の自宅周辺にドローンを配備し、執行官を護送車に待機させている。彼女自身の色相に問題はなく、遠隔スキャンでも室内に怪しいものが検出されないとなれば、俺一人で話を聞く他なくなったため、今どき珍しい一戸建てであるそのインターホンを押した。出ない。……もう一度押す。出ない。…また絵でも描いているんだろうか。
結局、公安の権限で玄関を開けた。普段、抵抗する潜在犯は扉を物理的に塞いでいたりすることが多いため、刑事としての権利といえど、スムーズに他人の家の扉が開き、足を踏み入れているのは少し変な感じだ。何が起こるか分からないので土足で邪魔する。
室内を進み、…おそらくこの部屋だ。扉を開けると、彼女はやはり絵を描いていた。
「――だな。お前、公認だったんだな」
「っは、え、何、えっ、」
「久しぶりだな、覚えてるか」
「や、なんですか、え、ストーカー?公安局の人じゃなかったんですか、っ何勝手に入ってきてるんですか、え、怖いんですけど、えっ、?」
「安心しろ、俺は公安局刑事課三係監視官、狡噛慎也だ。心配いらない」
「刑事手帳見せられたってあんまり安心できませんよホラーですよ怖いですよ、せめてインターホン押してくれませんか!?」
「何回か押した。気付かなかっただろ」
「~~っていうか何の用なんですか!」
「こないだ顔に厄介な絵具を塗ってくれた礼をしようと思ってな」
「……お、おまわりさん呼ばなきゃ、」
「俺がおまわりさんだが。お前もお前の自宅も捜査対象になった」
「えっなんの?!今朝も私の色相クリアカラーだったんですけど気のせいじゃないですよ、ちゃんと調べたんですか!?」
後ろに連れてきていた捜査ドローンに指示を出し、彼女の家に散らばった奴らがスキャンを始める。彼女の部屋を最優先に、一先ず簡易スキャンをかけていく。
「部屋から出ろ」
俺が告げると、彼女は手にしている筆を胸に抱いたが、特に抵抗の意思を示さず指示に従った。
「腕を後ろで組め」
部屋には例の絵具と思われるものがパレットに散らかっていた。おそらく彼女が大切に持っている、その筆に付着しているものもそうだろう、あまり見るのは良くない。――そうして出した指示にも彼女は大人しく従い、俺を睨み付けている。いずれにせよ俺もあとでセラピーを受けた方がいいだろう。
部屋の扉を閉め廊下で彼女を改めて見下ろすと、どういうことなんですか早く説明しろ、と目線で訴えていたので、本題を切り出す。
「あんたが書いた絵を購入した複数名の色相が悪化していた。今から数点質問をする。答えろ」
何を言ってるんだろう、とでも言うように目を瞬いている彼女には、そのような意図はないのかもしれない。本人が犯罪に加担している自覚がある場合、色相も無事で済むはずがないし、俺は彼女自身はシロじゃないかと考えている。しかし、その絵具を長時間使用している彼女本人の色相がクリアだという事実が一つ不可解だ。個人的にも、あんな奇行に走る人間の色相がクリアだということに少々疑問を感じる。
「まずはキャンバスだ。どこで購入した」
「そのへんで」
「ふざけてるのか」
度胸のある奴だ。睨み付けると、…冗談ですよ、と彼女が購入した店を答えた。調べた通りだ、嘘はついていない。
「額は」
「同じ店です」
「筆は」
「家にあった家族のものですからわかりません、私の祖父も画家でしたから」
「そうか。絵具とかもか?」
「いえ。絵具は…その、廃棄区画で空から降ってきたやつです」
「っは?」
「……使ってみたら気に入ってしまったので」
「……全ての作品がそうなのか?」
「いえ。三ヶ月前くらいかな、だったはずです。それ以前の作品は、他の色を使っているでしょう、それはお店で買ったものです」
「…廃棄区画で手に入れた絵具について詳しく聞かせろ。絵具って消耗品だろう、どうやってそんなに持ち帰ってきた」
「毎回一本ですよ。絵具なくなったー、って同じところに行くとご丁寧に空から降ってくるんですよ、でも見上げても誰もいないんです。不思議ですね」
「お前バカなんじゃないのか、廃棄区画になんて行くな。どこの廃棄区画だ。今すぐ案内しろ」
「え、言ってることが矛盾してませんか。それに今行っても降ってこないと思いますよ。使い切るにはもう少しかかります」
「どういうことだ」
「私も予備が欲しかったので二本目がもらえないか色々実験したことがあるんですけど、駄目だったんです。私、丸々一本使って作品を仕上げるんですけど、多分その通り、絵具が無くなるまで降ってこないシステムみたいでしたから」
お前それ、その絵具の入れ物に何か小細工されてる可能性が高いってことだぞ、よく考えればわかるだろう。やっぱりこいつ頭が少し変なんじゃないのか。彼女の腕を掴んで玄関へ急ぐ。「っなんですか、連行ですか、」「――とりあえず公安局まで来てくれ」このままここに居るのはリスクが高い。彼女を保護するべきだ。しかしまだどう転ぶかは分からない。不安を与えないためにも差し障りのない言葉に置き換える。
何か仕込まれていたなら犯人はもう尻尾を出さないだろう。どうする。しかし、何度も廃棄区画に行っているらしい彼女が襲われていないのも妙だ。犯人の目的は何だ――彼女を殺害することではない? 彼女に絵具を与え、潜在犯を増やしている――ただ単に潜在犯を増やしたいだけならもっと大々的に絵具をばら撒けばいい。――不可解な点が多いな。彼女が脱ぎっぱなしだった自身の靴に足を突っ込んだのを確認し、引き摺るように家を出て、助手席の扉を開けて彼女を押し込んだ。俺も反対に乗り込みエンジンをかける。
簡易スキャンの結果に目を通せば、現時点では特に異常は検知されていない、ならば回収して詳しい解析にかけるべきか。ドローンに絵具の回収を指示する。
「筆をこれに入れてくれ」
「…ただの袋ですか」
「ああ。心配ない、目隠しがついてるだけのただの袋だ。不安なら隅まで確認してくれ」
公安局までオートナビを設定し発進した車の中で、護送車と、ドローンを乗せた特殊な車はなるべく人気のないルートを指定し向かわせ、和久さんと真流さんにメッセージを送信し、最後に地図を開く。彼女は素直に筆をしまってくれたようだ。
「で、どこの廃棄区画だ」
「えーと、ここです――」
*
「再三すまない。筆を貸してくれないか、解析がしたいんだ。危険が無ければ、必ず返すと約束する」
「私は祖父を信じています。…それに、取り上げることが出来るでしょうに律義に頼んで下さっているんです、あなたのことも信じましょう」
「ありがとう。三十分もすれば戻る。セラピーを受けて待っていてくれ」
「はい?絶対嫌です、私セラピー受けたくありません」
「大丈夫だ、公安局認定のセラピストが担当する」
「そういう問題じゃありません、そうですね、私の色相が濁っていたら受けてさしあげましょう、さあ測ってみてください」
「何がそんなに嫌なんだ」
思ったよりも話は伝わった。その辺りは俺が思っているほどは頭が変ではないのかもしれないが、やっぱり頭が変なのかもしれない。セラピーを受けて損なことなど無いだろうに。しかし計測した彼女の色相は変わることなくクリアカラーを保っており、彼女は俺を見上げているのに見下している顔をしていた。見下しているわけではないだろうが、これは佐々山が言っていたドヤ顔というやつかもしれない。
「ここで待ってますから。セラピーは受けませんよ」
「…分かった。必要性も認められない。色相はクリアだ」
どんだけ屈強な精神構造をしてるんだ、こいつ…。預けてくれた筆の入った袋をドローンに運ばせ、分析室へ急ぐ。回収した絵具の方は先に着いているだろう。
*
「狡噛、ちょうど絵具のガワの解析が終わったが、収穫なしだ」
「おかしい、絵具が空から自動的に降ってくるなんてことはありえない。何らかのからくりがあるはずなんだ」
真流さんが俺の横を付いてきていたドローンから、筆の入った袋を受け取った。彼女の話からしても、彼女が作品を完成させるために使う絵具をどうこうするのはまずい。やるなら最後だ。絵具の中身の解析はこの筆に付着している物で行えばいい。――現時点で犯人がこちらの動きに気づいていなければ、犯人は確実に、彼女が作品を仕上げ絵具を使い切った時、彼女に絵具を与えるために廃棄区画に現れるだろう。あるいは廃棄区画の住人か。
彼女の家に監視カメラや通信機器などは見つからず、自宅周辺の街頭スキャナーにも怪しい人間は引っかかっていなかった。一般人が街頭スキャナーを全て避けて行動するのは至難の業だ、それは、彼女の身の回りにカメラが仕掛けられていなかったことからも明らかだといえる。色相が濁っているから、彼女に近寄ることも、何かを設置することも出来ないのではないか。単純に、廃棄区画の人間がそれらを作り、彼女を使い犯罪を行わせている可能性が現時点では一番高いか――しかし何故この絵具をばら撒いていないのだろうか。それにどのように捕らえる。何の証拠もない。それに俺の推測が間違っていた場合、犯人にこちらの動きがばれる、やみくもに廃棄区画を調べるのはリスクが高い。
「――筆に付着している絵具の成分は、回収した絵画の絵具と一致した。解析が出る範囲でだがな。筆自体は完全に解析されてる、何の変哲もないただの筆だ。問題なさそうだな」
職務規定を、法や人権を重視するならば、詰みだ。犯人が俺たちの動きに気づいていた場合、いずれにせよ解決は難しいだろうが、状況から考えるに、おそらく気付いていないはずだ。それならば、絵が完成し絵具が無くなった時に、彼女を使い廃棄区画で犯人を捕らえればいい。捕らえられなかったとしても足くらいは残るだろう。――しかし彼女はクリアカラーの一般人だ。そんなことはさせてはいけない、させることはできない。彼女の色相が濁るリスクが高い。もっと人道的に犯人を誘い出すための方法は無いのか――。考え込んでいると、シュン、と背後で扉が開く音がした。
「いかがですか」
「和久さん――」
相談すると、和久さんは唇に人差し指をあて、「本人に聞いてみましょう。狡噛君はここで待っていなさい」と踵を返された。…また、待てだ。
*
「さんですね。僕は刑事課三係監視官、和久善哉と申します」
「さっきの人はどうしたんですか」
「ああ、筆はお返しします。ありがとうございました。特に異常はありませんでしたよ」
「…ありがとうございます」
「さて本題ですが、どうして連れてこられたか分かっていますか?」
「……廃棄区画で空から降ってきた絵具を使ったことで、私の絵を手にした人間の色相が悪化したので、何故空から絵具が降ってくるのかというメカニズム的説明を求められているのと、何故私の色相がクリアなのかについて尋問したいからではないでしょうか」
「思ったよりも察しがいいお嬢さんだ、困りましたね」
「…嘘はついてないですよ」
「知っています。それに実は、僕も色相が濁りにくくてね。あなたの絵を見ても問題ありませんでした」
「…それはありがとうございます。私としてはあの深みのある色は気に入っていますから」
「こんなこと言ってはいけないんですが、僕もあの強烈な色はいいと思いました」
「嫌に笑顔でらっしゃいますね」
「あなたの言葉を待っているんですよ。職務規定が厳しくていけません」
「あらまあ大変ですね。分かりましたよ、ここまで言っても私の潔白を信じて下さっているようですし?私帰りた~い、普段の生活に戻りたいです~。色相も綺麗なのに~早く解放してくださいよ~」
「帰って何をするつもりですか?」
「早く今の作品を完成させたいんです~、もうちょっとなのに~来週くらいになりますかね~。私はシビュラ公認芸術家ですよ~芸術活動は自由なはずです~。かえりた~いわ~ん!」
*
「彼女の色相はクリアカラーですし、本人の希望もあり、やはり無理矢理に保護するわけにはいかない。希望通り、家に帰そうと思います。帰って何をするのか問い詰めましたが、普段通り絵を描くそうです」
「っな、でもあの絵具は!」
「実は僕も彼女の作品を持ち帰り、鑑賞してみたんです。が、僕の色相は濁らなかった。ならば個人差の問題と言えないこともないでしょう。ああ、完成は来週くらいだそうですよ。楽しみですね」
「…ですが一人で家に帰すのは危険じゃないですか、ドローンを配備するのも不自然だ」
「そこで狡噛君の出番です。残業代ははずみます、実費も勿論心配する必要はない。一週間程度予定は如何ですか。あとでその分の代休を取ってもいい。公安にいるより楽だとも思います。捜査をお願いできますね」
*
「どうもありがとうございましたと言うべきですか」
「まだ早い」
「…まだ調べることがあるんですか」
頭を下げた方がいいかと聞きながら、俺を見上げ睨み付けた彼女に続いて家に入り、今度は俺も靴を脱ぐ。
「ドローンルンバとかいないのか」
「うちにはなんのドローンも人工知能アバターもいませんよ」
「おまけに監視カメラも付けてないしな、セキュリティをもう少し気にした方がいいんじゃないのか」
「別に困ってませんから。っていうか早くしてもらえません?」
「雑巾ないのか」
「はい?」
「まず床を拭いた方がいいだろ」
「おまわりさんが帰ったあとにやります、調べるなら土足でいいですから早くしてください」
「それなら、床を拭くのは来週になるぞ」
洗面所はどこだ、と足を踏み出そうとしたら彼女が俺のスーツを掴んだ。般若のような顔をしている。
「ふざけてるんですか?」
「そもそもお前が廃棄区画になんか行くからだ。…和久さんもたまに信じられない事を指示されるのは確かだが。悪いが、身の安全を確保したければ大人しく見張られるこった」
「繰り返しますけど今五時半どころか夜の八時を過ぎてます、サビ残ですか」
「残業代は出る。8時間プラス16時間労働が七日分タイムカードに記されるな。来月気になっていたサンドバッグでも買うかな」
「同情します、公安局ってブラックだったんですね」
「まあ、見方によっちゃ刑事課はそうかもしれない。こんなことはしょっちゅうだ」
「……個人の安全を守るために家に泊まり込むことがですか、ドン引きです」
「そんなわけあるか。有事の際に労働規則にあまり準されないことが、だ」
「それをブラックって言うんですよ」
「俺だってここまでは初めてだ、が仕方ないだろう。しかも勝手に決められてた俺の設定聞くか?あんたがいつもの奇行よろしく廃棄区画から連れ帰ってきたヒモ男だ」
「うわあ私でもヒモを養う趣味ないですね」
「経費から出る、安心しろ」
「何も安心できないです、せめて屈強な女性を寄越してほしかった。あの和久さんって人、食わせ者ですね」
「そんな人が下した判断だ、諦めるんだな」
「……はあ、洗面所はこっちです。ヒモならヒモらしく家事してくださいよ」
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