「っ!」
夢見が悪かった。変な体制で寝落ちしたせいか。布団はふわふわなのにダメだったか。廃棄区画での出来事が脳内で反芻されている。キャンバスの青は私を責めない。けれど足元の青を消してはくれない。包帯の下の傷が痛い。
部屋を出て真っ暗なリビングを抜けて、寝室の扉を開けた。ここも真っ暗だ。けれど寝息が聞こえる。私も深呼吸をする。目が慣れてきてその姿を捉えた。反対の岸から潜り込んで背中に引っ付く。あったかい。狡噛さんは全然起きない。おまわりさんとしては心配だ。
*
「……ん、なんだ、昨日一緒に寝たか…?」
「…いいえ。眠いです」
「寝てていい」
「いいです、お腹が空いたから起きます」
「眠そうな声してるぞ」
「でもよく眠れましたよ、半分は」
「もう諦めてしばらく一緒に寝るか?」
「既に昨日諦めましたね」
狡噛さんが寝返りを打ってこちらを向いた。こないだ通りぼさぼさの髪をしている。彼の手が伸びてきて私の額に触れた。最近、触ることにも触られることにも遠慮が無くなってきている。きっと、一般人から見たら私たちは相当おかしいに違いない。仕方がない、おかしいことに巻き込まれているのだ。いや、廃棄区画に遊びに行ってしまった人間が元からまともだったのかどうかについて議論するのはやめてほしい。でも私は異常だと思っていないのでそれ即ち正常だということだ、そういうことにしておこう。狡噛さんの手は温かい。この人は体温も高めだ。でも残念ながら引っ付き心地は良くないのだ、とても硬かった。ゴリラだから仕方ない。
「顔色は悪くないな。色相はどうだ」
「分かりません、見て下さい」
彼が怠惰に腕だけを頭上に伸ばし、公安のチートデバイスを探している。頭を動かす気もないらしい。見当はずれなところを彷徨っている手を見るのは面白いが。
「もうちょっと後ろです、あ、それですそれ」
「ん。……かなりよくなってる。お前本当よく分からない奴だな、どうなってんだ」
「さあ。まあいいんじゃないですか、適当なのが」
狡噛さんが呆れ顔で私を凝視している。やはりどこか青っぽく見えるのだ。眺めていたら、そんな彼の顔が少し歪んだ。どうした。
「手は。痛むか」
「別にそのうち治りますよ」
「お前、そればっかりだな…」
「じゃあ、ご飯食べとけば治ります。私は今日は二番が食べたい」
「ああ、そういえば、昨日の夕方コーヒーが届いた」
「起きます、起きましょう、起こしてください。っていうかそんなに気に入ったんですか、あれ」
*
朝食を食べて部屋に戻った。久しぶりに飲んだあのコーヒーはとてもおいしかった。赤、青、とそれぞれ書いてあるラベルを見て、今日もそれを出した。私はまだ彼の瞳の色を探すのを諦めていない。意識をしっかり持っていれば問題ないだろう。ひたすらにその二色と睨み合う、だけどどっちも青だ、シュールだ。うーん。
「――!」
「っわあ!」
「お前、もう一人で絵を描くんじゃない」
狡噛さんが静かに憤怒している。おかしい。また彼に掴まれている自分の左腕を見れば、包帯を取った記憶も無いのに、更に残念なことになっていた。キャンバスもめちゃくちゃに青く塗られている。人間、視覚で理解するととても痛い。しかも範囲が広がっているではないか。
「痛くないのか」
「痛いですよ、今は」
引き摺られるようにキッチンに連れて行かれる。嫌だ、やめて、めちゃくちゃに流水をかけられるのは嫌だ、消毒されるのはもっと嫌だ、どっちも泣くほど痛い、やらなきゃいけないのは分かってるけど痛い、つらい。
「いっだだだっいだだだいだいいだいだいたい!!」
「昨日もそう言って涙目になってたのに何でまたやったんだ、」
「ごめんなさい痛いそれだけは」
「消毒もしないとだめだ」
「っっ~~!!!」
→
16 (4/7)
←