談話室、見るからに風呂上がりですという様子で、コップに水を入れているの後ろ髪が濡れていた。まだちょっと湿っている犬みたいだ。ぷはー!と嬉しそうに水を飲み乾しているが、目をきつく瞑ってプルプルしたりもするんだろうか。
「…髪、」
拭かないのか。濡れてるけど。
考えなしに声が出て、と目が合った。小首を傾げられた。聞こえたらしい。お前ホントよくその仕草するよな。俺の玉犬もするぞ。…しょうがないから。
「こっち来い」
机を手でポンポン叩くとぱあっと顔を明るくして寄ってくんの、っていや本物の犬じゃないんだからコイコイジェスチャーで伝わっただろ。俺は一体何を。
胸中で己にノリツッコミをする羽目になった。…犬は目が良くないから来て欲しいところ叩いた方が伝わるんだよ。
椅子を引きを座らせ、彼女の首元からタオルを取って頭に広げて拭いてやる。
「ふ、ふしぐろせんぱい」
焦ったような少し大きな彼女の声に手を止めてタオルを頭の横に、見下ろすと、俺の腕の中から俺を見上げている彼女と目が合った。黒目がちで大きな瞳が揺れている。――犬。
――はすこぶる犬に似ている。あのねあのねと寄ってくる様、お土産ですとかこれ見てくださいとか先輩先輩ってわんわん言ってくる様、お疲れって言うと嬉しそうに俺の周りをぴょんぴょんしているような様、が思い起こされた。虎杖にも釘崎にもコイツは同じことをしている。マジで、犬なんだよな……。指先の冷たさに、何か言ってやろうと現実に戻る。
「…オマエ、濡れたままだと風邪引くぞ」
「大丈夫です。いつもこのまま寝てきましたけど、引いたことないです!」
えっへん!ドヤァ!としているが、てんで自慢できることではない。
「これから歳取るだけだけど」
「……!!」
紛れもなく犬だ、こいつは犬。ぷうっと頬を膨らませてジト目で俺を見上げる彼女は、なんでそんなひどいことするの!って言外に抗議してる飼い犬のそれと大差ない。これはダメあれはダメ。あれはいいこれはいい。誰かが面倒を見なければ。犬はひとりじゃ死ぬ。
わしゃわしゃ髪を拭くのを再開すると彼女が気持ちよさそうに目を細めた。…嬉しそうだな。顔に出やすいのは呪術師としては最悪だが個人的には好きだ。尻尾があったらそろりそろりと振っていそうなもんだけど。
誰も見てないからいいだろ、と俺も向かいの椅子を足で引いて座って、彼女の髪を拭き続ける。しかしいつまで経ってもあまり水気は取れない。既にタオルが半分ほど湿っているせいがデカい。バスタオルはどうしたのか。まあバスタオル引っ提げて談話室来るわけにいかないか。
「効率悪い。ドライヤー持ってこれるか」
「へ、部屋戻って自分でやります…」
「乾かさないんだろ。いいから」
中途半端は好きじゃない。早くしろ、と軽くを脅して見送った。それが始まりだった。
***
「それでですねー、今日の呪霊はへんな呪いでした」
おかしい。何故これが日課になっているのだろう。夜の談話室、ドライヤーの音に遮られながらでもの声は俺の耳によく届いてくる。身振り手振りを加えて話すから「手は前」「はい」すみません、と謝って話を再開する彼女は学習しない。そういう性格なのだろう。
「孤独死しそうな人間の呪いで…ゴミ溜めにいたんですよ…ネグレクト…?」
多少おバカなところがあっても犬は可愛いと思ってしまう自分の頭が大分イカれている。俺は犬好きなところがイカれているから呪術師に向いているとでもいうのか……? しっかりしろ。は犬じゃない。
この日課が、俺の日常の小さな癒しになってしまっていると気が付いたのはまあまあ前だ。
「すぱっと祓っちゃいましたけど…カップルを好んで襲ってたらしくて…リア充滅べって怨念を感じました…怖かった…それでですね…」
まあまあ乾いてきたので、手櫛ですまんが、するりと指を通し整えていく。彼女の髪は乾くとふわふわになって玉犬のアンダーコートを思い起こさせる――つまり、大変撫で心地が良い。さっきよりは艶の出た天使の輪に一人で頷いた。もういいだろう。俺は彼女の髪を好き勝手に撫で回す。もはやこの時間のためにやっているといっても過言ではない。撫でたくなった欲求に抗わなくなってからは、なすがままだ。折角整えても最後に滅茶苦茶にするのは俺という矛盾を過ごしている。まあ風邪引くよりはマシだろ。
「聞いてます?伏黒先輩」
「聞いてる。それで?」
「どうかと言うと!なんとドロップアイテムを寄越してくれたんです」
「ド?」
「はい。ほら!見てください!」
俺にわしゃわしゃにされた髪で、ポケットからよく分からないものを見せて来た彼女は、まさに、褒めて!という顔をしている。呪物拾ってくる式神は褒められるが、残念ながらこれは呪物でもなんでもない上に任務終わったのって何時間前だよずっと持ってんじゃねえ。しかも目の前に差し出されているのはおそらく人間を取り込んだ時に一緒に取り込んだなんらかのゴミ。包み紙。中身は無い。
「このヂロルチョコ、菊福だから五条先生に縁があるなと思って…!!こんな味あるんですね」
「嫌がらせのセンスは悪くないけど、バッチイから捨てて来い」
「嫌がらせじゃないです。今度一緒に食べたいなって思って。褒めて欲しかっただけなのに!」
「いやそんなモン拾ってくんな。呪われてたらどうする」
「私が祓えるレベルの呪いですよ?どうにかできます」
「宿儺の指がドロップしたら?」
「虎杖先輩に届けます!」
「よくできました。それはゴミ箱」
「は~い」
→