まずい、変な時間に起きた。日付は変わっている。丑三つ時だ。昨日は絵具を片付ける肉体労働のせいでやる気を失い夕方に寝てしまったのだ。よく寝た気分だが眠い。けどそれ以上にお腹が空いた。何か食べたい。でもヒモさんは寝てるんじゃないだろうか。いや、なんで私が気を遣わなきゃいけないんだ。遣わなければいい。そう、なんでもいい、私はお腹が空いたんだ。
「こちらは特に変わったことはありません」
寝てるだろう、と思ってリビングに行ったのに、そこには真顔でパソコンをいじりながら独り言を言っているおまわりさんがいた。引きこもりライフに向いていない人種だったか。とうとう頭がイカれてしまったのかもしれない。
「――はい、はい」
しばし眺めていたが電話は全く終わりそうにないので諦め、久しぶりにオートサーバーの前に立った。面倒くさい。しかし何か食べたい。何でもいい、早くサーブされ早く吸収できるガツンと甘いものがとりあえず食べたい、キャラメルなんかどうだ美味しそうじゃないかでもプリンもいいな、全部原料は一緒なのにどうして違うものとして作るんだ、一つ食べたらすべての味になんないのか面倒くさいな。全部作ってしまえ。
「おい、ちょっとこっち来い」
「なんですか今忙しい」
「あとで持ってきてやるから」
口調は勿論のこと声色まで変わる。ヒモさんは私に遠慮がなさすぎるんじゃないか。隣の椅子に座ると、彼が投影スクリーンを拡大した。そこには厄介な男である和久さんが映っている。げ。
『さん、この男に見覚えはありませんか』
「お腹が空いていて思い出せません」
『廃棄区画によく出入りしているようです、街頭スキャンの履歴を洗い出しました』
「そうですか。プリン食べてからのお返事でいいですか」
「すみません和久さん、おそらく寝起きです」
『この時間に起きるとは一体どういう生活をしてるんでしょうか、画家とは大変そうだ』
「この時間に仕事とは一体どういう職業であられるんでしょうか、刑事さんも大変そうですね」
双方笑顔を張り付けている。張り付けているわけではない。心からの笑顔かもしれない。私はお腹が空いたんだ。
『狡噛君、情報をまとめておきますから、またかけなおしてください』
「はい、一旦失礼します。――お前、あんまり和久さんに失礼な口利くな」
「平気ですよ別に気にしてませんよあの人絶対。狡噛さんそれよりキャラメル持ってきて」
「プリンじゃなかったのか、全くしょうがない奴だな――、」
ヒモさんが持ってきてくれたキャラメルとプリンと、ついでにコーヒーが付いてきた。よくわかってるじゃないか。手を付ける。
「で、さっきの男は知っているか」
まだ食べている最中だというのに尋問が始まった。コーヒーの代償か。
「まだエネルギーが頭に回ってません」
「早くしろ」
「そんな無茶を言われても。ぱっと思い浮かばないので知らないんだとは思いますよ」
「はっきりしないか」
「うーん。だって私が人の顔覚えると思います?ヒモさんの名前も思い出せません」
「…慎也だ」
頭を抱えられた。失礼な。狡噛さんだって覚えてるか怪しいじゃないか、いつも適当に呼びかけるくせに。
*
「音がするから来てみたが、何してるんだ」
「電気が切れたから昼のうちに変えようとしてるんです。さすがの私でも階段が真っ暗だと転倒の恐れが出てきます」
「貸してみろ。俺の方が適任だ」
ヒモさんが、椅子に乗ろうとしている私の手から電球を奪い取って腕を上げ、いとも簡単にそれを取り替えた。椅子にこそ乗ったが、背伸びするどころか腰を曲げて作業していた。殺意の波動だ。
「なんですか、背が高いぞ自慢ですか」
「はあ?性別が違うんだ、身長差があるのは当然のことだろう」
テストで電気のスイッチを入れれば、綺麗な昼光色が点いた。外した電球を抱えて、階段を下りながらこちらを振り返るヒモさんを、今蹴飛ばしたら転がり落ちるだろうか。このおまわりさんは警戒心が無さすぎるところがある。
「狡噛さん、私今日は三番がいい」
電気を消して、彼の後ろをついてリビングに向かう。私は当たり前のように席に着き、キッチンへ向かったヒモさんはオートサーバーをいじりながら私をうかがった。
「ところで昨日の男だが、まだ泳がせてる」
「絵具の海で?」
「当たらずとも遠からずかもな」
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08 (5/7)
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