「…誰だ?」
「ん?…あ!私、あの人知ってるかもです」
潜在犯を執行し、一息ついた夕暮れ時だった。配置した警備ドローンの前に座り込んで一心不乱に筆を動かしている女が一人。天利がそちらへ駆け出そうとしたので待機を命じる。彼女は一般人だろう。
「何をしている」
彼女の前に立ちはだかって呼びかけるがまるで反応がない。というか、顔すらも上がらない。彼女の視線は、手元の小さめの画板の――キャンバスへ集中している。
「おい」
…完全に無視されている。聞こえていないのか? …とりあえず犯罪係数でも測らせてもらおう、警備ドローンの前に恐れなく座り込んでいる彼女の色相が異常だとも思えないが、普通だとは思えない。
「っわあ!?」
しばらくして突然がばりと顔を上げた彼女が俺を、いや、ドミネーターを眼前に捉えて固まった。…チェリーピンク。クリアカラーだ、色相に問題はないようだ。
「…すまなかった」
「公安って随分失礼ですね」
「声はかけた。無視しただろう」
「かけられてません」
「…とにかく、こんなところに居ると危険だ。ドローンが見えないのか」
「だから立ち入り禁止の外に居ますよね、何言ってるんですか」
「もっと離れていろと言ってるんだ。それに何を描くものがある」
「あなたには見えないものが私には見えているのかもしれません」
そう言って立ち上がった彼女が、腕を伸ばして俺の頬を筆でべたりと撫でた。それから再度しゃがみこみ、キャンバスや筆、画材一式を足元にあったリュックに詰め込んでいく。
「……公務執行妨害で取調室に連れてってもいいんだぞ」
「先に顔を洗うことをおすすめしますけど。それじゃ」
リュックに荷物を詰め終わったらしい彼女が、それを背負って立ち上がり背を向けた。ちりん、と鈴の音が鳴った。やはりセラピーを受けさせた方がいいだろうか。色相はまともだが精神に異常をきたしている可能性は無いだろうか。その間にも彼女はくるりと背を向けて歩き出し、リュックについている鈴が自己主張をしながら遠ざかっていく。お守りに括り付けられているのか、贈った人に心配をかけないような生き方をして欲しいものだ。「コウー、上がっていいかー?」いかん、考え込みすぎた、彼女はもはやかなり前方を歩いている。…もういいか、色相もクリアだったしな。早く顔を洗いたい。
「待ってくれ、今戻る――」
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