ライトピンク


『今日メシ行くか?』

 送るか迷って打っては消して。恋人に軽く誘いをかけるだけなのに、何を緊張しているのか。まどろっこしくなって分析室を覗きに行った。真流さんに事情聴取された後同情され、アイツは昼休憩中だ、と教えてもらってカフェテリアに来てみた。ら、見慣れた白衣に華奢な背中。良かった。今日は一人みたいだ、何食ってんだろうか。手早く適当に注文して、彼女に近付きプレートを覗き込んだ。

。今日は和食デイなのか?」
「っわ、狡噛さん。はい、味噌汁です」

 おかわり!彼女がドローンにお椀を差し出した。向かいに腰を下ろす。

「何杯目だ?」
「3杯目です。あ、狡噛さん、お肉あげます。どうぞ」

 彼女が早速運ばれてきた俺のプレートの端に肉を乗せ、バーガーのおさえ、つまり旗を引き抜いていった。

「狡噛さんはまたバーガーですねえ」

 くるくると旗を振って、それを鮭の上に立てると、彼女は3杯目らしい味噌汁を啜り始める。和食定食。鮭に肉付き。いっぱい食べる君が好き、大きな一口。最近この曲に洗脳されいる。詳しく聞くんじゃなかった。

「…で。今日は何色だったんだ?」
「脳内の色ですかね」

 ステーキは食べ尽くしてしまって、告白して、そういう関係になった、筈なんだが。
 彼女は俺が合成の魚類を好まないことをもう知ってるし、俺も彼女が色相アドバイスに合わせて食事を楽しんでいることを知った。今日は味噌汁のアドバイスでもされたんだろう。味噌汁の色。ひいては味噌。オレンジ、茶、赤、白。脳内の色。

「…赤か?」
「やだ、狡噛さん脳内が赤なんですか?情熱的…!赤色の下着なんて鼻血出ちゃいます。赤好きなんですか?」
「好みでいうと黒だな。まあ、赤もいいんじゃないか」
「きゃー!データに加えときます」

 アホみたいな軽口を返すのも少し慣れてしまった。何か嫌な慣れだな。昼間っからカフェでする話じゃないことなのは確かだ。
 彼女は鮭をほぐして頬張って、幸せそうに白米を口に運んでいる。彼女が誰とでも幸せそうに飯を食っているのはよく見る。別に俺の前でだけって訳じゃない。

 はあ。いつもこんな感じなんだよな。連絡先の交換くらいしかしてない気がする。がそれもほぼ業務連絡みたいなもんで。今日ご飯行きます? 何時に終わる、何食べる。デート、ステーキ、飲食店、仕事終わりにまあまあ行ってる。飯だけ。一人で帰れますよ、実家暮らしなので、と言う彼女を、無理矢理近くまで送り届けて解散。進展したはずなのに、進展がない。

「今日はメシ行くか?」
「うーん。味噌汁専門店…?ありますかね?」
「残念ながら、俺はまともに味噌汁つくれない」
「私は作れますよ!それなりに!」

 えへんと彼女が胸を張っている。…多分自慢してるだけなんだろうが、俺からすると返す言葉は一つというか、言っていいのか?いまいち距離を測りそこねている。…測るもクソもないだろう、俺たち付き合ってんじゃなかったか。

「…食いに行っていいのか。うちに調理器具は無い」
「……!?!っえ、や、それはちょっと。お母さんいますし」
「じゃあ調理器具やら材料買って、俺んちで作るか?」
「それは!もっと!その!遠慮します!狡噛さん一人暮らしでしたよね!?」
「ああ。…別に変なこと考えてないぞ」

 名前で呼んだら顔を赤くしてくれても、彼女からは返されないままだし。そんな彼女が俺に名前を呼ばれるのに慣れ切ってしまった程には、何もない。恥ずかしがるから進めていない。「狡噛さん、積極的…。私鼻血出ちゃいそうです」今も、彼女は気恥ずかし気に鮭をつついている。

「…なあ、前から言ってるが、俺はお前に名前で呼んでほしいし、他の男とサシでメシ行って欲しくない。もう少し連絡取りたいし、話したいと思ってるんだが」

 彼女の頬が染まっていく。普段あっちの話ばっかしてる癖に、少し心情を吐露するとこれだ。予想外に不慣れなところに胸がグッと擽られるが、…どうなってんだ、ほんとにコイツ。医師免許持ってる彼女のえげつない下ネタだろうことに、佐々山ですら時々ついていけてないのに。…俺も少し勉強した方がいいだろうか。経験豊富ってわけじゃないしな。…いや、まだ昼時だぞ。とりあえず保留だ、明後日の考え事に追いやっておこう。彼女が恥ずかしそうに俺の目を見た。

「狡噛さん今日ピンクじゃないですか?淫乱ピンク…?ライトピンク…?」
「ライトピンクで味噌汁食えとでも言われたのか?俺は普段からピンク系じゃない」
「えっ今日はピンクなんですか?」
「お前の前だとわりかしピンクだ、最近は。健全な意味で」
「健全な…ピンク……?」
「…別に、ただ好きだってだけだ」

 ぐっと彼女が喉に飯を詰まらせたようだったので、慌てて立ち上がって背中を叩いてやる。真っ赤な顔した彼女はそのまま飯を掻き込んで立ち上がった。

「~~っご馳走様でした!!」

 逃げられてしまった。やりっぱなしのプレートをドローンが回収している。旗は無い。ちゃっかり持ってったらしい。…どうすんだろうか。
 まあ、好かれてないことはないんだろうが。前途多難だ。

**

「何お前、どうしたその旗。子供か?え?体に見合ってるな」
「えへへへへへセクハラ反対です」

 スキップで分析室に戻ると、開口一番真流さんがゴーグルまで取って言ってきた。なんて失礼なのか。にやにやする顔は止まらない。

「お前が一番セクハラじゃないのか?それカフェテリアのバーガーについてくる旗だろ。バーガーといや狡噛だな。お前の嬉しそうな顔にも原因は狡噛にある」
「食べる前ですよ。口ついてませんよ。黒い下着が好みらしいんです」
「こういうのは?」
「仕事はやーい!って誰がつけるんですかそんなボインなの!喧嘩売ってるんですか!?」
「お前のサイズもあるぞ」
「…!!?!なんで知って…???」
「最低サイズ」
「だまらっしゃい!」

 真流さんのおでこにチョップした。椅子に座って、旗を小物入れの間に立ててみる。なんか少しハッピーになれる。確かに味噌汁はラッキーアイテムだった。色相に似合わず大変健全な懸想をしている自覚がある。なんなら狡噛さんは私と付き合っているらしい。勢いあまってステーキに連れ出して、そこから哀れんでご飯に付き合ってくれてると思ってたのに。どんどん好きになってしまってしょうがない。名前で呼んでくれて、呼ばれたいって言ってくれて、家に誘ってくれて、ダメだまたドキドキしてきた。狡噛さんはお味噌汁つくれない。調理器具無い。黒い下着が好き。プライベートなデータに追加した。…また好きって言われちゃった。頬を包んで俯いて、どうにか動悸を逃がす。横から洟を啜る音が聞こえた。

「…なに泣いてるんですか」
「いや何。お前ちゃんと狡噛のこと好きなんだなと感慨深くなってな…。だめだ、年取ると涙腺が脆くなるな…。ずっと頭のおかしいやつだと思ってて悪かった…。でももっと伝えてやれ…?狡噛が不憫だ…」

 真流さんが目元を指で押さえている。普通に失礼すぎる。やっぱり真流さんにはメロンを投げつけよう。使命感。さっきの黒下着とメロンを2つポチった。退勤までにオフィスで受け取れる超特急便だ。デバイスを開いて狡噛さんにメッセージを送る。精一杯の告白だと気付いて欲しい。伝えられたら脳内ピンクになってない!助けて味噌汁!

『今日ご飯行きたいです』

味噌汁