スパイスカレー ★★

 食堂には既に怪しい匂いが漂っている。俺と賢者さんは無言で、この残念な匂いを共有していた。
 賢者さんはしょんぼりした雰囲気でそれを鍋から器へ移し、とぼとぼと、それを持ってこちらへ向かってくる。
『本日のメニューは如何に料理が下手であろうと失敗しようがないカレーです!』
 数時間前、えっへんと胸を張っていた威勢は食材と共にとうに失われていた。絶対に小鍋で作ってくれいいか絶対だぞと固く約束したのはやっぱり正解だった。

「……何がダメだったんでしょう」

 ダメだったことを素直に認められるのは彼女の長所だ。
 コト、と優しく置かれた器の中には、黒い液体。

「……何をどうしたらこうなるんだ?」
「……」

 それを聞いているのだと言わんばかりのジットリとした目つきで恨めしそうに睨まれた。俺はこめかみを押さえながら反省会を始める。そのうちに頭痛がしてくるに違いない。

「一体、何を入れたんだ?」
「ネロに教わった通り、サンダースパイス、オスのオアシスピッグ、火炎ジャガイモ、東の二股ニンジン、マトリ茸……」

 ん~、と頬に手を当て目線をどこかに、考えながら賢者さんが挙げていく食材に間違いはない。少し苦め、少し暗めの色のカレーが出来る程度だろう。

「あ! それから、マカロニ菜!」

 ポン! と威勢よく手を叩き、笑顔で賢者さんが告げた内容に俺はため息が出た。間違いなく。

「それだな」

 やんわりと賢者さんは首を振る。それから彼女は静かに椅子を引き、席に着いた。

「いいですか、ネロ」

 穏やかに、子供に言い聞かせるような声だ。なんか悟ったんだろうか。

「私は食べるときに半熟卵を乗せるのが好きなんです。つまりこの黒くなってしまったカレーにでも双子鳥の卵を乗せれば美味しくなるに違いない」
「その心は?」
「この間のミモザサラダの、マカロニ菜と卵の相性が抜群だったので、カレーに入れたら間違いないと思いました!」
「そうか」

 なんであれ食べ切らないといけない。
 俺は席を立ち、新たに小皿を二つ、スプーンを二つ、それから双子鳥の卵が入ったバスケットに、高級星屑糖、あとはヨーグルトかな。それらを抱えて席に戻る。
 賢者さんは未だ、神妙な顔で黒いカレーと向き合い覚悟を決めているようだ。
 とりあえず賢者さんに痛い目を――……希望を叶えるために、皿のカドで卵にヒビを入れ小皿に割り入れた。

「す、すごい……片手割り……! ネロかっこいい!」
「……そりゃどうも。ほら、食べてみろ」

 絶対苦いけど。
 そわそわと賢者さんの視線は卵と俺を行き来する。期待と不安、心配なんかが入り混じった表情をしている。スプーンを手渡すと、賢者さんは小皿の卵をかき混ぜ始めた。
 そうしてしばらく。ぐ、と意を決したのか、賢者さんは卵を一口、カレーを一口。分かってんじゃねえか。

「…………」
「いいか、賢者さん。カレーにマカロニ菜はあわない。分かったな?」
「はい……」

 うなだれている賢者さんの手元の器に、俺は砂糖を少しとヨーグルトを加えていく。まだ出来ることはある。
 少し茶色くなったそれに卵も入れて、あまり行儀は良くないが、ぐるぐるとかき混ぜてスプーンを抜き取り口に含んだ。多少マシになったハズだ。

「えっ」

 うん、まあ食いたくはないけど、食べられない……ことはない。

「いや、さっきよりはマシだと思うよ。賢者さんも食ってみたらどうだ?」
「えっ、え、えっと、はい……」

カレーに葉物を入れるべからず