「――和久、どうだった」
「真流さん。遅くなってすみません、上にも呼ばれていました。――捜査の打ち切り日時が通告されました。来週だそうです」
「そうか。上は彼女を見殺しにするつもりか。はぁ、こっちも散々だぞ、まさかの紙が全て解析スルーだった。こないだリュックを上からスキャンしても分からないはずだ。――分かるか、この紙が例の物質で生成されている可能性が高いということだ。和久、色相は」
「……問題ないですね。真流さんは――」
「この件は嫌な感じがしてたからな、なるべく見ないようにしてた。が…まあ、少しだ、そのうち下がるだろう」
「…そうですか。僕の責任です、申し訳が立たない。何でも言ってください、可能な限り善処します」
「いいって、大丈夫だ。明日になったら下がってるだろう。ま、下がってなかったら、新しいアシスタントの配属でも考えてもらうとするかな」
「……すみません」
「だからいいって。アシスタントは本気で欲しいけど――さて、事件の話に戻るぞ」
「…はい――彼女の祖父の色相記録に変動があった日は――、…無いですね。遺伝か、彼女の祖父の情報も改竄されている可能性がある」
「関係者全員疑ってかかんなきゃいけないだろ、父母とかな、この事件概要も怪しすぎる」
「ええ。彼女本人も父母の顔すら思い出せないそうです。養子の可能性も出てくる」
「…おじさん頭痛くなってきたぞ」
「今からもっと痛くなりますよ。――絵具の方には一般的な物質も混ざっていましたね、しかし紙にはないのなら――その紙を作った人物が物質の開発者である可能性が高い。祖父はずっと家にいた、という彼女の証言から、祖父が開発者だとは考えにくいでしょう。もしそうなら、自宅に紙を保存しておけた。外部に何らかの形で保存しておいても、わざわざ足が付き、情報を改竄しなければならない郵送の手間を踏むぐらいならば、自身で取りに行った方が合理的だ。しかしそうではなかった。紙を送った人物が彼女の実父だと考えることもできるでしょう。彼は彼女の誕生日に紙を贈ったのではないでしょうか」
「………とんだ高級紙だな。墓地に居ただろう黒幕に近い人物――犯人と仮定しよう。ソイツはどこでその物質を知り、手に入れた?」
「紙を送った人間と犯人には共通点が二つあります。一つは彼女に直接接触していないこと、二つ目はデータがろくに出ない、また残っていないことです」
「――シビュラの元に居ない人間か。犯人は何らかの方法でその物質、または紙を手に入れ、絵具を作り、彼女を探す足掛かりに使った――画家だということを知ってたんだろう、祖父のことも知っていやがったな。そういや、狡噛に執行された男のデータも綺麗すぎだ、あれも改竄されてる」
「そうです。事実としても、彼女の祖父は外部より送られてきたその紙を受け取り、彼女に持たせている。このことから、紙を送った人物と祖父には何らかの関係があったことが分かります。祖父は自身の死後、彼女に災厄が降りかかる可能性があることも予測していた。よって、紙を送った人物と彼女の祖父は、彼女を狙っている人物を認知しており、協力して彼女を守っていたのではないか、と考るのが自然です」
「ああ。彼女の情報が改竄されていることからも裏付けられる。以前から狙われてたんだろうな、でなきゃ改竄を行う必要はない」
「ええ。そして、彼女を直接庇護していた祖父が亡くなったことで今回の事件が起きます。今も、紙を送った人物は彼女に接触することが出来ない、犯人もまた彼女に接触することが出来ないようですね。しかし、紙を送った人物に彼女の身柄を引き渡すことも出来ない。――そして、上は捜査の打ち切りを決定してきました。よって、紙を送った人物が既に死亡している可能性も出てきます。彼女を守ることの出来る人間はもはや存在していないのではないか。しかしそう考えると、描かれているたんぽぽにはもはや意味がなくなる。…しかし、祖父はそのような賭けにも思われることをするでしょうか」
「和久、お前の言うたんぽぽの意味、っていうのは旧時代の花言葉のことを指してる、そうだな?」
「ああ、そうです、すみません。たんぽぽの花言葉の一つに“神託”があるんです」
「…シビュラか。だが上は彼女を見殺しにする方が都合がいい…。潜在犯を増やしたいだけなら、とっくの昔にシビュラシステムはこの物質にやられてるだろう。が局長に報告しても、修正パッチは入ってこない。よっぽどこの物質を公にしたくないとみえる。開発者はシビュラの眼を欺く物質を作ったんだ、何らかの取引が行われたことは確実だろうが、もし亡くなっているのなら、上も彼女を見殺しにする判断が出来る」
「ええ。紙を送った人物と開発者が同一人物であるのか、また死亡しているのかどうかなど現時点では定かではありませんが、事実として、捜査の打ち切りに猶予が持たせられたこと、これまでの捜査に制限がかかってこなかったこと、彼女の自宅、また狡噛君の自宅に居る彼らに何ら危害が及んでいないことから、上とて積極的に彼女を亡き者にしたいわけではないんでしょう。…犯人とも繋がりはなかったでしょうが、もし、犯人と何らかの対話が持たれたことで捜査の打ち切りが決定されたと仮定した場合、利害関係が一致した――先ほど真流さんが仰ったように、上は、例の物質、またそれに一枚噛んでいること、彼女本人と周りの人間、公認芸術家の作品が一般人を潜在犯に貶めたこと、このあたりの事実を抹消したいんでしょう。彼女が亡くなればそれらを闇に葬り去ることが出来る。いずれにせよ、犯人を執行することは難しいでしょうし、彼女は遠くない未来に殺されてしまうでしょう。しかし、上は迷っている。よってまだ彼女を生かす道は存在しているのではないでしょうか。おそらく――こちらが先に彼女を殺してしまえばいいんです」
「――なるほどな。嬢ちゃんを生かしたままでは問題が多すぎる、だが上からは言うことができない」
「そうです。それに彼女はクリアカラーの人間です。特例措置を行っても体裁的に問題はない。上が見て見ぬふりをしたら確定です。僕らは紙を送った人物と彼女の祖父、また上層部の手のひらの上で転がされていることになります。或いはもし、たんぽぽに未だ意味が持たされているのなら、彼女はどこかで生き続けるのかもしれませんが――物質の開発者が生きていればの話です、危険な賭けに出る必要はない。…彼女がお守りの存在を思い出してくれてよかったです。あの物質は彼女のためだけに作られたものだということは確かでしょうね。――もしくは彼女がそのために作られたか」
「…そのように解釈せざるを得ないな」
「僕らの目の届く範囲で生きてもらうのが最善でしょう、――それ以外で生命の保証はありません」
「違いねえ」



さん、少し厳しい話をしますが――あなたが生き残るためには、あなたは一度死ななくてはならない。深淵を断ち切ります」
『…事実というものは存在しない、存在するのは解釈だけですか』
「はい。あなたが頷けば、僕たちはあなたを保護するつもりです。あなたはクリアカラーであり、公認芸術家ですから。しかし頷けば、あなたは公安局に永らく軟禁されることになる」
『そんなことが許されるんですか』
「おそらく。あなたが廃棄区画で襲われていた男は外部に通信をしていました。その場に居ただろう真犯人は何らかの理由であなたに直接接触することができないとみられる――これを利用します。死因の希望はありますか?」
『――待ってください和久さん。、お前本当に分かってるのか』
『…いいです、構いません。元々引きこもり族ですし、どこに行ったって変わりませんよ。絵は描けるんですよね?』
「売りに出すことは出来ません、また外出もできませんが、私生活は自由です」
『随分いい待遇じゃないですか』
『…犯人が捕まらなきゃ、一生かも分からないんだぞ』
『別に、たまの早朝散歩に出れないのが少し寂しくなるくらいで、それ以外で私が外に出たいなんてここ二週間で一度でも言いましたか』
『…いいや』
『それにどうだったって、この話を受けなかったら絶対に死んでしまうことくらい分かってます。一人に戻るだけです、問題ないです。安全と命が付いてきます』
「――ああ、刑事課の官舎でよろしければオフィスに直結していますから、外の風景くらいなら見れますし、内部も自由に歩けますよ。最新のオートサーバーが備え付けられていますし、カフェスペース、屋上、共有プール、所謂ジムなどもあります。勿論、刑事課のフロアにも来られます」
『……そういうことは早く言ってくださいよ。それならフロアに行ったら狡噛さんがいつでもいるんじゃないですか、何も問題ないじゃないじゃないですか』
『っな、…いや、確かに、いるだろうが……』
『…………っ違います!ずっと一人じゃさすがにつまらないから、話し相手になってもらおうと思っただけで、業務外労働を強いるつもりは――わっちょっと、なんで撫でるんですかなんなんですかこの手は!』
「はいはい、あとにしてください。さて、話を戻します。どのように死にたいですか」
『…~~なんでもいいですよ、全部お任せします、敵を欺くにはまず味方からと言うでしょう』
「相変わらず聡明なお嬢さんだ」
『…本当にいいのか』
『いいんです、…私は二人を信用しています』


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