五条の誕生日

「ヤッホー

 機嫌の良さそうな声に意識が掬い上げられ、ベッドに寝転んだまま振り返ってみると、声と共にガチャリと鍵が開かれ勝手に五条が入ってきていた。持ったままだったスマホの電源を入れ、時刻をちらりと見てから再度画面を落とす。12月6日、23時55分。やばい。私は慌てて上体を上げた。

「五条。何しに来たの?」
「…来ちゃダメなの」
「え、や、その…」
「うん」

 乱暴に靴を脱ぎ捨て近寄ってきた彼がベッドの端に腰かけてきた。どうしよう。じり、と壁際に逃げながら考える。なんと行って切り抜けようか。何でこんなスッキリ寝落ちしてしまったの、今日に限って。どれだけ寝てたんだ。やっぱり外に出てればよかったんだ。やっぱり絡まれる運命だったんだから。やっぱり外に出てれば、ああ。

「こ、こんなところに来てていいの」
「ヤ、エライよ。僕に外まで捜索させなかったんだもん。自室がお好みだったんだねえ」

 そうじゃない。みんなサプライズをしかけようと共有スペースで待っている。誕生日パーティーは恒例みたいなものだから、五条も分かっているはずなのに。

 去年は、憂太君の任務を受け持って彼に休みをあげた。それより前は、灰原や七海、傑の任務とかをもらって、6日も7日も忙しくできていた。
 高専時代は任務か自室に引き篭もって寝落ちか外泊。翌日の、グロッキーだった七海の顔が懐かしい。灰原や伊地知が、ああでこうでどうだったんですよとお話してくれて、傑や硝子に写真見せてもらって、って色んな人のバースデーパーティーに不参加を続けているのが私だ。
 それは傑の誕生日も硝子の誕生日も、自分の誕生日だって変わらないことだ。みんな、バースデーパーティーしようって誘ってくれるけど、五条は一番に傑に祝われたいだろうし、傑だってそうだ。硝子はしれっと彼氏を作ってるタイプだし、庵先輩と仲が良いし。って、微妙にナイーブになってしまう。何が言いたいかというと、日頃ちょっとくらい仲良くしてくれていたって、一番に祝われたい人が、みんな誰かしらいる。例えそれが不特定多数のパーティーだといえど、私がそこにいていいのかは、ちょっと分からない。あとみんな、もし私の誕生日パーティーなんてしてくれるつもりなら、何より寝て欲しい。人手不足の呪術界で頑張って0時まで起きてる必要はどこにもない。普通に寝て欲しい。
 だから今年も6日から7日にかけては任務をマシマシに詰め込んでいたというのに、そう、どういうわけか呪霊が消えてしまった。要は任務ごと消滅した。伊地知が涙声で電話してきたと思ったら嬉し泣きだったし凄まじい内容だったのだ。呪霊が自然消滅するなんてことはありえない。祓ったとしても、結構な階級と数だったし、出来る人なんて限られてる。から、夜逃げ、外泊、旅行、と頭を過った数々のプラン、は、しかし行き先を調べてテンションだけ上がって寝落ちしてた間に全部行ける時間じゃなくなった。今。

 そういうわけで、もう十年以上の付き合いになるというのに初めての現象を起こしているのだ。祝ったらいいのか泣いたらいいのか分からない。五条は無言で座ったまま、目隠しをずり下げてヘッドボードの時計に目をやっている。あれは学生時代、誕生日に五条が贈ってくれたアナログ時計だ。デザインがシンプルながらも可愛くて、気に入ってしまっていたりする。…この間部屋にあげた野薔薇ちゃんが口をわなわな引き攣らせ目を剥いていたから、まあ、ブランドから察せはするけど、値段は聞かないでおきたいし、知らないでおきたい。
 未だ現役なそれをきちんと見ると刻々と針を進めている。あまり時間はなさそうだ。

「五条。そろそろ行かないと」
「お前は?」
「あとで行くから」
「あとでっていつ?」
「任務終わってから!」
「ちょっと言い訳厳しいでしょ。お前が祓うハズだった呪霊、僕がついでに全部祓っちゃったんだよ~ん。僕に嘘つくって何事?」
「…五条だったの」
「うん。そろそろ捕まえなくちゃと思って」

 五条が時計に手を伸ばし、やたらと長い腕でひょいっとそれを取る。綺麗な横顔の睫毛が長すぎて嫉妬心が芽生えた。腹立つ。あと捕まえるってちょっと怖い。

「傑と行ったの?呪霊捕まえたいならお願いしなくちゃ」
「分かってんのに惚けんじゃないよ。こらこら逃げない」

 後退って完全に壁にくっついた私を五条がひっつかまえて、呆気なくベッドに転がされた。五条は私の上に跨がり、自身もそれを覗き込みながらわざわざ時計を私に見せつけるようにしている。嫌な予感しかしない。

「カンタンだよ。この時計の針がぜーんぶ上向いた瞬間に、僕の目を見て悟おめでとーっていうだけ。悟誕生日おめでとーって。ね、簡単でしょ?」

 大事なことだから2回言いました、なんて言いながら何か言っているが、五条の誕生日その瞬間を奪った暁には何を言われるか分からない。責任とって♥と一年中ウザ絡みをされるかもしれないし、ロクなことになると思えない。何より五条の新たな一年のスタートを私が切ってしまうことは、彼にとって何ら良いことではないと私は思う。どうにか考え直してもらえるよう遠回りに攻めていきたい。もう一分も二分も無いがどうにかなって欲しい。この寂しがりを一人でおたおめさせるより私が祝った方がまだマシなんじゃと思いはするけどどうにか。どうにか瞬間移動すれば五条なら。

「…傑じゃなくていいの?」
「何でそこで傑が出てくんの?」
「五条、傑が一番好きでしょ?」
「まあそりゃ好きだけど、お前のことも同じくらい好きだし。あと名前で呼べ」

 意味不明な駄々をこねている五条と、目の前で寸分違わず良い子に時を刻んでいく時計がいよいよ私を追い詰めている。持ち主よりも、購入された人からの命令に逆らえないらしい。やっぱり賢い時計だ、ヒエラルキーを理解している。

「ほら。もう少しだよ」
「……私が言ってもいいの?」
「オマエがいいの。僕がここにいる、それが答えでしょーが。この時計だってさぁ、」
「――悟、誕生日おめでとう」

 五秒から時計と一緒に心の中でカウントダウンして、名前を呼んで精一杯のお祝いの言葉を、本人のご希望通りに言ってみた。誰かの誕生日をその瞬間に祝うなんて、結構貴重な体験だ。なんていうか、普通に恥ずかしい。なんか、自分がその人の一番だって言うみたいで凄い恥ずかしい。どうしようみんなこんな恥ずかしいことしてるの?釣られてなのか分からないけど、五条も頬を薄く染めていてっていうか耳真っ赤!久しぶりに五条の赤面見た。

「………もっかい言って」
「やだ。絶対やだ」
「何恥ずかしがってんの。ねえ」
「五条だって耳赤いよ!」
「悟って呼んで。今日だけでもいいから。誕生日特典」
「やだ!離れて。もういいでしょ」
「無理」

 五条がぎゅうっと抱き締めてくるからちょっと心拍数が大変なことになり始めている。もう言ったんだからいいじゃん。でもさっきみたいに凝視されてるよりはマシかも。顔が良すぎることだけは全人類認めざるを得ないから…、いや、何で私は五条にドキドキしてるの。顔が良いから緊張するんだね、しょうがないね。五条がへんなことさせるから。私は諦めて体の力を抜いた。

「……初めてぴったりに言ったね」
「…学生の頃、傑と硝子がいつもぴったりに言ってくれてたの。お前だけいなくて、僕がどんだけさあ……あー…念願叶った……」

 すりすり頬を擦り付けられて面倒くさい。段々温かくて眠くなってきたのもあって、もう勝手にしてくれと色々と投げやりになりつつはある。いつまでくっついてるの、みんな待ってるよ。もしかしたら探してるかもしれないよ。お疲れサマンサー!って0時きっかりのご登場をみんな待ってただろうに。なんだか抜け駆けをしたような、釈然としない気持ちではある。変な風に恥ずかしくてあんまり何も考えたくない。

「……はー。好き。好きだよ、

 抱きしめられ頭を擦り付けながら言われて表情が分からないっていうのに、五条が幸せそうなのが何となく分かってしまってくすぐったい。五条、もしかして私のこと好き?0時きっかりをみんなじゃなくて私にくれちゃうくらい好き?……今更になって意味分かんなくなってきた。

「…プレゼント。プレゼントないの。ないなら僕が決めていい?」
「ううん。あるから落ち着いて」

 今までもあげてきたでしょ、って言おうとしたのに唇を塞がれてしまった。ゆっくりと確かめるように唇を食むのに、直ぐに侵入してきた舌に荒々しく舌を弄ばれて、声を漏らして抗議する。五条の吐息が聞こえてきて恥ずかしくて泣けてきそうな気分だ。最近の五条は、よく分からない。私に優しくするかと思えば、いつも通りヘンな香水の匂いにキスマークとかつけてくるし、ケーキでも買ってきてくれたかと思えば、一般人ぽい女の人と会ってたなんてウワサされてたりする。まあ、五条は五条ということだ。うん、考えても仕方がない。やめよう。
 五条の首を抱き締めて、彼の刈り上げの部分をざりざり撫で上げて遊びながら、舌を絡め合わせたり。ちゅっちゅとキスに応えて気持ち良くなってくると、五条が離れて行ってしまった。

「……ごじょー」
「その顔やめて。したくなる。誘わないで。今から生徒んとこ行かきゃなんだから」

 頭が横に倒れると、いつの間にか時計は私の頭の横に置かれていたようで、目の前の長針にもう5分も経っていたんだということを知る。私の視界を遮るように、すり、と大きな手に頬を包まれて、自分の手を上から重ねて片方にすり寄った。この手は一度も直接私を傷つけたことは無い。メールにブラクラ張ったり、机に虫を入れたり、なんてことは、してるけど。少なくとも五条の手は嫌いじゃないなんて、私の脳味噌は五条の言う通り凄くバカなんだろうなあ。もうこうなったらヤケでいい。

「ね、いつもどんなことしてたの?」
「…ケーキ食べたり、ローソク消したり?パイ投げくらったり」

 何かを思い出すように、楽しそうに五条が笑ってから、あとは皆酒飲んでる、って遠い目をして続けた。
 なんだか、とっても小さなことで悩んでいたように感じる。少なくとも、五条の誕生日パーティーに、私もいてもいいらしい。

「私も行っていい?ケーキ食べる」
「いいの?僕の誕生日独り占めしてたってバレちゃうよ」
「五条がさせたんでしょ」
「まーそーだけど」

 起き上がった五条が振り返ってくれたから、手を伸ばして起き上がらせてもらった。目隠しを付け直したら、そこにはもう、いつも通りのヘラヘラ顔の五条悟しかいない。眺めていると、何?と首を傾げてくれる姿に、ちょっとくすぐったくなった。さっきまでみたいなお子ちゃま五条を見れるのは同期の特権だろう。何でもない、と私も一枚羽織って髪を整えて、靴に足を突っ込んでいる彼の元へ続く。
 廊下に出るとガチャリと五条が鍵を回してくれたから、私は夜蛾先生の苦労を偲んだ。無茶言って作らされたのか、はたまた五条が勝手に作ったのか、分かんないけど、まあ…鍵穴壊すよりはマシだと思っとこう。うん。

「そういえば、あの時計がなんだったの?」
「んー。今日のために買った、って話」
「はあ?」