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「壌宗、おはよう」
………ひええ。狡噛くんの声は結構低いんだなあ。講義室の空気がざわっと揺れて若干静まり返ってしまった。……そうね!私も天然のふりをするしかない、だって殺傷事件が起きそうだから。怖すぎる。殺される被害者は私。いいや、大丈夫だ問題ない。何故ならそうなる前に相手のサイコパスが濁ってドミれるからである!私は多分死なない!今ドミネーター持ってないけど!
「おはよー、狡噛くん」
「…おはよう」
普通に返せば、だんだんと室内には騒がしさが戻ってきた。でもなんか激しい視線を感じるのは気のせいではないと思う。サイコハザードとか起きなきゃいいけど彼女たち色相大丈夫かな。
はあ。ホントに。宜野座くん、狡噛くんをどうしたらいいの?なんで宜野座くんはこの講義室にいないの?ねえ宜野座くん、助けて。宜野座くん、ねえ宜野座くん…。心の中でどれだけ何を思っても届くことは無い、そもそも今この場に居ない。ついでに私が一方的に宜野座くんを知っているだけで彼は私のことを微塵も知らないはずなので超不審に思われているかもしれない。征陸さんが親バカなせいですよ、伸元はな~って写真を見せてくれてめちゃめちゃ話してくるんですよ。伸元、あなたとても愛されてるよ!
さてなんとか講義を乗り越えお昼に定期連絡を取ろうと思った私、女子集団ににっこりちょっと来てくれるとか言われたので、なあに?ってにっこり付いて行って修羅場体験しようとしたのに、なんと平和なんだろう、“すまない、ちょっといいか。壌宗に用があるんだ”と言いやがりくださいました狡噛くんに何故か連れ出されている。用ってなんだろう。にしても女子のファンの数凄いな、あの数にはちょっと吃驚したな…何かあってもスタンガンで撃退できる数には限界があるし…。けど現在進行形で事態は悪化の一途をたどっている。狡噛くんが私の手を引いて速足に前を歩いている。講義室を出たら、おい狡噛!と後ろから何故か宜野座くんも付いて来ている。多分講義が終わって待ってたんだろう、きっとお昼ごはんでも一緒に食べるに違いない。仲良しさんだもんね。
にしてもどうしたの狡噛くん? 私の手を引いたまま突然謎に廊下を走り始めた狡噛くんは階段を下って行く。結構かなり頑張って付いて行っている私、何が起きているんだろう、どこへ向かっているんだろう、と思っていたら、降りたところで教師Aの怒号が飛んできて助かった。そうだよ確かに危ないよ!でもこの大学厳しいね!? ピタッと止まった狡噛くんの背中に私は激突したが助かった。反動が大きかったので後ろへ尻もちをついて階段に攻撃を受けたが助かった。お尻も背中も全部痛い。つらい。全く私と宜野座くんにとっては理不尽極まりない。
狡噛くんはすまない大丈夫か、とわたわたしながら階段に座り込んでいる私に手を差し伸べてくれた。乙女ゲームにありそうなスチルだった。顔がいい。困る。でも彼は余裕そうなのにまだ私の息は整っていないし、とりあえずむかついたので、つい素が出てしまいぐいっとその手を引っ張ってやった。こんなんで引っ込み思案ちゃんみたいになっていたら刑事課では食い物にされて終わる。
うわっと言って私の上に倒れ込んで、私の肩口に顔を埋めざるを得なくなった狡噛くんにざまあみなさいフンと勝ち誇って数秒、冷静になったところで更に事態を悪化させてしまったということに気が付いた、なんか色んな意味で。後ろから来た宜野座くんが何を遊んでるんだとため息をつきながらしゃがんで、固まっていた狡噛くんを引き剥がしてくれた。優しい。でも別に遊んでたわけじゃない。私は仕返しをしていたんだよ。というのに引き剥がされた狡噛くんは若干赤い顔でどぎまぎしていた初心だった。ごめん。そういう意味は無かった。なんでそこで赤くなるのに女子の下の名前を呼び捨てにすることには躊躇がないの? 私には分からない。
「で、どうしたの狡噛くん」
「……壌宗、困ってただろ」
「私?」
「まあ、そうだが」
そうだがって宜野座くん。ええ。いや、分かんない。ぶっちゃけそれは狡噛くんによって引き起こされていたのだと分かってほしい、ついでにそこまで分かるならあれが私の狙い通りだったことにも気づいて欲しい。しかしこの子たち何故あの中で笑顔だった私が内心はそれなりに困っていたのに気付いたんだろう、そうだよ、確かにわくわくしてたけどちょっと怖かったよ。でも私そんなに分かりやすかった?なんかちょっと自信なくなってきた。
それに何、お人好しがすぎる、本当にそうならば。純真で眩しい。征陸さん、宜野座くんは気を付けた方がいいですよ、ちょっとお人好しすぎるかもしれません。もし狡噛くんが極悪人だったら宜野座くんは大変危険かもしれません。警戒した方がいいかもしれません。
「…俺の勘違いだったらすまない」
「そんなことないけど、けど…」
「けど?」
「多分狡噛くんのせいなんだけど…」
「俺?」
「が私に構ったからだよ…」
「…挨拶しかしてなくないか?」
「その挨拶がダメだったんだよ…」
「すまん、分からん」
「そうだよね、分かんないよね、ええと、とにかく今日は困ってたけど困ってないから、別に構わなくていいよって言いたかったの」
「…それは暗に、構うな、と言っているのか?」
「いや別にそんなことないけど…逆になんで構うの?」
「見てて面白かったから話してみたいと思った」
「へ?」
「こないだ花壇で「わーーーーー!」
「花壇で?遮らないでくれないか禾生さん、聞こえない」
「宜野座くん!聞かせたくないんだよ!」
なんか宜野座くんの方がそっち危険かなと思っていたんだけど二人とも怖いかもしれない。ちょっと探ってみようと思っただけなのに狡噛くん私のことをバカにしてる!?または超絶鋭くて初日から何か私の正体に感づいていて見張っていた!?そっちだったら凄くまずい!いやそれはそれでいいからそうなら早く誘拐してほしい、または放っておいてほしい、安心して、私は怪しい人じゃない。
駄目だ、混乱している。そう、宜野座くんの視線は痛い。とても痛い。突き刺さる痛い。さっきから周りの女子生徒の視線も突き刺さる痛い!
「そういえば狡噛、お前いつから禾生さんのことを呼び捨てにしてるんだ」
「昨日の放課後」
「に、自習室で、偶然、狡噛くんとエンカウントして、世間話をしたときからです!」
あっけらかんと誤解を招きかねないところで言葉を切るんじゃありません!あっでもみんなもっと健全かも…私の心が汚れてるだけ…?可能性あるかな…。なんか必死に言い訳して逆に不審な人になってしまっているかもしれない。いやでも普通、ただの同級生の名前を呼び捨てにしない絶対しない、しないよね?
いけないゲシュタルト崩壊してきた。だってあまりにも自然に呼びすぎなんだもん狡噛くんは。なんかもう、狡噛くん実は私のこと嫌いなのかもしれない説が浮上する。実は私は結構狡噛くんのことが好きなんだけど、…ごめん、顔が好みで…。正直見てるだけで癒されてるところはある。ごめん。謝ることしか出来ない。
とにかく私は早く狡噛くんと女子生徒数名についてを帝塚さんに報告したいんでいい加減にしてほしい。あなたたちも早くお昼を食え食べなさい、時間なくなっちゃうでしょ!
「良いお昼をお過ごしください!」
あいつ、急にどっか行く癖があるんだ。
変な癖だな。
後ろではっはっはと言っている彼はポジティブイージーゴーイングノーシンキング少年なのか、はたまた犯人なのか。はっきりしているのは顔が好みでつらいごめんなさいということだけ。そんな思考はディルートカット、私の心はスペースキャット。
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