小さな音でアラームが鳴った。眠い。隣にいる彼の眼もあいた。いつも自然起床だったのに。昨日は二人して夜更かししていたからだろう、釈然としなかったから。狡噛さんはぼんやりと顔を上げてアラームを止めた。

「…ん、今日、お前の誕生日じゃないか」
「そうなんですか…」
「んー…ああ、やっぱりお前の誕生日だ、、誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます」
「ん。もっかい寝る。おやすみ」

 うつらうつらしていたら、謎に誕生日を祝われてしまった。そういえば誕生日かもしれない、今年は誰にも祝われない疑惑が濃厚だったのに――誕生日?

 “誕生日おめでとう”

 その日は私の誕生日だった。家に届いた真っ青な紙に、祖父は青い絵具で何かをかいていた。それから、しばらくしてそれを丁寧に折り畳んで、お守りの中に入れた。“いつか困ったら、信用できる人と開けなさい”私の手に授けられたそれをつまみ上げたら、りん、と鈴が鳴った。――思い出した。
 ガバリと起き上がった私は狡噛さんの肩を揺さぶってシェイクする。私にとっては大切なものだ。けれどそんなものが一体何の役に立つというのか。何故それを開けなければならないのか。祖父は何かをかいていた、私には分からないように。――祖父は何を知っていた?

「――っ狡噛さん、起きて下さい!」
「……ん、やめろ、揺さぶるな…」
「寝ぼけてないで、」
「やーめーろ」

 彼は目を瞑って些か気持ち悪そうな顔で揺さぶられている。私はそれどころじゃないというのに、彼は私の腕を捕獲し引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。私は再度布団に沈み込んで彼の胸板に激突する羽目になった。硬い。ゴリラめ。違う、こんなことをしている場合ではない。

「ちょっと、真剣な話をしたいんですってば、」

 腕の中でもがいて顔を上げると、彼が大きな欠伸をひとつした。全く気の抜ける顔だな…。

「起きた。はよ」
「……おはようございます、狡噛さん」
「ああ。どうした?」

 ――いや、でももし、あの絵具がそうだったりしたら祖父は――それに狡噛さんは? 濁ってしまうのではないか、疑われてしまうのではないか。いや――もしも彼の立場が悪くなるようなら、私が証明すればいい。犯人は私の眼を狙っているんだ、またあの廃棄区画にでも行けばいい。難しいことは何もない。だから大丈夫だ。彼は穏やかな顔で私を見つめている。けれど分からない。狡噛さんには何かが見えるかもしれないが、他に誰か――濁らない人、濁らない人はいないのか――。

「っ和久和久さんだ!通信繋いでください!」
「は?」



「すみません和久さん、散らかってまして」
「元からですよ、私が散らかしたわけじゃありませんから」

 狡噛さんの背中について、彼の脇から顔を出す。和久和久さんはポカンとして私を見ている。家を散らかすようなイメージでも持たれていたんだろうか。失礼だ。

「…なんだかすっかり――いえ。それで、例のお守りはどこですか」
「あっちの部屋にあります、狡噛さんは入ってこないでください」
「…いや、やっぱり俺も立ち会う」
「狡噛君、僕からも言いましょうか。ちゃんと待て、をしていてください」

 諦めの悪い狡噛さんに、和久和久さんが私と似たようなことを言った。狡噛さんはシュンとしている。…この人の言うことなら聞くのか。和久和久さんは私の後ろについて部屋に入ってきた。おまわりさんにはお人好しが多いようだ。…知ってた、知ってたけど、私はこの人が苦手だ。いつも勝てない、勝てる気がしない。…けれど本当に濁らないんだろうか。和久和久さんは目線を落としている。私はリュックからお守りを外す。

「……濁っても文句言わないでくださいよ」
「問題ありません、濁りませんよ。あなたが狡噛君を気にかけるのがおかしくて笑いを堪えているんです」
「別に。少しでもリスクの低い人がよかっただけです」
「あなたの信用は裏切りません」
「~~開けますよ」

 お守りを開けていく。中には、いつか見た青い紙がきちんと入っていた。それを丁寧に広げる。裏表どう見ても、やはり私にはただの青い紙にしか見えない。彼にそれを差し出す。

「――赤い紙に青い絵具です」
「…青い絵具?……何がかいてあるんですか」
「これは…、たんぽぽでしょうか、青い絵具で絵が描かれていますね」
「…祖父は花が好きでした。…なんで黄色じゃないんでしょう、どうして私に分からないように描いたのか」
「――ああ、確かにあなたの祖父の作品には花が描かれているものが多かった。ですが、現時点では何とも言うことが出来ません。ところで、この紙の差出人は覚えていますか」
「…まさか。受け取ったのは祖父ですし、小さい頃の話ですよ、そこまで気にしていません」
「そうですか。あなたの祖父は常に家に居ましたか?」
「はい。記憶にある限りでは、滅多に家から出ていません。ずっと家に居て、一緒に絵を描いたり、普通に過ごしていました」
「ひとまず、この紙はお預かりします」
「っ待ってください、その前に狡噛さんの地位を保証してください。たとえ私や祖父が何だったとしても、狡噛さんは無実です」
「心配いりません。僕は彼を信頼しています。それと、僕が今このようにしていることも、上にバレたら怒られるかもしれません」
「……そうなんですか」
「気にする必要はありませんよ、僕はただ、みすみすあなたを死なせるような真似は己に許しがたいだけです」


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