撫で繰り回す 「おはよー」
「シーッ!朝ですよ!」

 お昼を食べ終わって普通に三係に入室したら、天利がわーわーと指示を出した。今、朝なんだ。そうなんだ。「二人とも、もうお昼ですよ」その後ろで和久さんが突っ込みを入れてくれた。ありがとう和久さん、さすが和久さん。

「では、僕はこれで失礼します」

 静かに退社される和久さんの隣のデスクには狡噛くんが突っ伏していた。寝てるらしい。なるほど。

「耳元で大声出して起こしてみたいね」
「確かに、狡噛さんには悪いですけど、それは私もちょっと興味あるかもです…」
「……俺休憩まだなんすけど」
「あ、私も!」
「二人とも行ってきていいよ」
「私も上がります」

 昏田のジト目に続き天利が名乗り出て、普通に許可したら、花表までもが出て行った。なんてやつらだ、征陸さんは和久さんが帰られる前に上がったんだろう、二人になってしまった、話し相手がいない。まあいっか、狡噛くんも寝てるから静かに、私もサボろう。え?不良監視官?やめて。いいの、急ぎのものないからちょっと息抜き。
 ブランケットとかタオルケットとか毛布ケットとかそういうおシャンティなものを持っていたら女子力が高かっただろうに、残念ながら一つも持ち合わせていないのでしかし、なけなしのプライドでスーツの上着を脱いで彼にかけてみた。いつかの佐々山のスーツはえらいタバコ臭かったけど私のはその点は大丈夫だろう。でも小さすぎて私のスーツはなんだかよくわからぬことになってしまった。まあ首元はカバーしてくれたのでよいということにする。けど私のスーツは狡噛くんにとってマフラーのようなものの進化系だった……?

 からり、と静かな音を鳴らす自分の椅子に座って彼の顔が観察できる方に近づいて、デスクに頬を付けて突っ伏している横顔を見る。普段きりっとしている眉毛は少し迫力がなくなっていて、高い鼻筋と、伏せられている長い睫、男の子のくせにやたらと柔らかそうな頬、弾力のありそうな唇、しっかりとしている下顎。頬骨は高め。宜野座くんはわりかししゅっとしていて、殴ったら折れそうな感じの…狡噛くんは殴った人の手の方が痛いかもしれない、しっかりとした骨してるなあ。ちょっと前に彼と追いかけっこして遊んだ時、彼の輪郭を手で覆ったことがあるけど、骨はがっしりしていたし、むかつくくらい肌はすべすべしていた。そして今、頬すごくぷにぷにしてそう、と思った私は煩悩を押えきれそうにないので指を伸ばしてみる。つついたことはなかったので。今つつかなければ明日死んだら後悔する。

 ぷに、と彼の頬に薄く埋まった指を離せば、それはやんわりと戻って来る。ぷに、まずい病みつきになりそう。ぷに、狡噛くんの頬にはストレスケア効果があるに違いない。ぷに、執行官みんなにやらせたらみんな色相が良好になるかもしれない。ぷに、実験する価値は大いにあるだろう。ぷに、「ん……、なん…だ?」、ぷに、「母さん……?」、ぷに、寝ぼけ眼がうっすらあいた、ぷに、「…… さん?」、ガチリと狡噛くんが硬直した。折角だから音を零すその可愛らしい唇にも触ってみよう、死ぬまでにやってみたいことはなんでもやってみるべきだ。やわやわ、それはやんわりとしていて、しっとりといていて、頬とは比べ物にならない程に柔らかくて温かかった。「…………っ!?」ガタッ「わっ」ぐらっ、それがガターンッと行く前に、狡噛くんが私が伸ばした腕を引っ掴んで重力を戻してくれた。――吃驚した怖かった恐ろしかった、何が起きたかというと、なんか立ち上がった狡噛くんに驚いた私が思いっきり仰け反ったことで椅子ごと後ろへ倒れそうになってしまっていたのである。あー怖かった!

「びっくりした、ありがとう、突然立ち上がらないでよ」
「こっちのセリフですなんなんですかさん」
「ちょっとした好奇心でした、狡噛くんは死にましたか?」
「俺はネコじゃありません、それに死にそうになったのはさんでしょう」
「狡噛くんのおかげで助かりました、これからも好奇心の赴くままに行動しようと思います」
「確かにさんはネコみたいなときがありますが、ってそうじゃない、今回は運が良かっただけで、」

 なにかわたわた言っている彼を見ていたら今更私も眠くなってきてしまった、凄い吃驚したのが安心して動悸がおさまったのでそういうわけともいう。でも今寝たら頬をつつかれる復讐をされるかもしれない。私の頬は贅肉が多いのでぷにというよりぶにという効果音がふさわしいかもしれない。聞いてるんですかさんわーわーぴーぴーぴーよぴよ。聞いてないごめん。

「でも狡噛くんが居たら大丈夫そうだから」

 適当だけど確かなことを言ったら、はああ、と大きなため息とともに再度椅子に腰を下ろして机に突っ伏した狡噛くんのつむじが可愛かったのでぐしゃぐしゃ撫でてみた。なんだか、この人には守られることが多い。…今回のは私がちょっとあほだったかもしれないけど、学生の頃のはノーカンだよ。あれは私のせいじゃないもん…。でも彼が守ってくれたということに変わりはないけど。狡噛くんは顔を上げてくれない。

「また寝るの?そうなら私も寝ようかな」
「寝ません、あんまり触らないでください」
「っあ、ごめん、嫌だった?」
「……嫌ではない、…ですけど吃驚するのでいきなり触らないでください」
「触っていい?」
「いやです」

 マジレスがマジトーンで帰ってきたので少しヒヤッとした。生理的に触られたくない人間というのは存在するものだ。もしそうなら、こないだからごめんなさいを百万回言っても足りないどころのことを私はしている自覚はある、けど、だって狡噛くん初日に抱きしめてきたから、平気な類の人なのかなと思ったし、思っている。そもそも狡噛くんは宜野座くんに触りまくっているし佐々山にも触っているし、ここでいう触るというのは肩を組んでいるとか腕を掴んでいるとかなんかあの、昏田の肩にも手を置いて、花表や天利にも狡噛さんは優しいですけどたまに私たち執行官にでも躊躇なく触れられますねとか言っていたし、要はボディタッチが激しいと聞く。でも顔を上げてくるりと椅子を回して振り向いた彼の、ふてくされているような顔の拒絶の言葉が判断しにくい。どっちなんだろうこれは。ツンデレわんわんなの…?宜野座くんみたいな…?でも本当に嫌なときだってあるかもしれない。どうしよう。そうだな、簡単な解決法がある。

「いやだったら右手を上げてください」

 歯医者ですか?と力の抜けた呆れ顔で私にわしゃわしゃ頭を撫でられている狡噛くんは右手をあげない。嫌じゃないらしい。されるがままにしているが段々そわそわと落ち着かなくなってきているのが可愛い。でも右手はあがらない。可愛い。右手があがらない。なんだこの可愛い生き物は!

「狡噛くんやっぱり可愛い~~!なんで!?」

 耐え切れなくなった私が立ち上がってその頭を引き寄せ抱え込んだら彼が視界の端に両手を上げた。どっちだ。右手がNOなら左手はYESでいい?そんなわけない!?そんなわけある!「さ、うわ、何考えてるんですか、やめてください離せ離れろ離してください!」「やだ!両手が上がってるよ狡噛くん、左手はYESでしょ?!」「っんな定義してないだろう、!」彼の頭頂部に頬ずりをして、さらさらわしゃわしゃ、わー明日死んでも後悔しなさそうよかった、と思いながら色々と堪能していたら、力技で私を押し離した彼は肩で息をしながら片手の甲で顔の下半分を隠したが、狡噛くんは目じりの縁から赤くなるんだ。本人はきっと知らないんだろうな。真っ赤な目じりが見えてるよ。まだ初心のままだったらしい。ごめん。君の経験値はそのあたりあのころから変わっていないの?ごめん、私また全然そんな気はなかった。ごめん、だって可愛かったんだもん。…自分でも思うけど、私本当に狡噛くんの顔のファンらしい。でも最近は、彼の性格もよく分かってはきた、性格も可愛いんだよ、私は大分やられ気味かもしれない。癒しだ。

 にやにや見つめていたら、天利が入室してきた。やだ天利真面目…えらい…さすがに執行官全員抜けてたら不味いかなそろそろ…と不安になって戻ってきたのね…!?感動している私と、入室した彼女が一言。

「あれっ狡噛さん大丈夫ですか、熱あるんじゃないですか!?」