毒見する夏油
ついに来たか、と思った。にメールで呼び出された。
共有スペース、緊張した面持ちのが、私が座ったテーブルに持ってきたのは。まぁ、それっぽい、ものではある。お盆の上、一品山盛りのおかずのお皿と、お茶碗、白米だ。お茶碗に盛られている白米の方は、まあ間違いない味だろう。
少し前、に料理教えてください、と言われ、「人生には諦めと妥協が必要だと思うよ」と教えたのに尚も食い下がるから。最近は悟が最強になってしまってバカほど忙しくなり、硝子も硝子で忙しいから、私しか頼む人がいなかったのだろう。だから、とりあえずレシピを教えてあげた、わけだけど。
「……傑。これ、食べてくれる?」
彼女は不安げに私を見つめている。懇願されてる、というのか。しおらしいチワワみたいな雰囲気だ。テーブルの上にのせられた皿の中にのっている料理。まぁ、それっぽくは、ある。
しかし私は消し炭事件を忘れていないからね。あれは人間でも動物でもサルでも食べないだろうから、速やかにゴミ箱へさようならした思い出がある。あの消し炭を思えば、かなり上達した、と評せる、けど。…大丈夫かなぁ。
「………本当にレシピ通りに作った?」
「作った。作ったよ。レシピもらった日からずっとこの料理食べてる。当初から考えれば、少しは美味しくできるようになった、と思う」
「……仕方ないから頂くよ。全部は食べれないかもしれないけど」
はらはらしているが、胸元で握り合わせている手には切り傷。それだけでマズイという感想を口から出すのはやめようか、と思えるから不思議だ。
匂いはセーフ、口の中に入れて、咀嚼してみても、まぁ、まずいという程じゃない。ちょっと大分ひどい個人店に入ったなぐらいの感想だ。二度は食べたくないけど、親しい人に作ってもらったなら許す範囲、とでも言おうか。呪霊を取り込みなれている私からすれば、ご馳走だ、とでも言おうか。
「まあまあかな。あとは材料の切り方とか、火加減とか、そのあたりに気を付けるといいと思う。食べれないことはないよ」
「……っよかった~~!!」
ありがとう、とが破顔したところで、彼女の後ろに白髪が見えた。「よ」がパっと後ろを、悟を振り返った。なんだか、随分久しぶりのように思える。
「五条。…大丈夫?また寝てない?」
「別にヘーキ。つか傑なに食ってんの。一口もーらい」
私の手から箸を抜き取っていき、隣に座った悟は料理をつつき始めた。…行儀が悪いというのか、距離感がバグってるというのか、…相変わらず綺麗な箸の持ち方をするな。
悟はの料理を口に含んで、真顔で咀嚼し喉を通してる。けれど、そんな悟の横顔には少しの疲労が見える。任務を変わろうか、と言いかけて、口を閉じた。今の私が悟に変わることなど出来ない。
「まずい」
「マジレスされた。つらい。まっず、とかいうレベルですらなかった」
「やっぱお前の料理?何がどうしたらこうなんの。俺が同じ料理作ってやろうか?」
「さっき傑に改善点挙げてもらったもん」
「俺から言わせりゃ全部ダメなんだけど」
「……」
そんなこと言いながらも悟は、ひょいぱくひょいぱく食べていく。もぐもぐしながらよく言うよ。「ご飯おかわりするから持ってきといて」という悟の声に、が困惑しながら席を立って飯をよそってきた。
携帯をパカパカ気にしながら飯をかきこんでいく親友が少し心配になる。自分に何も出来ないことが歯痒く、同じ特級だというのに、ひらいてしまったこの溝はなんなのだろう、と考え込む日々が続いていた。目の前の白米とおかずはどんどん減って行く。も、つけてきたおかわりに手をつけ始めた悟を、何とも言えない顔で見つめていた。
「…五条はご飯、何が好きなの?」
「俺?唐揚げ」
「ハンバーグとか、ナポリタンとか、フライドポテト?」
「何で分かった。やるじゃん」
「…お子様ランチ……」
「あ゛?」
「旗立ててあげようね、ハンバーグ――いたいっ!」
「悟。女の子に手を上げるのはよくないよ」
「どこが女なんだよ。俺の女の定義はここまでひどいメシつくんなくておっぱいがデカい子のことを言うから。こいつは女じゃない」
変わらない距離感。最近、私だけ勝手に距離を測りかねているようだ。何か、すれ違っているように感じているのはどうしてだろう。と悟は変わっていないだろう。変わってしまったのは、きっと私かもしれない。
「げ、そろそろ次の任務、遅れすぎて怒られっわ。残りもらってっていい?早くタッパかなんかつめて」
「え、まずいんでしょ。ホントに、いいよ無理して食べなくて。私のカロリーメイドあげるから」
「食えない程じゃないしカロリーメイドよりこっちのがカロリーある。早くして」
悟に顎で急かされ、が慌ててラップを持ってきて、「ごめん傑」と言うから、私は手元のおかずを包んでやる。が向こうであつい!とか言っているから、ご飯を包んでいるんだろう。「五分前行動が基本だろ、悟。そういうところ直したほうがいいよ」「五分前行動してたら24時間過ぎるわ」「それは大変だ」が戻って来て、「サンキュ!」悟が私たちの手からご飯を受け取って消えて行った。走る音でさえ聞こえない、無下限は、悟が悟たる、最強たる証のひとつだ。私には何があるだろう。
「…持ってっちゃった……」
「まぁ、及第点ってことだよ。良かったね」
「…傑は何か食べる?まだご飯粒あるよ」
「私はいいよ」
「おにぎりくらいなら、おいしく作れるよ」
いい、と言っても、真っ直ぐと私を見つめる彼女は引き下がりそうになかった。どうしたんだい、と言おうとしたら、彼女が口を開いた。
「…五条は忙しそうで心配だし、硝子はいつも大変だし、傑だって心配だよ。ちゃんとご飯食べてる?顔色も良くないし、頬がコケてる」
ああ、そうだ、忘れていた。悟とは違って、は他人を気にかけることが出来たっけ。踏み込まない硝子とも違って、近くにいたいタイプだった。けど、そんなに気遣ってたら自分が死んじゃわないのか。または、悟にヒドいこと言われすぎて、慣れちゃったとか?それなら天性の才能があるな、飼われる側――奴隷の。
何だか、自分がひどいことを思っているように感じる。こういう時は一人になるに限る。今は、誰にも隣に居て欲しくないんだ。どう突き放そうかと、言葉を選んでいく。
「には、私が優しく見える?」
「えー…硝子と同じ感想かな…傑は結構五条とお似合いだよ…」
「妙な言い方はやめて。私はさ、教えてあげる程優しくはないってことが言いたかったんだよ」
「そんなことないよ。だから、塩おにぎり作ってあげる」
「どうしたら君みたいに、図々しく自分を犠牲にできるんだろうね」
言ってしまった、と思った時には遅かった。ここまで言うつもりはなかったのに。は目をパチクリとして私を見ていた。君はそんな顔で何を言うというんだろう。くだらない猿の戯言、くだらない呪い、人生、終わらないマラソンレースを、皆どういう気持ちで走っているのだろう、過ごしているのだろう。
「傑はもっと狡くなっていいんだよ。自分を守ってて。私は三人のために死んじゃってもいいから。みんな居なきゃ、何回だって死んでたもん」
「えー。同級生が死ぬのはちょっとなぁ。しょうがないから悟がいないときは、私が守ってあげようか?」
「いらないくらい強くなりますー!!」
「ふふ、じゃあ、頼もうかな」
腰を上げ、の後ろを追っていく。キッチンで彼女が棚を漁って、色んな具やらなんやらを出していくのを眺めている。
悟に持っていかれてしまったけど、久しぶりの手料理は悪くなかったし、心遣いは嬉しかった。てっきり、悟のためだと思っていたから。そこに少しでも自分が入っているとは思わなかったんだ。
「鮭フレーク、ゆかり、ふりかけ、んー…いろいろあるね。どうする?あ、それとも、ご飯にそば粉混ぜる方がいい?」
「だからそういうことを真面目にしようとするのはやめて」
「ごめんなさい」
二人並んで硝子の分も、おにぎりを握った。
別れる時、料理のお礼を言おうと思って、本音を言おうとするとひん曲がる私の口が、呪霊の味より美味しかったよ、と言ったもので尋問にあったけど。たまに分からなくなっちゃうんだ、と吐露したときの、私はね、皆と一緒にいると嬉しいから、いるだけだよ、生きてる間はそう居たいのって微笑んだ、の愚直さは眩しいほどだった。もう腹は立たなかった。普段、何も考えてないような顔をしている癖に、バカなわけじゃないんだよな、と、たまに沁み入る。
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