「先輩、これ……! お土産です」

 個包装のワッフルがひとつ。

「サンキュ」

 手渡され、受け取って踵を返した。途端に寂しそうな顔でシュンとするが視界の隅に見えたが、あの日から顔がまともに見られない。目を合わせたら死ぬ呪いにでもかかったことにしておこう。もうそれでいいや。マジでそんくらいひどいよ。自覚はある。
 あの日から俺は変わっちまった――目を点にした虎杖に、『伏黒パパじゃん』と言われたあの日から。褒めて褒めて聞いて聞いて!のの話も聞けなきゃ目も見れず頭も撫でられない、つまり俺らの日課になっていた風呂上りに髪を乾かして話す時間も消滅した。というか俺が顔を出さなくなっただけ。はどうだかは俺の知りえるところじゃない。風邪引いてないことを祈るしかない。

 受け取ったワッフルを片手に部屋に戻り、クソデカ溜息をつきながら封を開ける。スマホを開き何となく写真を撮って、一覧に動物の写真に混じってあの日の写真が見えてスマホを裏返した。なんの憂いもなく俺に撮られてるマヌケな写真。ハア。
 釘崎が見せろって言ったなんて嘘だ。まああとで見せたけど。……単純に可愛いかったから。
 あの日の事を思い出し、ため息をついてワッフルを齧る。
 虎杖的に言えばパパだったのかもしれないが、何が問題ってパパじゃんって言われて多大な衝撃を受けた自分なんだよな。答えなんか出ている。釘崎や虎杖の写真を撮ろうと思ったことなんかねえ。確かにワッフルは所謂“映え”はしてたけど、だから何、という感想に尽きる。あのイン゛スタの釘崎の表情なんか覚えちゃいねえのにの顔だけ思い出せる。あの日のアイツは明らかに困っていた。あの日以降は、表情にあらわれている勇気を振り絞っています感が、日に日に増して、わんわんされる頻度が落ちてっている。自分の態度が悪いと分かっている癖に、寂しい気がする、とか。ガラじゃねえし。
 齧っているワッフルは表面カリカリ中フワフワでまあ悪くはないが、五条先生じゃないけど、今だけはもっと甘くてもいい。……まあ、きっとなるようになる。そういう風に収まるなら、それが一番いいんだろ。
 ふう、と息を吐いてワッフルを机に置いた。これ以上食べる気にもならなかった。水と本を手に取ってベッドへ寝転ぶ。電気点けんのもめんどくせえ。何もかも憂鬱だ、気が乗らない。

**

 ワッフルを渡してから数日、そういえば顔も見ていない気がする。“気がする”なんてくらい、伏黒先輩がいない日常が私の中に浸透してしまっていることが寂しくてたまらないのに。学年も違うし、伏黒先輩は二級術師だ。一人で任務に行かれるし、接点なんて無いに等しい。今まで構ってもらっていたのが奇跡みたいなことだったのだろう。
 いつもの時間、やっぱり伏黒先輩はいない。でも今日は虎杖先輩がいて、先輩がお菓子を漁っている後ろ姿が見える。

「いたどりせんぱい。何食べるんですか?」
「おー、……ちゃん顔赤くない?」
「お風呂上りだからです」
「違うと思う」
「別に風邪なんか引いてないです」
「答え言ってる」

 虎杖先輩が「ちゃんも食う?」って言いながらポテチの袋を開け椅子に座る。……この時間にポテチ。夜に脂っこいものを食べると太るって昔伏黒先輩が言ってた。だめ、絶対。
 私は「いえ」と首を横に振って、コップに水を注いでから向かいに座る。水がコップがいつもよりひんやりしているなんて気のせいにしておきたい。

「決して風邪は引いてないと言い張りたいんですけど、……伏黒先輩が昔言ってたんです。もう年を取るだけなんだから、髪を乾かさないで寝たら風邪引くようになるぞって。予言ですね」
「……もしかして、伏黒に髪乾かしてもらったりとかもしてたん?」

 頷くと、うわ~って虎杖先輩が目を点にしている。とても目を点にした表情。その目を点にした表情がすべてを物語っている。その関係性は異常だと。完全に他人に面倒を見てもらって、寄生して生きているあかちゃん人間だと。ポテチをじゃくじゃく食べながらもそのままの点目が語っている。
 最近はずっと災難続きだ。コーンアイス食べて手がべとべとになって、スマホの充電切らして、置き傘忘れて雨に濡れて、コンビニの場所分かんなくて先輩みたいに調達できなくて、髪も乾かさず、寝ろってニャインが来ないから夜更かしして、風邪を引いた。高校生にもなると言うのにその実あかちゃん人間だと言わずしてなんと言おう。

「……きっと他にもたくさんしてもらってました。そんなに負担かけて面倒見てもらってたら、嫌われるのも当然です」

 自分で言ってて鼻の奥がつんとしてきた。精神的にだって、きっと依存してたのだろう。先輩、色々聞いてくれるから、ついつい色々話させてもらっちゃって、その上に物理の面倒とか。居なくなってから分かる。あかちゃんなんて可愛いものじゃない。もはや介護ではないだろうか。伏黒先輩は私の面倒をよく見てくれていた。もう一人じゃ生きていけない。ぐす、と洟を啜る。

「伏黒は迷惑とか、そんなん言ったこと一度だってないよ」

 虎杖先輩の澄んだ声が響いた。先輩はポテチを口に放り込んでいた手を止めて、真剣な雰囲気で微笑みながら静かに私を見ていた。

「いつもがああ言ってたとか、お菓子屋さんの前で“アイツ好きそう”とか、そーんなこと言ってさ。なんかちょっと嬉しそうでさ。そういうのいいなって思ってた」

 目の前にポテチが差し出されるから、一枚だけいただく。この時間のポテチは罪深いけど、虎杖先輩はきっと私を元気づけようとしてくれているから。

「だからさ、もうちょっと伏黒と話してみろって」
「……でも、でも。避けられてるんです、見るからに。目も合わせてくれないし、お土産は受け取ってくれるけど」
「伏黒は迷惑だったらはっきり言うヤツだから受け取ってもらえんならダイジョブ!」

 歯を見せて眩しい笑顔でイイネ!してる究極のポジティブシンキング虎杖先輩。さすが、サンシャインマン、太陽のような人……。じゃまたな、って先輩がポテチを持って、片手を上げて去って行く。……伏黒先輩と話したいけど、また避けられるの、つらいし。このまま何もしない方が、きっと、いい。知らない間に負担かけて、嫌われるの、……やだ。