五条にハロウィンゴネられる

「ハッピーハロウィーントゥモロー。グッモーニン。トリックオアトリート」

 僕、昨日待ってたんだけど。目が覚めてうとうとしていたら、わざとらしくバーンと、力任せにドアを破壊された音が聞こえた。五条が死ぬほど不機嫌そうな声で何か言ってる。「まだおやすみ…」「寝ないの。起きなさい」起きない。やだ。揺すらないで。やだ。

「ほらお菓子ちょうだい。くれなきゃいたずらしちゃうよ」
「もうしてるでしょ…いつもの服のポケットにお菓子はいってるから、持ってって。おやすみ」
「いつものだろ。アレはどーしたの、二日前うちで作ってたクッキー」

 なんでくんないの、僕せっかく待っててあげたんだけど。と五条が尚も肩を揺すってくる。そんなに激しく揺すられたら寝続けるのは困難だ。

 二日前。ハロウィンイブ。私は五条のうちに大人しく帰って、ウッキウキの五条を横目にクッキーを作っていた。ジンジャークッキー。五条はかぼちゃの中身をくりぬいて、前髪までちゃんとくりぬいて、傑ーってかぼちゃ作ったりして遊んでた。あのかぼちゃは昨日のディナーで美味しく調理されたことだろう、多分。
 五条の作るご飯はとてもおいしいので、とっても食べたかったけれども、どうも昨日帰る気にはなれなかった。そう、昨日。二日前に五条のうちで作ったジンジャークッキーを全て持って高専に行った私は、勿論それを配り歩いた。朝一にトリックオアトリートって来た五条のことを、ポケットに入れてあるいつものお菓子で追い払ってから。だってうざかった。勿論僕の分あるよね?っていう爽やかなうざい▽の口の笑顔。あったらあったで何かうざい絡み方をされるのは目に見えてたし、なんか素直にあげたくなかった。五条の分を用意していたとか知られるのもなんか嫌だった。だから、いつもポケットに入れてる五条用お菓子で追い払ったわけである。
 恵は嬉しさが隠しきれていない顔でもらってくれて凄く可愛かったし、野薔薇ちゃんも悠仁くんも美味しいって言ってくれたし、傑も、硝子もちょっと食べてくれたから、不味く無いとは、思う。でも五条に味合わせるものでないのは確かだし、まずいって言われたらやだし、で、今の今まであげていない。だって、朝あげなかったばっかりに、当日ずっと何か言いたげにこちらを見てくる五条もあってどんどんどんどん渡しづらくなって、…家になんて帰ったら絶対何か言われるだろうし、って、また普通に精神的に疲れた私は高専に借りてる自室に帰りばたんきゅーして今に至る。…こんなことなら日付超えた瞬間にあげとけば良かった。一番ダメージが少なかった気がする。でもそれって楽しみにしてたみたいで一番やだ。

「おーかーしー」

 ダダってるけど、どれだけダダられても今この瞬間だってどうしても五条に渡す気にはならない。やだ。あげない。いらないでしょ。あんなにもらってたら、私のお菓子なんか。色んな人にトリックオアトリートっていってバカスカお菓子もらってウハウハしてたし、色んな女の子から貰っていた、あのお高い高級菓子だと一目瞭然な本命菓子たちを超えるものでも私のお菓子は到底ないから食べない方がいい。

「やだ、あげない。帰って。もうハロウィン終わったよ?」
「なんで。くれるまで帰らないよ?僕のハロウィンはお前のお菓子もらうまで延長戦だから?」

 実は一応、難癖付けられたら嫌だから、最終手段として取って置いてはあるけど、もういいじゃんハロウィン終わったし。帰って欲しい。ダメだ、目が回って来た。ずっと揺らされてる。やめて気持ち悪くなりそう。

「起きて。起きて起きて起きて!僕にもあのクッキーちょうだい」
「あーもー!起きるからやめて」

 シンプルにうるさい。伸びをして何とか起き出して、昨日かけたまんまの服のポケットに手を突っ込み、はい、と五条の手に個包装のお菓子を数個のせてあげた。昨日と一緒。あ、ラッキー、クッキー入ってる。

「いつもと一緒じゃん。僕欲しいのこのクッキーじゃない」
「赤ちゃんみたいなこと言ってる。こっちのクッキーの方がおいしいよ」
「ハァ。そんなに悪戯されたかった?ごめんね、ようやく分かったよ。寝ててもいいよ、寝れなくしてあげるから」

 さっきからずっと寝れてなかったんですけど。どうにか口答えを飲み込んで、私の肩にかけられた手を振り払い、ありったけのお菓子を色んなポケットから根こそぎ出して五条の掌の上に積んでみるも五条の口元は真顔のままだ。こわい。

「これだけ?」
「うん」
「いやクッキーあるけどさぁ、既製品じゃん。僕が求めてるの何か言ったよね?」
「五条に食べさせられるようなもの作れない」
「消し炭クッキーは卒業したんだろ?なんでくれないわけ。お前作ってたじゃん。あれどこいったの。皆に配り歩いてたやつ。僕昨日ずっと待ってたんだけど。今日うち帰ったらくれるわけ?昨日くれなかったよね」

 とってはあるけどあげたくない。今、そこのキッチンにあるけどあげたくない。悟にはもうあげたの?って傑に昨日聞かれたけど、美味しいから自信をもってあげてあげなよ。悟も喜ぶよ、の手作りならなんて言ってたけど。五条の事なんでも知ってる傑の言葉だけど信じられない。五条が私のすることで喜ぶところなんて見たことない。見たことはあるかもはしれないけど、あんまりポジティブな言葉を貰ったことは無いのは確かだ。多分。胸がつかえるみたいな変な感覚だ。
 仕方がない、高専時代、私に対する五条の口からは罵倒しか飛び出てこなかったのでトラウマになっているんだ。私悪くないもん。しかも普通に、

「なんで責められなきゃいけないの?五条にあげないの自由じゃん。どうせまずいって言うし」
「言わねーよ。何、おいしいって言われたいの?なら寄越せよ。言ってあげる」
「やだあげない。もう無い。食べちゃった」
「そんなに俺にだけ渡したくないって何?あぁ愚問だったね、悪戯されたいのに素直に言えないから渡さないことにしたんだっけ」
「はあ?ないから。五条とはハロウィンしない。それだけ」
「つかお前何で昨日帰ってこなかったわけ。かぼちゃ尽くしメニュー作って待ってた僕に対する嫌がらせ?」
「私はそんなにパリピじゃない~~…」

 負けた。五条が私をベッドの上にうつ伏せに押さえつけようとしてくるから耐えていたのだが負けて、べしゃ、と潰れた。五条が上から乗っかって来た。重い。

「おもい、やだ…」
「傑から変態コス借りてきたから。今日の夜着ろ」
「えっ……」
「あぁ、別にうちに帰って来なくてもいいよ?帰って来なくてもこの部屋で思いっきりヤるから。ホントさぁ、今日も僕秒刻みスケジュールでクッソ忙しいわけ。お前が昨日菓子くれなかったばかりにこんな無駄な時間過ごさせてさぁ――」

 無駄な時間。…勝手に部屋にあがって来たくせに酷い言いようだ。何かごちゃごちゃ言い続けてるけど、無駄な時間と言い切るのに、要約、無駄な時間を過ごさせてる私が作ったクッキーが食べたいっぽい。何なの五条。……無駄な時間。

「――なんか言えよ」

 ベッドに押さえつけられたままうつ伏せで、しにくい息で永らえる。無駄な時間って言われた。無駄な時間。怒り通り越して悲しくなってきた。自分から勝手に会いに来たくせに。またも溜息をついてから、圧し掛かっていた五条が退いたので、急いで起き上がりベッドから降り、洋服のハンガーに手を伸ばす。これ持って任務行く。医務室に疎開して着替えて任務行く。五条の顔みたくない。

「何しょげてんの」
「しょげてない。クッキー、キッチンにひとつ、置いてあるから。食べれば」

 じゃあね多忙な五条さん。と壊れ果てたドアから外に出ようとすると、私の現在位置はバグっていた。手にしていたドアノブがするって抜けて私の体は五条の体の中に納まっている。背中から五条に抱き締められていて、肩口に顎を乗せられて、首筋に頭を擦り付けられている。無駄な時間。

「夜どこにも帰って来なかったらどこいても迎え行くから」
「クッキーあげるんだからいいでしょ、忙しいんだから好き好んで構わないで」
「は?何さっきから、…あー、何、無駄な時間つったの拗ねてんの?」

 拗ねてない。あまりにもな自分の存在に悲しくなっただけである。傑といる時はあんなに楽しそうなのに。庵先輩といる方が私に構っているときよりよっぽど楽しそうに見えるくらい。やばい、五条めっちゃ私のこと嫌い?嫌われててもいいけど無駄な時間は普通に悲しい。

「お前がうち帰ってこないから来るまでが無駄な時間なの。僕の分ちゃんと取っといてくれんなら、素直に昨日くれて帰ってくれば今もイチャイチャできてたのにさぁ、ってこと」

 くるっと体の向きを変えられた。至近距離で五条を見上げさせられるのは首が痛すぎる。いつも人の顔乱暴に掴むの、どれだけ私の首が無茶してるか知ってんの?そういえば部屋入って来る時靴脱いでくれた?なんか五条の靴分視点がいつもよりちょっとだけ高い気がする。多分無駄な時間だから脱いでないな、これ。私だって無駄な時間使って五条のお弁当作ったりしてるのに普段。まあ別に勝手にやってるだけだからいいけど。昨日はサボったし。だって他の人からお菓子貰いまくってたからそれを食べればいい。

「お前、機嫌損ねると直ぐ無言になるよね。そんなに無駄な時間って言われたの嫌だった?」
「……それに、別に私のお菓子なんかいらないじゃん。いっぱい貰ってたの食べなよ」

 五条の腕を掴んで、離して、と体重をかける勢いで頑張ってみるが、ビクともしない。どうなってんの? 強制的に目を合わせられている五条が、カッと目を見開いて信じられないような顔をしているのも普通に怖い。この人、黒目?青目があんまり大きくないって言うか、色素が薄いっていうか、なんていうか、三白眼の反対みたいになってることがよくある。身長が高すぎてあらゆるものを見下ろしてるからかもしれないけど、とにかく上瞼に黒目をちゃんとくっつけていて欲しい。そんなに目を見開いて私の目を捉えていないで欲しい、普通に怖いし顔整ってるんだからやめて。離して!

「待って?嫉妬?」
「嫉妬?なんで?そろそろ離して、」
「嫉妬でしょ。僕がお前以外から散々お菓子もらってて嫌だった、ってことじゃない?」
「え……」

 今度は私が目を見開いて五条の目をのぞく番だった。もしかして五条が言っていることは、バレンタインで恋人が自分以外からいっぱいチョコ受け取ってて嫌だっていう心境?………無いですね。五条は甘いものが好きだからお菓子を貰う。沢山の人に色んなお菓子をたらふく貰っているのだから私のお菓子はいらないだろう。あげて不味いって言われるのもやだし、あげなくて悪戯されるのも嫌だしで、帰らずに寮に帰るという避難をしただけである。うん。

「ごめん五条。私五条が誰からどれだけお菓子貰っててもどうでも良かった。だから悪戯しないで。もう任務行って」
「は?」

 言うと、つま先が宙に浮いて、ベッドに投げ捨てられていた。アホみたいな音を立ててベッドが泣き、五条の携帯のバイブレーションも響いた。多分伊地知も泣いてる。上から跨って来た五条のスマホが彼のポケットの中で忙しなく震えているのが分かる。身体が重なってるからくすぐったい。キスするのやめて。無駄な時間だからやめて。大人しくクッキー食べて任務行って。ほんとは五袋とっといてあげたから全部持ってっていいよ。だから悪戯するのはやめて。無駄な時間も、まずいって言うのも悲しくなるからやめてね。あと私も任務遅れちゃうからそろそろ離して。