「お前、起きるの遅すぎるだろう」
昨夜、全てをほっぽりだしてお風呂に入って爆睡した私はきちんと朝起きたが、気づいたら昼になっていた。お腹が空いたのでリビングへ行くとヒモさんが私に声をかけた。廊下は綺麗になっていた。律義に拭いてくれたらしい。
「起きてたに決まってるでしょう絵描いてたんですよバカなんですかヒモさん、ってうわなんですかこの箱の山は」
「トレーニング器具。体が鈍る」
「っはあ!?家主の許可を取りましょうよ、それにヒモさんガタイがいいせいで一人でもかなりの場所とってるのわかんないんですか」
「少しくらいいいだろ一戸建てなんだから。それに、動けないと何かあった時に困る。あとヒモさんっていうのやめろ、俺にはちゃんと名前がある。狡噛慎也だ」
「ヒモ噛さん」
「ふざけるな。狡噛だ」
メニューを決定してオートサーバーのボタンを押す。さも当たり前のように向かいに座ったおまわりさんが「同じのでいい」私絶対こういう人と一緒になるのやめよう。コーヒーは自分の分だけ入れてやる。
口を開くと疲れるので二人無言で食事をして、私は食器もそのままに席を立った。ヒモならヒモらしくお片付けするがいい。私がしなければならないのは絵を仕上げること。おまわりさんの仕事は事件の早急解決。はい一致。
*
あれからまたしばらく引きこもり、喉の渇きが誤魔化しきれなくなって、集中力が切れたのもありリビングへ降りた。夕時だ。コーヒーを作ってお風呂に入ってまた描こう。眠ければ寝てもいいや。そういえばテーブルの上に置いたままだった記憶のあるプレートや食器は綺麗に片づけられていたが、残念ながらそこには新たにノートパソコンが鎮座していた。
「…ヒモ噛さん、なんでまた物が増えてるんですか」
「増やしてるからだ。あといい加減ヒモ噛っていうのやめろ、狡噛だ。お前の方こそ絵の進捗はどうなってる」
「芸術家っていうのは進捗を聞かれると萎えるんですよ。ヒモ噛さんたらほんとに芸術的センスなさそうですね」
「狡噛」
「はいはい狡噛さん、コーヒー作って。あそこの棚」
ヒモさんは半目で私を睨み付けて腰を上げ、素直にコーヒーを作ってくれている。作ってくれるんだ。私のピンクのマグカップを持ってるヒモさんは凄くシュールだ、ちゃんと私を観察しているらしい。にしてもピンクが似合わないにもほどがある。お風呂に入るの面倒くさくなってきたな、もう少し描けそうだ。しばらくして、ほら、と彼が突き出したそれを手から奪い、また自室へ戻る。そういえば、当然のように反対の手にもカップが持たれていたけど、経費計算ちゃんとしてくれてるんだろうか。おまわりさんも飲むのはまあいいとしても、これかなり高いやつなんだけど分かってるのかな。まあ、一言指示するだけでコーヒーが出てくるのは、足を踏み出しボタンを押す重労働に比べれば大分楽だな。
*
突然集中が切れて顔を上げたら日付が変わっていた。リビングへ行くと照明は薄暗く落とされ、椅子に座り机に突っ伏している人影があった。同じ服に見えるけど、お風呂に入らないんだろうか。っていうか昨日は入ったのか?入る気がないのか?入る習慣がないのか?または入ったのに同じ服を着ているのか?いや、これだけ箱があるんだ、着替えもあるだろう。いいやとりあえず無視しよう。私が先に入る。
「――ヒモさん、着替えあるでしょう、お風呂入ってどうぞ」
「ん、悪い、寝ていたか」
「全身義体なんですか?」
「はあ?俺は生身の人間だ」
「なら睡眠をとらないと死にますよ」
「…二度寝したい時にお前と会話するのは良さそうだ」
「現実逃避ですか、そんなの私がしたいです。やっぱり寝て覚めたら夢だったとかないですかね」
「残念ながら現実だ」
「なら、こんな風に何日も寝たら体壊しますよ、残念ながらうち布団ないんです。経費で出るなら買ったらどうですか」
「助かる」
「なんでお風呂といいそういうところだけ黙ってるんです謎すぎます」
「トレーニング器具もパソコンも業務に必要なものだ」
「ヒモさんが人間でいるために必要なものも、今回の業務内容では申請する権利があるんじゃないですか」
「そういわれるとそうかもしれない」
目をしばしばさせながら脱衣所へ消えていくヒモさんはあまり口答えしてこなかった。寝起きだと口数が減るらしい。
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