五条と待ち合わせてたらナンパされた
ちょっとばっちり決めすぎたかな。すっごく久しぶりの自宅、鏡の前。フルメイク完全武装をした私の顔が映っている。五条の隣に立った時、少しでも女性の呪いが薄まらないだろうか、と頑張ってみたのだ。頑張っては。
うん、だめだわ。何をどうしたってブスだから仕方ない、五条本人にも私の残念加減は公認されているからもういいでしょう。諦めよう。あの顔の隣に立つのは何回何億回無量大数生まれ変わって無理だもん諦めよう。あそこまで顔がいいと無の境地に至れるというものだ。あらゆる人類と比べるのもおこがましい。
昨日もあの顔だけはいい後は全部ヤバイ巨人は、「やっぱ迎えに行く」とか何を思ったのか言い始めたから、「マジでやめてお願い約束したでしょ外で待ち合わせのデートがしたいんだってば!!ドキドキ感を味わいたいの!!」なんて言うはめになった。「…じゃあまあわかったけど」って渋々承諾してはくれたけど。しかし、そんな五条はポチ公前での現地待ち合わせを提案してきやがったのだ。なんでよ。人少ないところって言ったじゃん。なんで? でも嫌なら迎えに行くからとか言われそうで仕方がなかったので承諾した。その心は。五条のせいでほぼ帰れてなくて物置状態になってるといえど、うちのマンション前にアホみたいな高級車で来るの胃が痛くなるだけだからやめて。
とにかく私は久々に開け放ったクローゼットにやっぱり五条が贈って来た服しか無いのにげんなりしつつも準備を終えたところである。これ以上もだもだしてると盛大に遅れてしまう。
そうだ 渋谷、行こう。はあー…。
*
そういえば五条と待ち合わせデートって初めてかも。いつも強制お迎えだった気がする。まあ、自分からデートしたいなんて言ったことなかったし。いや、したくないんだけど。
とにかく、どうせ任務の時みたいに五分十分、待たされるんだろうなぁ、とゆっくり向かった結果、私がそのくらい遅れて到着したわけだが。
なんと。なんと五条はそこにいた。まだ全然ポチ公まで遠いけど、遠目で分かる。人でごった返している中でも、ぴょこんと出てる肩から上くらいはバッチリ見えるのだ。ホントにびっくり。…にしても、めちゃめちゃ女の子に囲まれてるような。奴はサングラスをくいっとやりながらニーッコリ口を▽に開けて楽しそうに戯れている。……何でポチ公前なの、って、そういうこと…。
…これはもう帰っても怒られないのでは?
五条の事なら何でも知ってる傑に相談しよう。教えて傑先生。
「アンタ今暇?」
スマホをカバンから取り出したところで、大きく目の前に影が出来て、何か声をかけられていた。顔を上げて、影を作った人を見てみると、黒髪、大きい、…あれ。ていうか真っ黒いTシャツがぴっちぴちなんだけど。結構、いやかなりゴリラな気がする。
「えっと……?」
道の端に寄ってみると同じだけ距離を詰められてしまった。見上げる首は五条ほどじゃないけど痛い。
「道教えてくんね?この猫カフェどうやって行くんだ」
なるほど道案内。男性が私にスマホの画面をずいっと差し出してきた。…道案内の割には近寄りすぎなんですけど。きっと遊んでるタイプなんだろう。五条みたいに肩に手を回してきたりしないだけマシな気はする。この人も逃げんなという圧力すっごいけど。そういえば傑は反対のタイプな気がする。逃がさないようにうまいことやるタイプっていうか、…傑あれでいて無意識軟派ひどいから、この人はまだ全然身持ちがカタく見える。ダメだ私の感覚狂ってしまっているかも。
戸惑いつつも男性が私に差し出していたスマホを覗き込むと、頭上からククッと笑い声が降ってきた。
「なんてな。冗談。俺犬派だし。あんたの見た目好みで声かけたんだよ。つーことで、これからどう?」
何だって?
……これは!これは!
「…ナンパですか?!」
「おう。ナンパ」
わあ、ナンパだ!やばい!テンション上がる!初めて!私の人生で初めて!
男性の顔をよくよく眺めてみるとかなりのイケメンだった。目つきは悪すぎるけど。口の端に切り傷の跡があってヤクザみたいだけど。でも、この黒髪の色に質感、顔のパーツ。なんか、どっかで見たような、すごい身近みを感じる。猛烈な既視感。ドキドキしたかったのになんか、ダメ、悩ましい。もやっとする。何で、誰だっけ、この人……うーん。
「…あの。もしかしてどこかで会ったことあります?」
「へえ。俺口説かれてる?」
「え、ちが、ほんとに、どうしてか見覚えがあって、」
「だとしても、その言葉選びはやめときな。勘違いさせるぜ、男にそんなこと言うと」
く。なんか、流し目が、五条とは違う破壊力がある。五条はお目目ぱっちりだから。一歩距離を詰められて、ちょっとどきどきしてきた。これはまずい。もやもやとどきどきで脳が破壊されそう。どうしよう。
「おい甚爾。何俺の女口説いてんの。殺すぞ」
「ご、ご、五条」声こっわ。
「ンェ~??悟じゃん。何お前、女いたの」
へえぇとトウジと呼ばれたその人は、すっごいニヤニヤしながら私の肩を抱き寄せた。色んな意味で心臓が口から出そう。五条は怖すぎ、トウジさん近すぎ。って、あ、この人もやっぱり凄いゴリラ。ぴとっとくっついた私の頬はゴリラの胸板に触れている。「、トウジから離れろ」ねえ二人共、知り合いなの?トウジさん呪術界の人なの?「そんなキレんな。服が高そうだったからちょっと声かけたんだよ。今日の昼飯タカろうと思ってな」うわあ…。ちょっとだけ期待しちゃった私の気持ち返して欲しい。私は今度は五条に乱暴に引き剥がされて後ろから抱き締められている、ゴリラ二人目。傑もゴリラだし。けど、私の周りのゴリラ男たちに、トウジさんの顔は当てはまらないのだ。うーん。トウジさんのゴリみを薄めたら誰かになる気はするんだけど…うーん。
前に立ってニヤニヤしているトウジさんの顔を見ても、っだめだ、思い出せない!あ゛ーー!
とにかくスッキリしたい!誰なの?この人は。誰だっけ。もう、すごい、すっごいモヤモヤする。なんだろうこの既視感。誰だっけこの人。教えて五条先生。
「五条。私思い出せないの。この人誰だっけ…。私も会ったことない?…思い出せない。この…この感じ……!ううぅ~~…」
「…恵だよ」
「っっっあ、あ~~~!!!」
言われてみればそっくり!あっさり教えてくれた五条の顔を反射的に見上げたのだが、すっごい怖い顔をしていて、こわい。眉間の皺もやばければサングラスの隙間から見えるびきびきしてる目元もやばい。
「…何で今まで必死に隠してきたのにこんなとこで会っちゃうかな。しかも何声かけられてんの。甚爾は恵の実父だから諦めて。いいね」
えっ。えっ?
「じっぷ、じ?恵。恵の、や、待って。どういうこと?」
「どうでもいいでしょ僕達は今からデートするんだから」
「ムリムリ気になる。気になりすぎて大変。デートに集中出来ないと思うから詳しく教えて」
「俺と茶ァシバくか?」
「いいんですか!奢ります!」
「ふざけんな殺すよお前ら。さっき言った通り甚爾は恵の父親だって。ただしロクでもねー。今はどこの誰にメシ食わしてもらってんの?クソヒモ男」
「当主の役目果たし切ってねえオコチャマに言われてもしょーがねー。五条の坊っちゃんこそ早く跡継ぎ作れよー。ましばらく期待できねぇか」
私を抱き締めている五条の腕の力が強まった。うん。ちょっと苦しいけど、それで殴りたい気持ちが抑えられるならそれでいいよ。怖すぎてもう顔は上げられない。
「はぁあ?ヤッてるけど?」
「ほう。やるな。へぇ……」
「その目つきやめろ。次その目つきでみたら殺す」
「俺が声かけたから防げた被害がなかったっけなぁ?」
「あ゛?テメエが声かけずとも僕が声かけて済んだ話なんだけど?」
なんかバチバチしている。怖い。もう五条の声が低い。怖い。キレ気味の五条を挑発し、なお目の前でニヤニヤしている甚爾さんは絶対ヤバい人だ。…それにしても、何で全然気付かなかったんだろう。凄く似ている。…けどだって恵は私の前じゃこんなヤラしい顔しないもん。怖い顔もしないもん。もっと可愛くて可愛くて可愛いからだよ。何で甚爾さん五条怖くないの?もしかしなくても強いのかな…。ゴリラだし。この世は割とフィジカルだ。
でも、二人とも、こんな、一般人がいっぱい居るところで…、やめてよ…。まあ、まだ、耐えてるけど…。ただでさえ五条は目立つのに…。もう人が私たちを避けている。そのうち野次馬が発生しそうなレベルだ。普通に怖いし居た堪れないから頭上で睨み合うのやめて欲しい。
「……ねぇ、なんで仲悪いの?」
「いや悪くなるでしょ。コイツの代わりに面倒見てるようなもんだよ、僕ら」
まあ、そうなのかもしれないけど、…。私は恵のお父さんが生きてることすら知らなかったのに。五条は知ってたんだ。…また一人で何か抱え込んで言わないでいたんだろうか。
恵は、お父さんが生きてるって知ってるのかな。…分からないけど、何か事情があるんだろう。……でも恵の話聞く限りロクな思い出は無いみたいだったし、…まあ、事情が分からないから、何を言う権利も私には無い。
「…隠すつもりはなかったんだけど。ごめん」
「何で謝るの。五条が頼れない私が悪いよ」
「チャン恵の母代わりしてんの?」
「…まあ、そんな感じになるんですかね」
「俺とヤッたら義母だ。ついでに悟と穴兄弟。プププ」
ダメだ。さすが五条の相手を出来るだけある。この人の身持ちはカタそうとか思った私、やっぱり駄目だ。硝子の言う通りだった。男見る目ない。私は五条が私に回している腕の上に、自分の腕を回した。
「五条。分かりやすい挑発に乗せられないでね」
「勿論わかってはいるよ?わかってはね?」
めちゃくちゃに手が出そうなんだろう、ぎぎぎと私の体に腕を回して五条が耐えているのだ。そうそう、頑張って耐えて…。こんなところで物理の殴り合い始められたら困る。ゴリラとゴリラの殴り合いは一般人には刺激が強すぎるし通報されると思う。警察署は直ぐそこにある。お願いだからやめて。
「ま、安心したぜ。またしばらく恵のこと頼むわ」
「ッハァ!?っざけんな甚爾オイ――!」
いつになったら戻って来てやんの、って五条の言葉は、あっという間に人混みに消えて行ってしまった甚爾さんに届いただろうか。…きっとよく五条のことを知っている人なのだろう。
「~~っあ゛ーー!腹立つ…」
五条は私を抱いていた手を離したかと思うと、ぐわしゃぐわしゃ頭を掻き毟ってむしゃくしゃし始めた。
よし。とにかくこの場を離れよう。私は五条を促して、いそいそ場を離れ人混みに紛れていく。直ぐに五条が手を繋いできて、指を絡めて恋人繋ぎにするから何かと思った。
路地に入ろうと、その手を引いて歩道を渡り角を曲がって行くが、その間にも五条の風貌には沢山の人の目が向き続ける。好奇の目、惚けた目、妬みの目。彼は色んな物と戦っているのだろうなぁ。だから人気のないところって言ったのに。まあ本人ナンパしてたけど。…何だかんだ言っても五条は大変なのだ。五条は珍しくも大人しく、私の後ろをついて来ている。
彼の苦労を偲んでいたら手に力が入ってしまったのか、握られている手にきゅっと力が籠められた。待って。後ろから蹴り飛ばされたりする?袖から画鋲でも出てくるオチ? とりあえずしっかり組み合っている彼の指の間にも、どこにも画鋲は装備されてなかったけど、何か新たな嫌がらせが待っているかは分からない。いやまあ、痛いことはされたことなかった気もする。大分人けの少ない路地に入ってこれた。飲食店の裏通りというのか、また酷い場所だけど。
「なんか甚爾さん、すごい人だったねえ」
振り返って手を離そうとしたが、彼は私の手を離さずに、へなへな、昔みたいにヤンキー座りに座り込んでしまった。ダルそうに溜息をついている。どうも苦手な人なのかもしれない。私は隣でつられて中腰になり、五条の様子を眺めている。
「。このこと恵には…」
「うん。言わないよ」
「ごめんね。色々あってさ」
五条はもう一度ため息をつくと、よっこらしょ、と立ち上がろうとしたので、私は五条の頭を撫でて制してやった。わしゃわしゃふわふわ。こっちの既視感はあれだ、さっき見たポチ公に間違いない。
「なにすんの」
「お疲れ様、と思って」
「………お前は俺を殺したいわけ?」
「無理無理、私なんかに五条は殺せないから安心して」
「いやそーいうこと言ってないから。そんな可愛くしてきちゃってさぁ、可愛いことすんの。可愛さで僕を殺そうとしてるんでしょ?って言ってる」
「えっ大丈夫?頭でも殴られてた?」
「殴られてねーよ」
「こわ…」
「怖くない」
上目遣いやめて。五条は顔がいい自覚があるだけに余計にタチが悪い。まあ、じとーっと睨まれているので、そういう意図じゃない気もする。
視線が痛いので、ぐわしぐわし髪を撫で回してやると、五条が目を細めた。にっと笑った彼は気が済んだのか、立ち上がって頭を少し振り、手で髪を整えている。…めっちゃ絵になってる。悔しい。でもやっぱりポチ公なのは変わらない。五条の見た目は完全に犬だ。いや、部屋でうつ伏せて変な格好に伸びてる時はネコだけど。
「…ありがと。さ、気、取り直してさ。デートしよ」
「…私疲れたから帰りたくなってきたよ」
「やだ。大衆に僕の隣歩いてるお前見せつけたい」
「…メンタル強すぎじゃない?私、人の少ないところ行きたい」
「それは誘ってんの?」
「は?」
「なんでもない冗談だよ。行こ」
「どこ行くの。もうどっか入ろうよ。あっちに猫カフェあるんだって、甚爾さんが言ってた。行ってみない?」
「は?絶対行かねえ」
「ネコ嫌いだったっけ?犬カフェ探す?」
「いや甚爾が言ってた店行くのが嫌でしょ。オマエ今日もう甚爾の名前出すな。デート中に他の男の名前出すとかデリカシー無さすぎない?」
「五条にだけはデリカシーって言葉使われたくないかな…」
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