く調理してあげましょうね~~!恵君は他に何が食べたいのかな~??人参食べれましゅか~??スープなんかも作ってあげましょ~ね~~ハッアーーマジでどこでそんなずる賢いこと覚えてくんの??このマセガキ。マジクソ腹立つんだけど」
「五条さん、耳あかい」
「るせえクソガキ」

 ぐいっと手を引かれたと思えば、五条がそのまま凄い勢いで歩き出した。「ちょ、五条もっとゆっくり、ゆっくり歩いて!ねえ!」足をもたつかせながら抗議するが、五条はその長すぎる足を大きく開いてスタスタ歩くことを止めない。後ろで恵が歩くを通り越して走り始めている。可哀相に。……いや、これは、スキップかな。夕食のステーキに思いを馳せているんだろう、きらきらしたお目目をして、楽しみオーラを隠しきれていない。全然嬉しそうにスキップしてる。…可愛いし、このままでいっか。