懇願する 「狡噛さん、最近機嫌悪くないっスか、何かあったんですか」
「そんなことはない」

 いや、明らかに機嫌悪いんですけど。居心地悪いなあ、でもこんな人でも機嫌が悪くなることもあるんだな。なのにクリアカラーなんだろ、理不尽だな。

「ごめん昏田いる?あ、こないだの報告書のここなんだけど」

 何か俺に用があるらしいさんが、三係のオフィスに入ってきた。

「何か不備がありましたか」
「ううん、問題があったわけじゃなくて、詳しく話を聞いておきたくて」

 そう言ったさんと話し終わると、わかったありがとーと俺の頭をいつも通りわしゃわしゃ撫でて、ついでに横にいる花表も撫でて、上席にいる狡噛さんに目線を寄越して、狡噛くんもまたね、と彼女が言って去って行った。なるほど、彼女と喧嘩でもしたんだろうか。普段、彼女はうざいぐらい狡噛さんに構っていて、狡噛さんもなんだかんだ彼女を無視できず無碍にできず構っているように見えないこともないが多分この人さんのこと大好きだ。こちらからすると砂糖を吐きそうだし、なんで付き合ってないんだ?と誰もが首を傾げる様なんだよ。そんな彼女が、狡噛くんもまたね、って冗談だろ。やべえ。

「何があったんですか」
「……何もない」

***

 躾けられた犬か、俺は。報告書を上げても、犯人を捕まえても、功績をあげても、何をしても、わー狡噛くんえらいねと彼女に頭を撫でられていたということを実感した。そして急にされなくなったもんだから欲求不満になっているんだ。自分が信じられない。彼女に触れてもらえないのも、触れられないのもつらい。
 ありがとうお疲れ様と微笑むだけで、他のやつら――昏田とか花表とか天利とか、はいつも通り彼女に撫でられているのに。俺はそれを横目に眺めて突っ立っている。和久さんととっつぁんが俺に目線をやって何か言いたげだった。

「狡噛君、さんと喧嘩でもしたんですか?」
「…喧嘩はしてません」

 …別に喧嘩はしていない。…喧嘩は。じゃあ、何になるのか、それも分からないが。

 彼女の自重はしばらく続いた。それは俺のサイコパスに少なからず影響した。俺は更に自分が分からなくなった。…そこまでだったとは。

***

「狡噛くん、」

 そろり、ある日彼女が心配そうな顔で俺を引きとめた。

「ごめん、和久さんから話を伺ったんだけど…何かあった?大丈夫?私でよければ話聞きたい」

 ……和久さん。…というか話を聞きたいって、原因はあんただぞ。

さんのせいなんですが」
「え、私何かした?」
「何もしてないからです」

 疑問符を浮かべて俺を気遣っている悲しげな顔を見ると、今度は急に彼女に手を伸ばしたくなってしまった。それにこれじゃなんだか俺が彼女をいじめてるみたいに見えるだろう。いや、だが、しかし、けれど、だけど。……あーもう、そうだ、俺は撫でたい。
 俺よりもずっと低いところにある彼女の頭に手を乗せて、さらさらしている髪を掌に感じながら撫でる。

「…狡噛くん、撫でてほしかったの?」

 そういうところの勘はいいくせに、何でこの人はこうなんだ。好きだ、と伝わってくれないだろうか。「でも私、届かない、」爪先で立つ彼女のために頭を折るのは癪だが、条件反射的に頭が勝手に折れたのだから仕方ない。久しぶりにわしゃわしゃと俺の頭を掻き乱す彼女の手が心地いい。

「…自重しないでいいですから、前のようにしてください」
「……狡噛くん、やっぱり可愛い」

 そういう扱いをされたいわけじゃない、だがここでまた下手なことをして逃げられるくらいならこのままでいるべきだ、と俺の中の俺が妥協してしまった。
 一体いつになったら関係性を変えられるのか。他のやつらに触れないで欲しいとか、俺だけのものにしたいとか、抱き締めて、キスをして、体を暴いてみたい、とか、不埒な想いまで抱くようになったのは。こないだ彼女の唇の感触を知ってしまったからだ。