「グァーッギエェエ!」
「…ただいま。、土産だ」
「………おかえりなさい?」

 事の始まりはこうだ。

 本日、エリアストレス上昇で、日本で唯一、本物の動物を展示保護している施設へ出動となった。ここ数日、度重なるアクシデントが起きていた、などと話を聞きながら、原因であるらしい、そこのペンギン水槽へ直行していた。事故、と呼ぶには事故ではないし、通常というには繰り返されすぎている。飼育員が自ら水槽に飛び込んだり、ペンギンに落とされていたり、水槽に変なしかけがされていたり、…どれも微妙に笑えるものばかりではあるが、エリアストレス上昇までいっていけば、かなりのことでは、あるのだが。

 裏口から駆け付けた時、一羽を除くペンギンが、何が起こったのか分からない、と口をポカンと開けていたのが正直言って笑えた。俺たちが扉が開けて、奴らが一斉にこちらを見たのも、可愛くなかったと言ったらウソになる。
 しかし、例の色相が濁っているという飼育員が叫び声をあげながら頭を抱えてかきむしっていたので、…他の客にとっても色相が濁る行動以外の何物でもないから、そのペンギンと飼育員を捕獲し、調査を行ったのだが。

 やはりというか、事件でもなんでもなく。飼育員が自白した真相は、このペンギンがあまりにいう事を聞かないから、色々やってみた、とかいう、…何と言ったらいいものか。
 成鳥になってから、このペンギンはどうにもいう事を聞かないらしく、頭から魚をやっても吐き出して尻尾から食べるようになったとか、地味に他のやつらをつつきまわるようになったとか。で、首輪をつけてみたら今度は岩にひっかかるとか、自分のことペンギンと思っていないんじゃないかとか、集団に馴染んでくれないとか、……。
 何かあったら俺の責任になっちまうだろと慟哭していた飼育員の色相は心配だ。…ただ、当のペンギンはその飼育員に唾を吐きかけていたので、…相性が悪いのか?
 他の職員も、このペンギンには手を焼いているようで、…結局、飼育員の急激な色相悪化によって、職員同士でのサイコハザードが起きてしまっていたようだった。

 だが、ペンギンに危害を加えていない当たり、皆ペンギンのことが心底好きなのだろう。職業適性考査はさすがだ。
 ペンギンとの相性診断も出来るようになればいいんじゃないのか。適当なことを思いつつ、施設長とも話したが。

 施設長は、“殺処分は可哀そうだから何とかしたい、だがこれ以上自分たちには打つ手がない、やれることは全部やったんだ、集団飼いが可能なようどうにか躾けてくれませんか、餌や費用はお出ししますから、見たところ犬のしつけは自慢されても良いと思いますし”とか執行官を見ながらムカつくことを言ってきた。ムカっと来たので怒りのあまり、いいだろう受けて立つ、と受け取ってきちまった訳なんだが。昏田と花表の冷たい目が忘れられない。あいつら、ペンギンは可愛がってたくせに。俺には分かる。

 刑事課へ持ち帰られたペンギンは、全身に高度スキャンをかけ異常がないか確かめようとしてくれた真流さんに向かって唾を吐きはたかれ、スキャン中にもまた唾を吐きはたかれ、…を繰り返していた。二度とくんな、と言われ、異常が無かったので三係に持ち込んだのだが。あまりにも悲しげな顔をしていたので檻から出してやったら、…よりにもよって和久さんのデスクを荒らし、和久さんに恐ろしい笑顔を向けられ、…震え上がったペンギンは自分から地に伏し、完全に降参していた。
 ペンギンはそれからずっと和久さんにくっついていい子にしていたが、和久さんが上がられてしまってからは居心地悪そうにしていて地味に可哀そうだったので、…俺が受け取ってきてしまってわけだし、責任をもって持って帰って来てみたわけだが。まあ、俺にはあまり懐いてくれていない。

「…というわけで、本物だ」
「……ペンギン、ですか」
「…ペンギンだ」

 がしゃがみ込んで、俺の小脇に抱えられているペンギンに、「触ってもいいですか?」下から手を伸ばした。

「ギィエーッ!!!」
「こら!!」

 ……今、俺は、ペンギンより怖い物を見ているかもしれない。が、威嚇したペンギンと同じように大口を開け数秒歯茎まで見せつつ、ペンギンの後頭部を掴み、般若のような形相でペンギンと目を合わせているのだ。ペンギンが口を開けたまま言葉を無くしている。俺には分かる。ペンギンよ、彼女の般若のような形相はさぞ怖かろう。さっきまであんなに可愛かったのに。俺もその顔は一度見たことがあるぞ。懐かしい。

「いいですか。トイレはあそこに作っておきます。お風呂はあっちで、お水を張っておきますから、好きに使いなさい。向こうの、キッチンは危ないものがあるので勝手に触っちゃいけません。焼き鳥になりますよ。分かりましたね」

 ペンギンを床に降ろしたが、…俺の足にぴったりと寄り添ってきた。…、動物トレーナーとかできるんじゃないのか。適正は出てなかったはずなんだが、…体力が無いからか? …とんだ伏兵がいたもんだ。…佐々山も彼女に任せてみようか。…いや、無いな。

「…慎也さん、その。おかえりなさい」

 彼女が恥ずかし気に俺を覗き込んだので、いつも通りにキスを交わした。が、…なんか足をつつかれている。イテえ。

「…つつくな」
「ギィエエ!」
「…お前、もう少し可愛く鳴けないか?怖いぞ」
「グァエエエ!」
「やめろ」
「喉が痛くなっちゃいますよ」
「…クァー」

 いい子、とにこにこした彼女に撫でられているペンギンが小憎たらしくなってきた。こいつ人間語分かってるんじゃないのか。…ホロを被った人間だという線はないだろうか? つーか家で見ると結構でかいな。
 ペンギンを抱き上げ全身をまさぐってみるが、「ッギェアアエエア!」「やめろ悪かった痛い!」特に変わった点はない。まあ、どうスキャンしても普通のペンギンだったし、ただのペンギンなんだが。要は、俺の身体に傷が増えるだけだった。滅茶苦茶に暴れられている。どうしたもんかと押さえつけようとするが、が慌てながら腕を広げてくれたので思わずパスしてしまった、が、まずい、相手は暴れている成鳥ペンギンだ、彼女が支えきれるわけもない。ペンギンは羽をばたつかせている。ふざけてんのか。お前飛べないだろ。
 俺に放り投げられ、ぼとりと彼女の手の中に落ちたペンギンを抱き抱えるように、彼女が尻もちをついた。

「すまん!つい。大丈夫だったか?」
「…~~ったぁ、平気ですけど、……重たいですね」

 ペンギンが背中で衝撃を語っている。ピシャーンと雷でも落ちたかのような硬直の仕方だ。数秒後、ペンギンは彼女の首元に顔を埋め、すりすり頭をすりつけた。
「ッグェ」その首を掴んでこちらへ向け、目を合わせてみたが、…バツが悪そうな顔をしている。こいつ、重いと言われて恥ずかしがったんじゃない、…きちんとが自分を守ってくれたという概念は持ってる、が、「…おい。こいつは俺のだ」「ピィエー」「…レパートリー豊かだな」
 ダメだ。見た目が割と可愛いので、怒る気力が失せてしまう。行き場のない思いがどこにも行けないので、行き場のない思い、クソ、ペンギンごと彼女を抱き締める。いぬもちじゃないから硬い。ぬくい。ふざけやがって。ペンギンは結構ムキムキだ、中々いい筋肉してやがる。

「グェー…」

 ペンギンが嫌そうに鳴いた。