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だから二日目も征陸さんにはコミッサ太郎になってもらい、私は禾生さんとして講義を寝ながら目を開けてきちんと聞かねばならなかった。昨日の退勤直帰後死ぬほど寝たので万歳な睡眠欲の満たされ方だったから大丈夫と思っていたのに私はまだ眠いらしい、眠気が湧き出てくるんだもんしょうがない!
この仕事に気乗りしない私は人畜無害の普通にやさしい一般的な女生徒を装って、獲物がかかるのを待つことに徹している。早くかかってほしい。しかし編入したての人間が直ぐに消えたらそれはそれは目立つ、犯人もそこまで残念な頭ではないだろうから早く終わらせるためには私が動き回った方が早いという分かりきった結論に帰着するのであった。ちゃんちゃん。
いや、考え方を変えてみれば或いは。公安に居て事件が起きるたび出動することを考えれば、学内をだらだら見回っているだけで済むと思えば楽な一件かもしれないかもしれない。いや、囮だけど……。
自習室で眠気と戦っていたら、熱心な目線を感じたので、腕を伸ばしたりストレッチをしたりして首を回して、偶然に目が合いました、という風を装いつつその原因を射抜いた。私を訝しげにうかがっていたのはさらさらストレートヘアーのメガネくんだった。絶対に君が犯人じゃないだろうことを私は知っている。目があったらぎょっと目線を外されてしまったが、その切れ長な目つきはやはり征陸さんとよく似ていた。
昨日、偶然花壇の前ですれ違ったと征陸さんは感慨深そうに話してくれた。伸元の制服姿が見れるとはなぁ、目頭を押さえた征陸さん、いつもお世話になっていたので少しでも何か返せたのなら嬉しい。帝塚さんもまあ優しいところがある、全責任は私に属すると既に宣言されているけど。征陸さんは私なんかと比べてはいけないほど刑事経験が長いし、人としても大変信頼できる方なので私は何も心配せずに済む。とてもありがたい。
ところで、目線をずらすと、征陸さんのご子息の隣にはめちゃめちゃわしゃわしゃ黒髪の元気な少年が居た。そう、彼こそが昨日見てシンプルに顔がいいと思ってしまった同じ学部だろう男子生徒だった。雰囲気で分かる、二人は仲良しさんだったのか。ちょっと彼を見ていてしまったら目があって、若干微笑んで首を傾げられてしまった。まずい、ちょっときゅんときた。あ、あざとい。かわいい。…それにしても対比がインテリメガネとスポーツ少年みたいな感じで陰と陽を感じる。結構な女の子たちが遠巻きに彼ら二人を見つめていることには気付いていたけど、征陸さん、宜野座くんはモテモテみたいですよ。よかったですねえ。
にしても、本当に犯人は居るんだろうか。そうそう、私はといえば社会心理学科に潜入しているんだけど、他の学部の人間だったりしないのかな。はたまた生徒ではなくて、関係者の犯行だったりする可能性はないのかな。執行官たちを連れて来れば直ぐに分かるだろうに。私が無能?やめて。まあ、その執行官たちがこの学部が怪しいって目を付けているらしいから、まあ、なんだ、そうね、そうなんだろう。私が無能?やめて。
お昼時、とりあえずご飯を食べよう…と学食にお邪魔し無事に日替わり定食を手に入れた私は席に着いた。本日は和食らしい!さあ食べよう!わくわくするね!とお箸を持ったら、一緒に食べていい?と超絶に顔の可愛い女の子を中心とした女子若干名が私の周りにお座りになられた。どうぞ、頷きながら私はもぐもぐと口を動かしている。彼女たちはもごもごしながら口を開く。
この学校には顔がいい人が多くないですか、吃驚します、ちょっとだけ心臓に悪いです。でも刑事課だって負けてないんだからね、内藤とか凄い童顔で顔はかわいいもん、シャニーズみたいだもん。…性格は……。内藤はなんか……話している時によく胸元に目線を感じるし、こないだ初出勤前に制服姿を見られたとき、ぼそりと落とされたいいっスねという言葉も忘れることが出来ない。ねえ、よくないよ、特筆するほどバストないと思うよ…?一体何を見てるの…?私の胸元には何も無いよ…。佐々山は冗談だろうけど、内藤には少々深刻に身体が狙われている気がするのでさすがの私でもちょっと警戒している。あの人こわい。
「ねえ、禾生さんは、狡噛くんと宜野座くん、どっちの方がタイプ?」
にしても日東学院ちょっと見直したかも、食堂だけは。なんかよく分からないけどごはんがおいしい!限定メニューとかもあったし何か部署がこだわってるのかもしれない。これはいい!
「禾生さん、狡噛くんと宜野座くん、どっちが好きなの」
え?局長もこの定食はおいしいって言うと思う。にしても狡噛くんと宜野座くん、狡噛くんと宜野座くん?どっちだろう。局長は多分…ええと…ええ…ええ…?あっ私…?局長じゃない…。
えっなんだって?
「禾生さん?」
「え、あ、ごめん、えっと…?」
「宜野座くんと狡噛くん」
彼女の目線の先を見る。あ、ああ、宜野座くんがいる。横にはあざとい彼がいた。――ああ! ざっと全生徒の成績までスーパー残業で目を通してきている私に死角はない――え?今やっと思い出したって?やめて!しょうがないでしょ!個人的に視覚情報が凄くて吃驚して頭が働いてなかったんだよ! そう、狡噛くん。そうだ、彼が狡噛くんだった。品行方正で何事にも熱心であの宜野座くんが勝てないレベルでぶっちぎり一位を突っ走っていて資格欄にはコアで謎なモノが並んでたかっとばしてる子、と備考も見た。順番に箸を進めていく。副菜も小鉢も味噌汁も全部おいしいとてもいい。
そうだ、狡噛くん、あまりにレベルが高すぎて理解に苦しんだのであの子のプロフィール三度見くらいしなきゃならなかったからよく覚えてる。文字列の強さが半端なさすぎて顔の印象が薄れてた。そうだそうだそういえば顔も整ってたんだあの子、神が二物以上与えすぎた例なんじゃないかと思ってたけど実際そうだった。やっと私の頭の中でバーチャルとリアルが一致した気分です。にしてもここの学食本当にすごいおいしい、しばらく通おう。ってそんなこと聞かれてるんじゃなかった気がする。
「えっと…。あなたはどうなの?」
「私はね、狡噛くん。頭も良くて運動もできて優しいの…!」
「そうなんだー」
禾生さんはどうなの?まだ問うてくる彼女に、まだよくわかんないかなあ、と曖昧に眉を下げれば、彼女はむう、としながらちょっと拗ね気味に顎を引いた。可愛いことは認めざるを得ない…私なんて制服着せられて潜入捜査を強要されている可哀そうな2ピー歳なのに。ひどいよ。正直顔の好みで言うと狡噛くんだけど、個人的には宜野座くんに親しみを感じるというか一方的に知っているし実家のような安心感がある、この学校でただ一人の信用できて頼れる人間であり私が絶対に守らなければならない人なのでとにかくそのはい。そして、仲良くしてね、と仕切りなおす彼女はあざとい。でも仲良くしてくれるの、ありがとう。
しかしながら私は早いとこご飯を食べきって、お昼の連絡をしなければならないので行かねばならない、時間がない。結構なスピードでご飯を食べ進めさせてもらっていた私は綺麗に食べ終わったので席を立たねばならないごめん。さっきからしなければならないばっかり言ってる気がする。つらい、心が急いている。時間がない!
こちらこそ、と恥ずかしがりやな女の子を装いつつもただシャイでつっけんどんでとっつきにくい人間になっている可能性を危ぶみつつ、ごめんねちょっと行くところがあって、とその場をあとにした。
がんばれ、頭も良くて運動もできて優しいらしい狡噛くんという君。いいなあ私も青春したい。過ぎ去ったどころかそんなもの無かった気がする。まあいいや。それにこういう情報が後々役に立ってくるものだ多分。この調子で挙動不審な人物についての情報とかにもあやかりたい。それにしてもあのお顔がグレイト女生徒、被害者たちと似たような背格好をしていた。まあ、身長に関しては私と似たようなものかもしれないかもしれない。次に狙われる可能性が高いのもあの子だ、仲良くしといてもいいだろう、お昼のご一緒はあまり出来ないかもしれないけど。なんかこう、それ以外で。
とにかく、今日も何の成果も得られませんでした。しかしながら、自宅に直帰したら帝塚さんから連絡が入って、一人目の被害者が保護されたそうだった。まあ、濁りきった色相に成り果てていて矯正施設へ一直線だったみたいだけど。その女の子、以前のデータではきれいな色相をしていたのに。暴行を受けた痕や外傷もなく、けど心が壊されていて意思疎通が不可能だとか。というか、廃人に近いらしい。なんだっていうんだろう大変だ、かわいそうに。次なる被害者が出る前に私が犯人をとっちめなければなるまい、私が誘拐されねばなるまい。嫌すぎる。しかし答えは単純明快だ。誘拐される前に撃退すればいいのである。ね、スタンガン!へけっ!
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