2.14


「あっ狡噛さんやっと見つけた!好きです付き合ってください!」

 彼女は新人の監視官で、こないだの10月に配属になったばかりだ。…というのにこの数か月、顔を合わせる度に聞かされてきているので、最初こそどう対応したらいいものかと困惑したし、それからきちんと断りもしたが、彼女は“諦められない!ご迷惑でなければこれからも付き纏っちゃダメですか”と言ったので、別に迷惑ではなかったから迷っていたら、どうしても、と言うから看過するに至ったのだ。「今日もかっこいいですね!」本人は付き纏うといったが、特に付き纏われていると感じたことはないし、真面目な話をしている時は無駄口を挟んでくることもないから、鬱陶しく感じたことは無い。「探してたんですよ」彼女は自分勝手をしているように見えてきちんと場の空気を読んでいるし、今のところ執行官ともうまくやっているようだった。「あ、私、狡噛さんの優しいところとかもちゃんと好きですからね」初対面に“どうしよう、私あなたに一目ぼれしました”と本人に直接、直球でのたまった人間とは思えない。「そういえば昏田の顔色悪かったので体調崩し気味かもしれません」…とにかく、何が言いたいかというと、彼女は監視官として非常に優秀だということだ。
 しかし今日は、そんな彼女が俺に小さな箱を差し出しているのが普段と異なる点だった。

「ところで狡噛さん、変なもの入っていないので、あの、嫌いじゃなければもらってもらえませんか。今日、バレンタインデーっていったんです」
「バレンタインデー?」
「えーと、お世話になっている人にチョコレートとかのお菓子をあげる日、です。既製品でもつまらないから作ってみました」
「…もらったからといって何もしないぞ」
「別に見返りを求めてません。求めませんから、その、お嫌じゃなければもらってほしいです。結構上手に出来たんですよ」
「お前、料理得意なのか?」
「大丈夫です、既に佐々山が毒見してますし、昏田にはまだあげてないです」

 彼女がずっと目線を逸らしていたので、昏田の体調不良と関連付けて疑いかけていたが、心配ないです、と目を合わせて胸を張った彼女に少々罪悪感が芽生えたので、まあ、くれるというなら、とそれを受け取った。いつも堂々としている彼女が少し気恥ずかしそうにはにかんで、何故か心臓を掴まれたような気分になった。ありがとうございます、と手を振って去って行く彼女の後ろ姿をしばらく眺めていたが、頭の中にはまださっきの笑顔がある。初めて見た彼女の表情に驚いてしまったのだ。
 とにかく、俺も戻ろう、と三係のオフィスへと足を進めていると目の前に佐々山が見えた。あちらも俺に気づいたようで、近寄ってきた佐々山は俺の手にあるその箱をわざとらしく見て、ニヤリと口角を上げて肩を組んできた。

「よう狡噛。それもう食ったか?」
「佐々山。……元気そうだな」
「いらないなら俺に寄越せ、と言いたいところだが、が泣くか~」
「そんなにうまいのか?」
「他の男がほっとかねーってぐらいには」
「お前がそこまで人を褒めるの、珍しいな」
「お前こそ女の一人もいねーんだろ、いい加減付き合ってやったら?」

 話している間にも佐々山は俺を勝手に連行し、休憩室の中に放り込んだ。佐々山はソファにどかりと座り込み、頭を凭れ掛からせて天井を見上げている。まあいい。俺も向かいに座って箱を開けてみると、小さなチョコレートと、確かマカロンとかいう名前だった菓子がそれぞれ三つほど並んでいた。プロ顔負けの出来栄えというか、…本当にアイツが作ったのか? 包装に関しても、パステルカラーの中身と、シックな色味だった箱がうまいことマッチしているといえるだろうし、芸術の心得があまりない俺でも、女性が好きそうだ、と思えた程度には完成度が高かった。正直、店で買ったと言われても疑わないだろう。彼女の意外な特技に衝撃を受けている。アイツこんなこと得意だったのか。彼女のことは何でも知っていると勝手に思っていたが、そんなことはないと、さっきから現実を突きつけられているような気分だ。

「すげーだろ、って、若い女がよく食ってるやつ入ってんな」
「マカロンとかいう菓子だ、作るのは難しいと聞く」
「ふーん、一個くれよ」

 佐々山を無視してマカロンを一つ口に含むと、さくっと軽い触感は、中のフレーバーと共に瞬く間に口内へ消えていく。

「普通にうまいな」
「狡噛、お前ケチだな。っつーか掻っ攫われちまっても知らねーぞ」
「別に俺は、アイツのことは嫌いじゃないが、好きかと言われると、分からない。そんなんで付き合っても失礼だろ」

 次にチョコレートを一粒口に入れると、控えめな甘さと良い香りが鼻腔に抜けて、咀嚼しようと歯を立てたら、どろりとしたものが出てきてとにかく熱かった。なんだこれ、酒か!?

「狡噛、お前、おもしろいな、」

 笑いを堪えようとしたが堪えきれなくなった佐々山が腹を抱えて笑いだした。顔が熱いし、確かにこういうものは佐々山とかとっつぁんは好きそうだが、俺はそんな酒に強くないってーのに、それにアイツ監視官だろ、なんで酒なんか持ってんだ。

「佐々山、アイツに変なこと教えるな」
「いや、そういうチョコが元来あるらしいぞ」

 立ち上がった佐々山は、あ~笑ったわ、と頭を抱えている俺を置いてけぼりに、休憩室をあとにしていった。