暇すぎて来ちゃった夏油

 今どこで誰と何してんの、スタンプを、暇すぎて悟に送った。
 久しぶりに任務が無かったため昼過ぎまで寝ていたが、夕方も過ぎると、大分暇が暇で暇を持て余し始めてしまう、というものだ。
 起きてからは二度寝したり漫画を読んだり三度寝したりしたものの、に何巻か借りたライトノベルは中途半端なところで終わってしまった。もう少し借りておけば良かったな。続きを借りようにも、は今日は任務の筈だ。買うのもなぁ。どうしようか。散歩でもして夜風を楽しむか、学生でも揶揄うか、うーん。
 悩んでいると既読が付き、悟から返信が来た。

『今この居酒屋でと二人で飲んでる』

 ~~~っ硝子。硝子にニャイン通話をかける。緊急事態だ。現在地共有までしてくれた悟、ありがとう。
 本当にこれはまずい。よくない。もし一口でも悟が酒を飲んでいたら確実に居酒屋に出禁を食らってしまう。
 あの居酒屋は個室になってて女のコを連れ込みやすいし、立地もいい最高の場所なんだ。メニューにある蕎麦も、チープな味だけど、あれはあれでたまに食べてくなる味というのか、悪くない。私までその居酒屋に出禁にされたら困る。
 何故私まで出禁にされるのかというと、悟がおふざけで書き、常に携帯している【五条悟クンに何かあった時の緊急連絡先リスト☆】の一番上に明記されている私の番号に、確実に電話がくるだろうからだ。謝らされる。謝って済めばいいけど。こちらから出向いておいた方が、心象はいいだろう。

『どうした?夏油』
「硝子。――というワケで、呼び出しだ」
『私の分まで行ってきてくれ。私は忙しい』
「見に行かないのかい?」
『飲みには行きたいけど、あいにく寝たい』
「可哀相に。いつも大変だな」
『昔ほどじゃないさ。のおかげでね』

 じゃ、と電話を切った。残念ながら、私では硝子の力になれないので、服を着替えて部屋を出る。待っていてくれ、居酒屋、悟、



 居酒屋の扉を開けると、まあ忙しそうにしていた。時間帯が時間帯だしね。私は勝手に靴を脱ぎ下駄箱に入れ靴札を取り、女性の店員に声をかける。

「白髪のアイマスクしてる不審者みたいな巨人が来たでしょう、五条って言うんですが。あと女ひとり。その連れです。部屋を聞き忘れてしまって。どこか分かりませんか?」

 ニッコリ名乗った。やはり悟は目立つ。女性店員は私を個室へと案内してくれる。…知ってても案内しちゃダメだろう、普通に考えて。私は本当に二人の友人だから、いいけどさ。本当に日本の猿、チョロいな。
 私は、そわそわ私を眺めている猿店員の前で、ばっと個室の扉を開ける。大丈夫、最悪のケースを想定してきたから、何が来ても驚きはしない。この女性店員なら微笑めば黙っててくれるだろうし。最悪の場合は悟のブラックカードを店長に提示しよう。

「――チャリで来たよ」

 開け放った光景に覚悟を決めながら目を開けた。手前には悟、その奥に。二人がこちらを振り返っていた。

「すぐる、」

 店員が静かに私の後ろを去って行った。まあまあスマートな猿じゃないか、少し見直したよ。
 私の名前を呼んだはポカンと口を開け、赤い顔でパチパチ目を瞬かせている。酔ってるな。それに見えるの顔、口紅が落ちている。手前に座って私を見ている悟のうるつや唇は加速しているので、即ちのグロスだか口紅が悟に移っているんだろう。けれど二人とも服は少しもはだけていないし、の表情からも、その程度らしいことが理解できた。

 何だ、お兄ちゃん安心したよ。まだ分別はあったんだね、悟。良かったよ。
 とりあえず私は確認するために、二人の方へ上がり込む。

「…マジでチャリで来たわけ?え、超速くね?」
「嘘に決まってるだろ、言いたかっただけさ」
「えー、今度の飲み会とかでさ、高専時代の制服着て来て言ってよ。それなら絶対みんな信じるぜ」
「悟、まともに喋ってるね」
「え、うん」

 …飲んでいないのか? 私は悟の前にあるジョッキを持ち上げ口を付けた。においから酒。舌にも喉にも食道にも酒。……酒だ。これは、酒。

「……これはの?」
「いんや俺の」
「飲んでないのか?」
「飲んだよ?俺と傑、間接キッスしちゃったな」
「オエェ、と言いたいところだけど、呪霊の味よりかなんぼもマシだ、癒しすら感じるね」
「オエェ」

 次に私は、が掴んでいるジョッキを奪い取った。飲もうとしたら悟に奪い取られた。「私のお酒かえしてー!」あろうことか悟がそれをゴクゴク飲んでいる。私は開いた口が、見ひらいた目が戻らない。いや、飲む前に既にアルコールの匂いがしたぞ。え、悟?お前は本当に悟か?飲み会でメロンソーダやノンアルカクテルのみ頼んで、今みたいに唐揚げとか、そんなお子様おつまみ食べてるような悟が?

、コイツ本当に悟か?」
「うん?」
「っぷはー。握手でもする?」

 悟が広げた手に、広げた手を重ねようとするが、ああ、やっぱり悟だ。無限で触れない。「わたしもー」が参加しようと伸ばしてきた手は呆気なく悟の手に触れて、私と悟の手の間に滑り込んだ。「いたい」悟が私の手まで恋人繋ぎに握ったのだ。は私と悟の手に挟まれている。悟、マジで私の手にまで指を絡めるのは鳥肌が立ちそうだからやめてくれ。私は無理矢理手を離した。

「すぐるー、何で離しちゃうのー?」
「うんうん。飲んだんだね。おやすみ」
「まだ寝ないよ」
「で、だ。悟。無限って異次元に酒飛ばしたりできたんだっけ?」
「出来ねぇよ。え、傑、俺悲しいんだけど。傑そんなに俺への理解無かった?」
「いやちょっとショックを受けているんだよ。いつからだ。いつから、私の知らないところで酒に強くなった?」
「だから違うって。アルコールの分子を選別すればいいだけの話だろ?」
「……とある呪力のアクセラレーター…?」
「何それ?」

 確かさっき読んだあたりでは、頭に鉛玉をくらって最強でなくなっていたっけ? まあ悟に限っては想像できないし、ありえもしないだろうが。悟が最強でなくなったら私も最強から落ちなきゃいけないからやめてくれよ。一人で最強になんかなりたくない、孤独じゃないか。いつまでも二人で最強でいたいものだ。――って、今はそんなことじゃないんだ。

「悟、飲み会じゃ、飲まないよね」
「だって飲んでもしょうがないからさ。酔わないもん。つか普通においしくなくね?甘い飲みモンのが好きだし」
「それがどうして今日は飲んでいるんだい…?」
「いやさー、今日もメロンソーダとか頼んでたんだけど、がゴネだした。私の酒が飲めないのか、って、頼んだから、しょうがなく、ね」

 で、傑何飲むの、ってメニューを私に渡して、悟がテーブルの上にあった唐揚げの、最後の一つを口に運んだ。

「とりあえず唐揚げを追加かな」
「全部ひとりで食えよ。俺もういいわ」
「は。最後の一つ何でくれなかったんだ」
「あと一つ食いたかったからだけど?」
「やだ喧嘩しないで。私も唐揚げ食べたい、ひとくち」
優しい…」
、欲しいならやるよ」
「胃から出すのか?」
「そ」

 悟がの口を塞いでちゅっちゅし始めたが気にせず猿ボタンを押した。全然胃から出してないじゃないか、腹立つな。キィキィ呼び出し音が鳴ると、近くに居たらしい店員が、失礼しますと扉を開ける。ちゅ、と盛大に、わざとらしいリップ音を出して唇が離れていく音が聞こえた。折角背後に隠すようにしていたのに。

「っはぁ、っもう、唐揚げ、ちがった…」
「もっと甘くて、おいしかったでしょ?」

 の息遣いに、悟の甘ったるい声に、店員が固まる。あーあ、もう、バレちゃった。

「すぐるー。もっと甘いのがいいからデザートもたのんで」
「えー、じゃあ、唐揚げと出し巻き卵、あとこのデザートと、ざる蕎麦。で、この日本酒。お願いします」
「そばに、出し巻き卵に、日本酒。わかる」
「本当に分かってる?」
「そばつゆ。そば出汁。そば酒。そば茶」

 あはははは。本当に分かってくれていることは分かったけど、だめだこの子。酔っ払いだ。店員が困惑してるじゃないか。

「そば茶は結構です」

 店員が注文を復唱し去って行く。扉が閉められたから、私も向かいに座ろうと腰を上げたら、服がクイ、と引かれた。だった。

「行っちゃうの?」
「向かいの席にね。狭いから」
「ゴリラだもんね、さっちゃんとすっちゃん」
「さっちゃん?」
「すっちゃん?」
「ごめんなさい」
「怒ってないって」

 悟がを抱き寄せれば、彼女はそのまま素直に凭れかかる。悟の腕を抱え込んで、ぐりぐり悟の胸に頭を擦り付けるなんて、素面じゃ考えられない。まあ、なんだかんだ言っても、悟の傍は安心するのだろう。を見つめてるんだろう悟も、口角を上げて、ふっと微笑んでいる。…そんな穏やかな顔、出来るようになったのか。十年前の悟が見たらどう思うだろう。あの反抗期の刺々しかった悟。イジメも大分無くなって来ているし、成長しているんだね。

「あ」

 感慨深くなっていると、突然、ポンと手を叩いた悟が、アイマスクをずり下げた。

「俺の酒の件、俺と傑だけの秘密な」

 悪ガキみたいな表情だ。ふ、と笑いが漏れる。憎めないんだよな、この野郎。やっぱり悟と、同期と居るのが一番だな。私もいい気分で、差し出された悟のジョッキを干した。アルコール、濃!