パンケーキ ★★

「ネロ。おいしそうでしょう」

 無駄に良いドヤ顔だが、なんだか料理人のカンってやつが働いた。
 レシピを教えて欲しいっていうから、俺なら双子鳥の卵に高級星屑糖とエバーミルクを入れて作る、と初心者向けの説明をしたもの、が目の前に差し出されているハズなんだが。あとはこの上に、この間作っておいたルージュベリーのジャムとスノーシナモンを散らせば、良い感じになるハズなんだが。
 底の方が黒いんだよなあ。

「ひっくり返してみろ」
「な、なんで分かったんですか……!」

 側面がもう、お察しくださいと言ってる。見れば分かるという言葉を飲み込んで、それをそこらにあったスプーンでひっくり返してやった。ほらな。やっぱり真っ黒だ。賢者さんの料理の腕を考えれば、消し炭にならなかっただけマシ、かな。

「まあ表面が焦げてないだけでも大変頑張ったんじゃないか?」
「そうですよ。裏の焦げ部分を削り取れば食べられますからね~! 生地そのものは大丈夫です、多分!」
「多分なのか、賢者さん……」

 賢者さんは席に着き、上機嫌でフォークとナイフを手に取って問題のパンケーキを切り分け、真っ黒に焦げている部分をこそげ落としていく。
 机の上にはバターと、砂糖・ジャム・蜂蜜・メープルシロップやら……。そんなに自信ないのか。教えたとおりの材料と分量を混ぜて焼くだけで、片面しか焦げてないんだから、そこまで悲惨なことにはなってないと思うぞ。

「いただきま~す!」

 嬉しそうに、賢者さんがパンケーキを口に運ぶ。元気とやる気はあるのに、なんだかなあ。
 もぐもぐしてる賢者さんの目が、段々死んだ魚の目に変わってきたのが分かったので目を逸らしてみると、キッチンにはどうしてか嵐塩の入れ物が出されているのが見えた。俺が伝えたレシピには無いものをアレンジで加えたものとみられる。これはだめかもしれない。

「う~ん。しょっぱい」

 だめらしい。
 遠い目をした賢者さんが蜂蜜やらメープルシロップやらを山ほどかけているのを横目に傍を離れて、俺は冷蔵庫を開け双子鳥の卵とエバーミルクをボールに取り出し、手を洗い、ボールの中身を混ぜ合わせていく。

「甘くなったけど、硬くてパサパサしてます。そして激しく味が濃い」
「だと思ったよ」

 賢者さんが向こうで、プレートに取っていた己の一枚の残りを、もそもそ悲し気に口に運んでいる。かわいそうに。
 もう少し甘味も加えとくか。

「こないだネロが作ってくれたやつが作れるかも、だなんて大それたことは思ってませんでしたけど、これはひどい」
「あれは卵白を泡立ててふわふわにしたやつだから、またちょっと違うかな。今回の失敗の原因は、嵐塩を入れたからだと思う。初心者がやりがちなミスってやつだな」
「少しのしょっぱさは甘さを引き立てるんですよ!!」
「高級星屑糖とあったかエバーミルクは、それぞれ元々少しの塩味を持ってるんだよ」
「ぐぅ……」

 それは知ってたんですけどもうちょっと入れたらもっと甘くならないかなって……なんて消え入りそうな声で言いながら、賢者さんが叱られた子供みたいな表情で隣へやってきた。手に持っているプレートは綺麗に食べ切られている。上からかけまくったせいでプレートに零れていた糖分もパンケーキで回収したのか、お皿はとてもきれいだ。憎めない。
 根性と知識もあるみたいなんだけどなあ……。

「まずはレシピを守りつつ、目分量と適量ってやつを覚えよう。な?」
「はい」

 すっかり、しょんぼりしてしまった賢者さんの頭をポンポンと撫でる。お子ちゃまどもみたいだ。賢者さんは頷きながら、スポンジに洗剤を付けてプレートを洗い始めた。

「賢者さん、残りの数枚、使っても?」
「え、はい。もちろん」

 残りは笑顔で食べてもらえるよう、アレンジしよう。
 俺はパンケーキを一枚、皿から皿へと移した。さっき賢者さんがしていたように、焦げを取り除いていく。
 賢者さん、料理下手選手権とかあったら優勝できるんじゃないかな。いつだか人気を博していた、料理下手がグループでどうにかプロが指定した料理を用意された器具を全部使って作る番組とか。
 ……ダメだな、賢者さんが出たら卵をレンジで爆発させて終わる可能性が高い。それにしてもすごい焦げてるな……。
 ガリガリと焦げを削げ落としたら、一枚一枚をじっくりと卵液に浸していく。なんだか表面が塩っ気のせいかザラザラしていて、やっぱり賢者さんが可哀そうになって来た。
 賢者さんの料理下手は、なんていうかホント、あんまりだよな。物事には、限度ってものがあると思う。悪気はないところがまた哀れみを誘うから、面倒くさいからやめればいいのに、正直言えばあまり深く関わりたくもないのに、少し手を貸してやりたくなる。なんたって少なくとも、飯はうまい方がいい。
 後片付けを一通り終えた賢者さんは隣へ寄って来て、俺の手元を嬉しそうに覗き込む。そうそう、そういう顔してる方が似合ってるよ。

「ネロ、何作ってるんですか?」
「数時間後のお楽しみ」

レシピはきちんと守りましょう