七海にパンケーキ作ってもらう

「七海。私暇だから、任務ついていってもいい?」
「好き好んで労働をするなんて考えられません」
「早く終わらせるからパンケーキ作って欲しいの。卵ましましのダニッシュスタイル。たまに食べたくなる。任務終わったら買い物も行って帰ってこようよ」
「…五条さんの許可は」
「取ってあるよ!(嘘)」
「…なら、まあいいでしょう。仕方がない」

 仕方がないって何。何で七海と買い物に行くのに五条の許可がいるの。面倒くさいから言うのを毎回やめている。言うなれば秘密なのである。バレたことは一度も無い。恵は本当に口が堅い。



「え……そんなに卵入れるんですか」
「間違いありません。祖父から受け継いだレシピです」
「祖父ぅ?」
 七海が面倒くさそうに私を見ている。
「言ってもいい?」
「お願いします。私は材料を混ぜるのに忙しい。虎杖君、バターをフライパンで熱してください。バターは分厚くで構いません」
「分厚く…?」

 任務を速攻で終わらせ、買い物を楽しみ、夕方頃には戻って来れた高専の共有スペース。キッチン。

 悠仁くんは混乱している。七海は手元の、信じられないくらい卵が入ったボールに山ほど砂糖を足して、シャカシャカ混ぜ始めた。恵はそれを死んだ顔で見ている。私は野薔薇ちゃんと悠仁くんに解説すべく口を開く。

「七海のおじいさんはね、とある国の出身なの。豚ミンチハンバーグからつなぎを抜いて、バターで揚げるような国。名付けてバター王国」
「嘘でしょやっば。それただの豚ミンチのバター揚げじゃない」
「よくご存じですね、さん」
「結局どこの国なん?」
「デンマークという北欧の国です。豚バター王国に修正を求めます」
「出張でも行ったことあるけど、ほんとに豚肉とバターばっかりだよねえ、吃驚した。それでそれ、伝統料理って聞いたんだけど…七海作れない?」
「…だからあなた豚ミンチ買ったんですか」
「エヘ」
「…全く仕方ありませんね。バターは……」
 七海が冷蔵庫を覗いた。大丈夫、ちゃんと、買ったよ!たくさん!バター!3パック!1パックは豚ミンチを丸めたもののバター焼き、1パックはダニッシュパンケーキ。1パックの半分くらいは残るだろうから、それは五条。私はイイネボタンよろしく親指を突き立てて七海にドヤ顔を披露している。
「…ありますね」
 バターを出しながら七海がこちらを向いた。…微妙な顔で私を見ているのがメガネ越しでもわかる。塩対応。なんでよ。ちゃんと有塩バターでしょ!?無塩とどっち?って聞いたじゃん!確かに会計は私がしたし!その間七海は併設されてるパン屋さんを覗いてて居なかったけど!七海が持って来ててくれたエコバッグにその手で詰めてくれてたよ!?
「忘れちゃったの?あんなに仲良く買い物したのに…」
「私はあなたのことを毛ほども気にしていないので忘れていました」
「七海たまに冷たくない?何で?私のこと嫌い?私は好きだよ」
「笑えない冗談はやめてください。五条さんの耳に入ろうものなら殺される」
「冗談じゃないよホントに五条より好き。七海のことは人として尊敬してる」
「比べないでいただきたい。というか、あなた今五条さんと同じような絡み方を私にされている自覚は?」
「嘘だあ!」
「ホントですよ」
「そんなあ恵まで……」
「ねえねえナナミン、こんなもんでいい?」
 バターとの格闘を追えたらしい悠仁くんが彼の袖を引いた。可愛い。七海はこくりと頷きフライパンの火を付けると、バターが溶けきるのも待たず、いつの間に作り終えていたのか、卵と砂糖とバターと牛乳と、ほんの少しの小麦粉、が混ざっているだろうものをフライパンに薄く流し込んだ。デンマーク人はこういうとこ大雑把。ちゃんとダニッシュの血が流れていらっしゃる。でもバーベキューでは豚肉はよく焼いてね。
 あっという間に焼けた生地を、七海が大きなお皿に重ね、悠仁くんを見て目で促している。悠仁くんはと気付くと、フライパンにバターを投入して、フライパンを回した。悠仁くん、結構器用なんだなあ、料理出来るんだ。
 目の前ではしばらく、生地を流し込み、焼き上げてはバターを投入し、生地を流し込み、焼き上げては、…の∞ループが行われた。

「先に食べていていいですよ。温かい方がまだましです」
「バターと砂糖とバターの塊ね」
「そのようなものです」

 七海が、お皿の上に何重枚も重ねられクレープのようになっているソレを大きく切り分け、皆のお皿に乗せてくれた。大きなお皿がそう何枚も無かったのだ。
 七海は、それから更に新たなバターの銀紙を開けると、皆のパンケーキの上にそれぞれ特大バターも乗っけてくれた。

「…おかしいだろ。追いバターでカロリーアップやめなさいよ」
「野薔薇ちゃん。それは言わない約束でしょ」
「じゃ遠慮なく。いただきます!…うん、バター!」
 悠仁くんは大きな口で大きな一口をもぐもぐ元気よく詰め込んでいき、あっという間に自分のお皿を空にしていく。若さって凄い。
 私も一口食べようとナイフとフォークを伸ばす。もぐ。あぁ、バターと砂糖。久しぶりの味が広がった。バターと砂糖!牛乳も入ってるけど、結局全部牛の乳!
「…虎杖、半分食っていいぞ」
「いや、俺、肉が楽しみ!そのあとハラ減ってたら食う!」
「恵、あとでラップに包むから。五条が食べるよ」
「あの人もう、バターと砂糖を練ったものでも食べていたらいいんじゃないですか…」
「このパンケーキがまさにそうでしょ。あ~~っおいしい、ギルティな味、ギルティな味だよ、七海…!」
「それは良かったですね」
「塩対応!」
「うまかった!ごち!」
「はえーよ」
「虎杖君、ではこちらを手伝っていただけますか」
「ウッス!」

 こうしてああして、と七海が祖父の味を悠仁くんに教えているのを、私たちはパンケーキをつまみつつ眺めている。冷めてるのもおいしいから、またあとで食べてもいいなあ。少し残しておこうかな。全部食べたら罪悪感が凄いことになるし。
 繋ぎは?いれないの?そんなものは必要ない。必要なのは肉と握力です。ロック!ロックの国ではありません。少しの卵、あとは豚肉とバターがあればいい。あとじゃがいもですかね。
「それはもう全部バターだろ!?」
「同意」
 もっと強く。虎杖君、肉団子が上手いと聞きましたが。それを捏ねるときのように。更に黒閃を決めるイメージで豚ミンチを圧縮しなさい。何それムッズ!~~っふん!こんな感じ!?中々の出来です。この圧縮でどのようなミートボールになるかが決まる、大事な工程なんです。
「あれは料理、なのか…?」
「知らねぇよ。鍛錬だろ」
 半ギレの野薔薇ちゃんがパンケーキを完食してしまった。ああ。明日後悔するまでセットだよ、頑張って…。おいしいよね、食べちゃうよね、分かるよ…。

 悠仁くんの引き攣った声に視線を戻すと、七海はフライパンに、新たに銀紙をむいたんだろうバター1パック丸々をそのまま入れているところだった。ああ…。伝統的。なんてトラディショナル。恵と野薔薇ちゃんが席を立ちあがり目を凝らし、悠仁くんは七海の隣で目を点にして固まっている。声も出ないらしい。まあ、そうなるよね、初見じゃ…。

「さて、それではバター7、豚ミンチ3で。お見せしましょうか、私の料理を」

 火がついて、バターが熱されるギルティな香りが漂い始める。恵と野薔薇ちゃんがウソだろ…と呟きながら七海の方へ近寄って行った。私も続いていくと、フライパンの中が黄色い海になっているところだった。
 これ、何百グラムだろう。パンケーキの比じゃないや。バター。カロリー。考えたら負け。

「マジでバターで揚げる気ですか…?」
「おぞましいわ…私一口にしとく…」
「俺いっぱい食う!筋肉つきそうじゃん!」
「残念ながら、つくのは脂肪です」

 バター1パックの海が茶色く色づき始めた。七海が豚ミンチを丸めたものを放ち、揺蕩わせていく。「マジかよ」それにしても、見るからに硬そうなミートボール。この豚ミンチ、悠仁くんが握っていたみたいだから、絶対に間違いないだろう、あの伝統的なデンマーク豚ミンチ爆弾に。バチバチと揚がる音がし始めた。
 ぎゅっと握られたお肉、染み込むのは、バター。バターの海に出て行くのは、肉汁。しばしそれを静観する。いつ見ても凄いなあ…。

 しばらくして、バターが染み込んだミートボールを、七海がお皿にあげた。七海が次にしたことといえば、バターの海に溶けだした肉汁、肉汁が溶けだしたバターに、小麦粉を足すこと。その間に、私は鍋敷きを一つ持って、七海が連れて行ってくれたお店で買い込んできたパンを食卓に並べる。七海の隣に立ち手元を覗き込んでいる三人は目をむいているままだ。見てるとちょっと面白い。気持ちは分かる。

「バターをきっちり使い切った…だと…?」
「追いバターはどうしますか」
「大丈夫です…」
「おや、日本の方」
「はい…」

 唖然としている恵に、ふふ、と笑いつつ、七海が、出来上がった料理を盛り付けたお皿とフライパンをこちらへ持ってきてくれた。置かれたフライパンの中には、茶色く焦がされたグレイビーソースが出来ている。さっきの恵の感想はこれだろうな。
 続いて、恵を筆頭に皆がお皿やカトラリーを運んで来てくれて、皆が席につくと。七海が料理を取り分けてくれる。マメというか、気が利くというか、面倒見が良いというか。本当に結婚するなら七海だと思う。幸せになって欲しい。
 最後に、手元のプレートに乗せてくれた爆弾に、七海がフライパンのソースをかけていく。強いバターの香り。本当に凄い、バター。バターが凄い。この上に、更にお砂糖かけたら五条喜ぶかな。…さすがにないわ。

「あまり食べすぎると気持ち悪くなりますから、気を付けて」

 いただきます、と各々手を合わせ、七海お手製ダニッシュディナーに食いついていく。ぱくぱく、皆のフォークは進んでいる。けど、なんというか、悠仁くん以外、真顔のままだ。
 私も一口、口に運ぶ。そう、これ。お肉を食べているようでバターを食べている。バターを食べているようでお肉を食べている。この感じ、久しぶり。

「マジで三口で腹いっぱいになったわ。おいしいけど、おいしいけどこれ…何カロリーあんの…?」
「それは言わない約束でしょ、野薔薇ちゃん」
「俺全然いけるわ!ナナミンこれウマイね!」
「もも肉でチキン南蛮作るレベルを凌駕してます、これ…」

 各人の感想を七海は無言で受け止めながら、ゆっくりと爆弾ミンチを切り分け口に運んでいる。味は悪くないの、バターが多すぎるけど。バター0,5くらいにしたらもっとおいしく食べれる気はしないでもない。けどこれがデンマークの味なのだ。グルメな七海の舌も、この料理が作れるだけあって、一応食べてしまえるらしい。
 グルメな七海。七海のご飯はとても美味しい。いつだか自炊が趣味だと聞いたことがあるようなないような。この料理は七海が作るからまだ美味しく食べれるんであって、本場はお肉も揚げすぎてスッカスカだし本当に大変なことになってるんだからね。七海は料理がうまい。ありがとう。美味しい! 他にもね、と私は七海の料理を自慢に走る。

「おやつに、砂糖とバターと小麦粉と牛乳をバターで焼く、たこ焼きみたいのもあるんだよ。丸い形でね。甘いから、五条が結構好きなの」
「あの人あの上にジャムだけじゃ飽き足らず生クリームとかチョコソースまでかけますからね…」
「伏黒食ったことあんの?」
「今度作ったらみんなのも置いておくね」
「私ひとつでいいわ…」
「俺はいつも通りでお願いします」
「俺出来立て食ってみたいな!」
「機会がありましたら」



「もう任務の時間かぁ。行くわよ、あんたたち」
「腹ごしらえもしたし、今日は負ける気せん!」
「負けるのは死ぬときだっつーの」
「いってらっしゃ~い」
「お気をつけて」

 後片付け、すみませんと恵が頭を下げて行った。いいえ、と片づけようと動いただろう七海に、座ってて、と声をかける。まあ、声をかけたところで、七海は率先と動いてやろうとしてしまうのだけど。
 一緒にお皿を持ってきてくれる七海に何ていいヤツ全然五条と違うとキュンキュンしつつ、最後にカウンター付近に椅子を引っ張って来たのに、彼はまるで座ってくれようともしない。私のその行動をガン無視した彼は、何故か隣でお湯を沸かし始めた始末である。食後のコーヒーでも飲むんだろうか。それにしては沸かす量多くない?
 まあいいや、よく分からないけどお皿洗おー、と、お皿を洗おうとした私はそこで、気が付いた。バター、バターが、固まって取れないのである。当然この古すぎる施設でお湯が出るなんてことはない。寒い冬でも容赦なく水である。隣にはお湯を沸かしてくれている七海。待って。七海。待って。

「……待って、七海、もしかして。好きになりそう、七海のこと」
「マジでやめてください。私を殺す気なんですか」
「こわい…そんなに圧ださなくても…」
「怖くもなります。ほら、このお湯を使ってください。バターが取れないんでしょう」
「ありがとう…そのために沸かしてくれたんだよね…?惚れそう…」
「マジでやめてください」
「ごめんなさい…」

 ほら、座ってて。と今度こそ七海を促すと、七海は凄まじい剣幕を保ったままとはいえ、大人しく椅子に腰かけてくれた。私は七海が沸かしてくれたお湯をお皿にかけながら、今日のお礼を言おうと口を開く。

「パンケーキもフリカデラも、おいしかった。ありがとう」
「お礼は五条さんの機嫌取りでお願いします」
「えぇ~…。七海がエイブルスキーバー作った方が喜ぶと思うけどなあ」

 お湯のおかげで、バターが綺麗にお皿から浮き、食器を洗えるようになった。さすが、後片付けの方法までおじいちゃんに教わったんだろうか。お皿を洗い、水切りかごに乗せていく。高専には、五条のうちみたいな食洗器なんてものはない。けど、これもこれで、話し相手が居る時は良い時間だ。

「そういえばバターと言えば、パンに分厚くバター塗ったその上に、砂糖の塊みたいなジャム乗せる国もあったし、バターとお砂糖で蕎麦の実煮込んで病人にやる国もあったなぁ。まあでも、バターではないけど、砂糖の塊みたいなカエルの緑のケーキ、デンマークはあれも衝撃的だった」
「カイ&アンドレアの。アレはまさに砂糖の塊、悪趣味としか言いようがありません。人が食べるものじゃありませんよ。それにしても、あなた結構詳しかったんですね。国際的なもの」
「高専時代、英語とかフランス語とかドイツ語、取ったの。選択で無料で取れるーって言われて」
「は?」
「実は日常会話くらいはできるんだよ。知らなかった?」
「知らないも何も初耳です」
「へっへ~。海外出張は案件があれば大体充てられてる。五条も傑も、日本から離れるの難しいから。日本に居てもらわないと、特級出たときに困るからねえ。五条のせいで日本の呪霊レベルおかしいもん。私、出る時は結構長いこと出ちゃうから、その度に五条が泣きついて来て大変すぎて殴りたいんだけど、どう対策したらいいと思う?秘密にしてても嗅ぎつけてくるんだよね」
「…他に何か取られたりしたんですか。選択授業」
 え、五条殴りたいのも海外案件も相談も全部スルー…?殴りたくても五条さんには当たらないですし、移動時間がブラックな労働についてはお疲れ様です、しかしこれからも極力私に海外案件が回ってこないように是非とも受け続けて頂きたい。五条さんへのフォローは入念にお願いします。そして最後のものに関しては私から言えることや出来ることは何もない、申し訳ありませんがご自身で何とかなさってください。塩対応が過ぎない…?普通です。
「…選択授業は他に何だったかなあ、茶道、着付け、生け花とか、お琴だっけ?なんか、マナーみたいな教養一通りやった気がする。七海は知ってると思うけど、私、学生の頃、弱くて時間が余りに余ってたから」
「…そうですか」

 この人は何を言っているんだ?選択授業に言語という概念すら高専には存在しないのですが。他の受けられた授業についても言うまでもない。彼女が受けたそれらの教育全て、五条さんの差し金だろう。夏油さんも家入さんも、言わなかったのだろうか。…だからと言ってさん、普通気付くでしょう。本当にあなたって人は…。五条さんも、何をやっているんだ、あの人は。
 彼女が洗い終え、カゴに乗せている食器を拭こうと立ち上がるが、思わずハァと溜息が出てしまった。さんの隣へ移動していくと、さんに頼まれてタッパに取っておいた五条さんの分のパンケーキが目に入る。タッパの底にはバターが固形化しこびり付き始めていた。
 とうの昔にさんも逃げられなくされているようなのに、本人はいつ気付くのか。あの人に意気地がないのか、さんの方が上手なのか。まあ、五条さんに誠実さが足りないように見受けられるのが一番の問題だと私は思う。いい加減、身を落ち着けてくれると有難いのだが。さんも何故五条さんの気持ちに応えないのか。
 さんを抗議の目で責めてみるが、私の視線に気づいた彼女は首を傾げてにっこりと微笑むだけだ。

「お湯でバターよく落ちるね。七海好き」
「マジでやめろと言っている」
「こわい!」

 これ以上発言しても良い結果になるとは思えない。さん同様、私も口を閉じる。

 お二人のことについて、いらぬことを言って水を差すべきではない。これ以上何か口を開けば、おそらく私がさんにからかわれて終わるだろう。この人は怖い。口喧嘩をして勝てることも一生ないと思われる。挑みたくもない。
 また、先輩方のそういう事情に心底関わりたくない。被害に遭わない限りどうでもいいので、放っておく以外の選択肢が存在しない。

 私は口を閉じたまま食器を拭き続け、さんは鼻歌を歌いながら残り少なくなってきた食器を洗ってくれている。
 まあ最近は五条さんの気分も安定しているように見えるし、二人はうまく行っているんだろう。五条さんの手綱を握れるのは貴方と夏油さんくらいなのだから、もっとちゃんとコントロールして欲しい。そしていい加減に観念して、世界平和とは言いませんから、私と伊地知君の平穏のため、早く五条さんと一緒になってください。