五条にマジギレされる
「こんばんは。硝子の代理で来た――」
ぽん、と後ろから肩に手を置かれた。いつも通りのサイズ感、触れ方。あれ?と思った。「五条?」振り返った。
「や、。奇遇だね」
ヤバ、殺されそう。
わざわざグラサンで前髪ごとかき上げた、絶対零度の瞳と目が合った。マジギレしてる。
いつもより高いヒールを履いている足が震え出す。じり、と後退ろうとしたが肩をガッツリ掴まれていて動けなかった。
「ご、五条。どうしたの、」
「出かける時は必ずつけて、って言ったよね」
「~~いっ、」
「痛いの好きでしょ?」
反対の手を伸ばしてきた五条が、私の耳を根元から、千切れるくらいに引っ張り上げたのだ。痛い痛い痛い、待って、やばい、
「っ五条、痛い!お願いやめて、五条!」
聞いては貰えない。耳を引っ掴まれているから背伸びしてでもそっちに寄りたいのに、肩を押さえつけられていてそれさえも許されない。
「僕もっと痛いんだけど。お前は僕のモンなのにさぁ、こんなとこで何しようとしてんの?」
最後の一言、地を這うような声が頭上から落とされてきて、涙がじわり滲んで来る。熱い、痛い、怖い。このまま耳をもがれるんだと思う。滅茶苦茶怒ってる。怖いよ五条。
「――ってことで、ごめんね。は貰って帰るよ。こんなとこ来させちゃうなんて彼氏失格だなぁ」
笑顔でウインクしてんじゃねえよ。耳と肩を離され、ぽすん、と五条の胸元に抱き留められた。ヒールのせいか、いつもより少し抱き留められるところが高い。じんわり痛みによって出た涙が彼のシャツに吸われていく。彼氏じゃない、って反論さえ耳が痛くてどうでもいい。もうやだ。
「あー泣いちゃったの。他の誰にも見せんなよ。顔上げないで歩け」
小声で指示されて、守られるみたいに肩を抱かれてぐんぐん歩かされる。私はもはや小走りだ。鬼みたいな歩幅なんだから考えてよ、ヒールで走らせないでよ転ぶぞバカ!顔から地面にダイブしてやろうか!させてくれないだろうけど!
店を出ると、目の前に停まっていた見慣れた高専の車、後部座席のドアが開いてた、に、投げ込まれた。「っ、っぅあ、~~っ、」痛い。向こうのドアに頭をぶつけた。舌を噛まないで良かったけど、目の前はぐわんぐわん回る。まだ一滴も飲んでないのに。
「伊地知。バックミラー見たら殺す」
半泣きで体勢を立て直していると、五条が長い脚を不自由そうに折り畳んで隣に乗り込んできていた。運転手は伊地知らしい。可哀相に。
ほんとに、滅茶苦茶怖い。動悸と冷や汗が止まらない。多分伊地知も同じように感じているだろう、返事さえなかったもん。
五条が扉を閉めると、伊地知は黙って車を飛ばし始めた。無言が訪れる。
どうしよう。どうしようどうしよう。マジギレ五条は死ぬほどバイオレンスだ。今日は生きて帰れないかもしれない。確実に血は見るだろう。何でそんなに怒ってるの。そもそもどこで知ったの? 28にもなってマジギレしないでよ。怖すぎて呪霊が逃げてくわ。私も逃げたい。
「大丈夫大丈夫怒ってないから。ただ僕の愛情表現が足りなかっただけだよね」
五条は未だ絶対零度の青色で私を射抜いている。青っていうものに、感情はないんじゃないかと思えるくらい、濁りのない澄んだその色に、現実逃避したくなるくらいは怖い。目を逸らしても殺されると思う。外から入って来るライトをきらきら吸い込むその瞳の色。今の彼には死ぬほど濁った東京湾ぐらいの色が妥当だろうに。それなら受けて立とうと思えるものを、そんな綺麗な目に怒りをたたえられると背筋が凍るしかない。怖い。
「僕無視されんのが一番嫌いでさ。は知ってるよね?」
「っだ、だって。怒ってるじゃん。私、…私、五条の玩具じゃない」
「うんうん。玩具なんかじゃないよ。は僕の大事な女」
何とか目を見返して真っ直ぐに言ったのに、全く受け止められることは無かった。とろけるような声で言った彼は長い手を伸ばして、いやに丁寧に私の頭を撫でる。これはダメだ。許してくれない。
せめて硝子に連絡しよう。スマホを取り出そうとしたら、「何しようとしてんの」抱き寄せられてダメだった。滅茶苦茶怖い声をしてた。そんなに怒んないでよ。
「硝子に。硝子に連絡させて」
「僕が店入る前にしといた」
「ほんと?見せて」
「は?疑うの?」
圧。こわ。五条の圧に従って涙が浮かんでくる。でも言わなければならない。
「……だって五条、そういうとこ適当だもん」
「バカ泣くなよ。ほら」
五条が硝子とのライン画面を開いてスマホを渡してくれた。五条が、お店の前でピースしてる自撮りを送ってる。既読も付いてる。スマホを返そうとしたら、彼に足を引き寄せられて蹴られ、ヒールを脱がされた。乱暴だ。
「ごめんって。怖かった?」
頷いたら、膜を張って限界だった涙が落ちていった。五条が、長い指で優しくそれをさらっていく。
「大丈夫。の口で僕に教えて?は誰のものなの?」
「…私、ものじゃない」
「例えだよ。髪の一本から爪の先までさ、僕以外に触らせたらダメでしょ」
「っ触らせて、ない」
「触らせようとしてただろ」
五条が大きな手のひらを私の頬に滑らせて撫でる。瞬間、ぼすんと背中が柔らかいものに受け止められた。背景が変わって暗くなって、静まり返っている。
一瞬だった。多分、着いた瞬間、彼が無駄に呪力を使って飛んだのだろう。いつもの部屋じゃないけど、五条が何個か借りてるうちの一つだろうな、五条の匂いがする。腕を掴まれて押し倒されているっぽい。けど、目が慣れて来て薄暗い中で見える、視界いっぱいに広がる彼の顔は、それでもやっぱりまだ怖かった。
「僕のこと、嫌い?」
「……」
「どうやったら好きになってくれる?」
「やめてよ。私は結婚して超平凡な幸せな家庭を築きたいの。今日はその第一歩だったの」
「その相手僕で何も問題ないでしょ」
「問題しかないんだけど。どこも平凡じゃない」
「分かった。じゃあ正室取ってお前を側室にする。文句ないだろ」
「いや文句しかないから。私は五条の玩具じゃない。正室の子もそうでしょう」
「うんうんそうだね。オマエどうしたいわけ?」
五条が他の子と幸せになって、私は五条の事忘れて別の誰かと幸せになりたい。それに、五条が誰とどうなったって私たちの関係は変わらないじゃん。だから別に、どうでもいいのに。どうしたいわけもない。言ったら多分殺されるから絶対言わないけど。天下の五条悟だって人の心までは読めない。
例えば本気で五条が私の事を好きだったとして、私が五条のことを好きになったとして、誰も幸せにならないだろう。当人同士が幸せだったとしても、それ以上に周りが不幸になってしまう。
それに私はあなたを置いて逝くし、寂しがりやな五条はそんなの耐えられないから、いつか別の誰かと幸せになる。最初から違う人を選んでというだけだ。そんな人を私は好きにならない。一生私だけを愛しぬく五条悟なんか世界のどこを探したっていないと思う。居てもいけないのだ。そんなことを許されている人じゃない。
それにもし居たとしてもとりあえず、口が滑ったってブスとか賞味期限切れ女とか言ってくる人は嫌だ。
とにかく、私が合コンに参加しようとしたからと言って五条がキレる筋合いは何処にもない。けれど呪術師でいる限り、この男の手から逃れることもまた出来ない。本気で逃げたいのなら一般人になって海外逃亡でもする必要がある。
何でそんなにご執心なんだろうか。五条は顔もよければ強いし最強だしセックスだって上手いし地位にお金まで持ってて実際引く手あまたなんだからさっさと他とどうにかなって欲しいんだけど。何で十年単位で私に粘着してんの?
「。好きだよ。こっち向いて」
ホントなんなの五条? 私は顔を背け続ける。色んな人に言ってる癖に。ブスって言ったその口で、他の女に睦言囁くその口で、軽薄なその口で、好き好き言わないで。聞きたくない。
「五条なんか嫌い」
結局口に出す言葉はいつもこれだ。そしてこの言葉は魔法みたいに五条をキレさせる。待ってるのは気持ち良いセックスだけ。呪術師辞める気はないから、今日も有耶無耶にしてやる。気持ち良く発散して忘れてやる。力で勝てないし逃げ出せないけど、女は男が思ってるより逞しいんだよ。五条のバーカ。
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