五条に夢の国貸し切られる
書類出しに来たのを捕まったのだ。時々こうなる。毎回毎回毎回毎回「が座ってくれたら報告書やる」あ、そう…。じゃあ、まあいっか…、って感じだ。ふかふかの椅子に座ってる五条の脚の間に座ることを強要されてる。いつだかクッションを持ってきたら怒られたっけなあ。曰くぴったり密着しなくて尻の形が分かんないだろふざけてんの?ってポイッされた。
まぁ、五条は一応言葉通り律儀に、私を抱え込んで首元に顎を乗せて謎に甘えながらでも、長い腕を伸ばして報告書を書くので。まあいっか、極まれり。
そんな感じで、私はいつものように五条の腕の中でスマホをたぷたぷやっている。とはいっても、スマホをどう使うか、は、本当に、本当に細心の注意を払わなければならない。どれだけブルーライトカットで輝度を落とそうが、どれだけ反射防止やチラ見防止フィルムを張ろうが、六眼は多分スマホの中身でさえ全て見えているに違いないからだ。
私は学習している。だって怖すぎる。だって。グーグルマップで散策したら新幹線だか航空券のチケット取られるし、通販開けば次の日部屋にどっさり届いてるし、欲しいものリストなんて作ったら多分死ぬ。ニャインを開いても履歴できっと絶対死ぬ。恵やミミナナや女子生徒あたりからリアルタイムでくれば、ニャインは開ける。硝子とのニャインは死ぬ。それ以外も死ぬ。
だから私はやっと覚えた、差し障りの、当たり障りのない、安いファストファッションのサイトを覗いている。これなら買われても罪悪感は特にない、上にこんな布きれみたいなぺらぺらの服、品がないって、彼の食指が動かないことを知っている。単純に私もこんな服を着れる年齢ではない。ので五条は買ってこない。問題ない。しかしそれは突然だった。
「夢の国行く?」
「えっ?」
「広告」
「え、……」
だめだったみたい。通販の広告には、夢の国の広告がお邪魔していた。嫌だ。五条とネズミーランドなんて行きたくない。それは夢の国じゃない。悪夢の国になる。けどきっちりとした理由を伝えて断らないと、二度目があるし、何で何で攻撃をされる。小学五条だから。機嫌を損ねないようにも注意しなければならない。ちょっとめんどくさい。でもこの十年で私は少しは五条の扱いを学んでいる。
「違うの。偶然。偶然出て来ただけだと思う。あと人多いから行きたくない」
「へー。人多くなかったらデートしてくれる?」
「デートはやだ。生徒と一緒なら行ってもいいよ」
「何で。嫌だ。デート。こないだ悠仁とは二人っきりでデートしたんでしょ。僕とはデート出来ないっていうの?決めた。夢の国貸し切ったら僕と二人っきりでデートな」
「………はあ。できるもんならやってみたら。一日中貸切なら行ってもいいよ」
呆れた。生徒に東京を案内するがてらランチ行っただけなのに凄い言い草だ。
ネズミーランド貸し切るとか、一体いくらかかるんだろ、ってお金ならどれだけでも出てくるかもしれないけど、さすがの五条だって、一日抑えるのは色んな事情でネズミに断られるだろう。しかも普通にお金の無駄すぎる。とりあえず本当にやらないように釘は刺しておくけど。
「そんなお金あるなら、可愛い生徒が欲しがってる呪具買ってあげて」
聞いて無さそう。…五条は爆速で書類を片付けている。…やれば出来るじゃん。ねえ。今までダラダラやってたの?
***
高専内、廊下、長身、黒ずくめ。「お疲れサマンサ~」言わずもがな、五条だ。五条、と呼ぶと、彼はニッと口角を上げて近寄って来る。ポケットからスマホを出していじくっている。目の前に立ちはだかった五条にとりあえず「お疲れ様」と声をかけると、彼はスマホの画面を私にばっと突きつけた。ご予約完了のお知らせ。
「サップラーイズ!どうよ。約束どおりデートね。スケジュールもなんとか合わせたよ」
「デー、ト?」
「オプションも全部つけた、朝から晩まで♥ ほらよく見て。ホントは当日の朝連れ出して現地でサプライズしかけたかったんだけど。オシャレしたかったとか言ってお前怒るだろ」
ご予約完了のお知らせ。ご予約完了の――金額が二行に折り返している。
待って。
彼が五条悟だということは覚えていたはずなのに。嘘でしょ。いや、ウソでしょ。嘘でしょ?
しかし五条が私に見せてくれている彼のスマホの画面。何度見ても金額が二行に折り返している。桁を数えるのは嫌だ。嘘でしょ。
私は、あの後、念のため、調べたのだ。やっぱりネズミーランドは、一日中抑えることなんて、出来るわけなくて、こう、普通の閉園後に数時間、とか見た、記憶がある。あるのに。な、え、五条?
「何その顔。嬉しすぎて言葉にできない?」
不可能だとタカをくくっていた自分、呆れかえるよ。
私は十年で何を学んだの?何も学んでないのかもしれない。つら。
「……ご、ごじょう。あの」
「デートね」
「本気?」
「うん」
「五条。あのね。私、あの」
「デート」
「分かったようるさいな。デートはするから、するから、聞いて?」
「うん」
「わたし、このお金で、みんなで美味しいもの食べに行くほうが、すごく嬉しい」
「僕は二人っきりでデートしたいの」
「…ふたりきりならいいの?」
「僕はお前と二人ならどこでもなんでもいい」
わかった。わかったよ。わかった。ごめんね五条。私が悪かった。
五条はやると言ったらなんでもやってしまう。要は五条の負けん気を刺激した私が悪かった。本気で反省する。だってこの桁。桁。頭が。頭がくらくらしてくる。
「分かった。あのね。その日、おうちで一緒にご飯食べるお家デートにしない?何食べたい?作るよ」
「は?手料理?」
「嫌?嫌ならなにか頼む?」
「僕がオマエの料理に嫌とか言ったことある?」
「え、あるけど……」
「あーあーあー。最近ね、最近」
「…とにかく、あの、何が言いたいかっていうと、お願いだからこんなことに、こんなお金使うの、やめて」
「金については気にする必要ないって。腐るほど持ってるし。実際腐りかけ。オマエが何したいかによる。もっと朝から晩まで具体的じゃないと僕バッチリお金かけちゃうかも」
脅しだ。こいつ、脅してきてやがる。彼はこれ見よがしにスマホをぐりぐり私に押し付けてくる。やめてよ。わかった、わかったから。わかった。ごめんなさい。もっと譲歩すればいいんだよね?そうしたらその無駄金は止めてくれるよね?何を譲歩するか分からないけど、とにかく五条が望むようなことを言えばいいんだよね?そしたらその無駄金は止めてくれるんだよね?
私はそんな願いを込めて五条を見上げた。にやにやすんな。覚悟を決める。……。
「…目いっぱいオシャレしたいから、朝はゆっくりめにして欲しい。だから、お昼前くらいに外で待ち合わせして、…熟練カップルっぽく、デ、…っくぅ、デ、デート、したい。お金がかからなくて程よく二人きりになれる、混んでないところね。そうじゃなかったら怒るからね。夕方くらい、帰りには、大衆的なスーパーで広告の品買って帰って、一緒にご飯作って食べるの。~~っそういうデートが理想かなぁ!!!」
言い切ってやった。五条とデートなんかしたくない。別に最近はそんなに悲惨な目にあったことはないけど、とにかくしたくない。したくない。したくない、けど……!
「ま、それならノってやらないこともない。それしてくれんだよね、僕と」
「する!します!させてください!だから、今すぐこれをキャンセルして!」
「うん。実は僕もう夢の国行き飽きてるし。いや、と行くのはまた楽しいだろうし、いつか二人っきりで行きたいけど、今回はやめとこうか。オマエがそこまで言うなら仕方ないよね」
じゃ今キャンセルするから~と、五条は超絶機嫌良さそうに、鼻歌なんか歌ってスマホをたぷたぷし始めた。女は誰でも憧れるもんだと思ってたけど違ったんだねえ。小声で呟いてるの聞こえてんぞ。
プルルル、と電話がかかる音が聞こえて、「ハハッ!僕ネズミーマウス!」え……ネズミが、電話、出るの……?直通……?え…?
五条はいつものように砕けた口調でネズミと話し始めた。二人ってどういう関係?
「――ハハッ!キャンセル料が発生するよっ!世の中は甘くないのさっ☆さ~お楽しみ、いくらかというとねっ――」
あ、あああああ…。ネズミの口角が思い浮かぶ。死ぬほど楽しそうに常人には払えない額を宣告してきたそれは死刑宣告のようだった。やっぱり悪夢の国だ。
「ハハッ!冗談さ。ゴジョウサンにはいつもお世話になってるから特別にまけておくよ☆それじゃあバイバ~イ、また会おうね☆」ツー、ツー、と電話が切れた。
「い、い、いつもお世話に、なってるから、特別に、まけておく、」
「そうそう。非リアからかなりの呪いが集まるからね。祓ってんの」
……そう。ホントか知らないけど、なん、なんでも、なんでもいいよ、もう…。ホントにキャンセル料はタダで大丈夫なの?さっきネズミが高笑いしながら死刑宣告かましてきたような額払わなくてもいいの?大丈夫なの?五条?五条。五条。桁がつらすぎて涙出てきた。
「何泣きそうな顔してんの」
「キャン、セル、キャンセル料、」
「そんなこと心配してんの?ネズミがまけといてくれるって言ってたじゃん。まあ別に僕は払ってもいーんだけど」
「はら、はらわないで!?」
「え?私のために使ってって?しょーがないなぁ」
「言ってない!」
「ま、デート楽しみにしてるから」
彼がアイマスクをずり下げてウインクしてきた。笑って死刑宣告をする人は、悪夢は、語尾に☆をつけるんだろうか。…五条は、顔はいいのに……。……デート、どうしよ…。
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