「ごろごろごろ…」
「猫の物真似をする暇があるなら報告書の一枚でもまともに書け」
「雷です!」
最近のさんは気が抜けている。ランチに連れ出しても、アイス食べたい!とか言ってくれないんだ。彼女の気の抜けたふにゃりとしたにっこり顔は気が抜けているのに、彼女のアンテナはご機嫌そうにくるんとぴこんと立ち上がっている。いつも思うけど、やっぱり、あそこだけ重力が作用していないんだろうか。
「ぴしゃーん!」「っきゃあ!」
ガッシャアアン。吃驚した。落ちた。
「…、常守監視官を驚かせるな」
「ホントに落ちたじゃないですか」
「避雷針があるといえど、そういうことを面白がるな。だから色相が濁っているんだ」
ぴしゃーん!ガッシャアアン。ぴしゃーん!!ドガッシャアアアン。さんが言う度雷が落ちる。さんは雷を呼んでいるんだろうか。それなら止めて欲しい。またはアンテナで落ちるタイミングが分かるとか。受信しているのかもしれない。
「――守さん、常守さん、つねもりおれはあがるぞって宜野座さん行っちゃいましたよ」
「えっ!?ああ!って狡噛さんはまた遅刻ですか?!」
「雷が怖いのかも!私探すふりをしてサボってきます!」
「ダメです行かないでください私を一人にしないでください」
「っぴゃ引っ付かないでくださいやめて濁りますよ!」
「濁りません!」
さんに必死に絡み付いて泣きつく。ごろごろぴしゃーん。激しすぎる。絶対大丈夫だってわかってても、地響きまでするんだ、さすがに少し怖い。
さんは全然気にしていないように見える。彼女は恥ずかし気にひたすら私の顔を押し返している。押し負けそう。とにかく一人にはなりたくない!
私は監視官権限でオフィスの出口をロックした。私は出れる設定で、入ってくるのもフリーにしたから、狡噛さんは入れるだろう。だって。
「停電したらどうするんですか!」
「非常用電源に切り替わります」
「そうですけど……!!!」
そう、そうですけど…!! さんも何だかサバイバルに強そうだし、頼りになるけど、筋肉が頼りになるから狡噛さんも早く出勤してきてくれないだろうか。私一人じゃ生き残れる気がしないのでさんに引っ付き続ける。
「――何してんだ、入れないだろ」
「ぴしゃーん!」「っおわ」「っきゃああ!」「っぐえ」
「常守、の首が締まってる」
背筋が跳ねた。凄い音がした。雨が降っていないのが逆に怖い。さんに吃驚してしがみついたら狡噛さんに引き剥がされた。ごめんさん。でも、さらっと狡噛さんがさんを抱き寄せているのが気になる。非常に。
「今のは落ちたな。落雷マップでも見た方がいいんじゃないか?エリアストレスにも気を配っておけ」
「ちょっとそこの毛なでないで!」
「撫でられたくないならピンと立てんな。指がつられる」
彼女のアホ毛を一弾きして、狡噛さんが席に腰かけた。狡噛さんをむっと見ているさんが何とも言えない顔をしている。……ハッ、あれは、恋する乙女の表情では……!? 狡噛さんは気にする素振りも無くマウスをカチカチしている。「常守、見てみろ。ほらこのあたり――…」
*
抜き足差し足雷足。狡噛さんが熱心に常守さんに先輩風を吹かせている。真面目共め! 不真面目な私はそろーっと扉へ近づいていく。ここならいける!
「――っびゃ」
しかし私は崩れ落ちた。ダッシュで扉を越えようと走り出したのに頭からぶつかった。いつも通り一瞬だけ足を止めたのに信頼していた扉は開いてくれなかった。泣いてる。
「どうして…いたい……」
「監視官権限でロックをかけておいたんです」
常守さんがジト目で私のところまでやってきた。狡噛さんが丸くした目を歪ませて笑いを堪えている。怒りを感じる。
「…だっておなかすきました……」
「何か取ってきましょうか?」
ふふん、としていた常守さんがドアを潜り抜けた。後ろに続こうとしたら警告音を発された。足を下げた。かなしくなった。帰りたい。秀星のごはんがたべたい。おなかがすいた。さっきの常守さんとの揉み合いで私は更にHPを消費してしまったのだ。
「煙草でも吸ってみるか?小腹くらいは埋まるかもしれないぞ」
「嫌ですよ臭い――あ!ぴしゃーん!!」
「―――!?」「あーあ…」
真っ暗になった。ぱってついた。眩しい。帰りたい。ぱって消えた。あれ?
「あれ?」
見渡しても真っ暗で、狡噛さんがつけていたはずのPCの光さえ見えない。私はさっき痛い目に遭ったドアに手をついてみる。うんとかすんとか言わない。スライドしてみる。開けばサボれる!動かない!壁に足を着いてテコの原理であけてみる。動かない!!!
やばい。頭がすっと冷えた。窒息死を感じる。
「狡噛さん、ドアロックかかったまま開けられません。換気扇は?」
「――止まっているが空気は来てる。…とりあえず、ドアを破壊する必要は無くなったわけだが」
こつこつ、と狡噛さんがこちらへやってくる足音がする。目が慣れて来て、……扉の向こうで腰を抜かしている常守さんが見える。
「常守さーん、大丈夫ですかー?」
「――――――!」
なんか口をぱくぱくしてくれている。全然聞こえない。とりあえず大袈裟に首を傾げて耳を指差して頭上で×マークを付けて首を振った。多分私は今大層うざい顔をしていると思う。
「――――――――――!!」
「今、人を呼んできます。だと。ったくあいつ、自分で確認もしないで」
「っむぐ」
読唇術な狡噛さんの指が私の口に突っ込まれた。何かもらった。もぐもぐ。これは秀星のゼリービーンズ!おいしい! にこにこ味わって、食べ終わってしまい、私はその場に座り込んだ。そしてとりあえずジャケットを脱いだ。シャツのボタンも結構開けた。狡噛さんが隣にあぐらをかいて、ばさっとジャケットを脱ぎ捨てた。シャツを腕まくっている。逞しい。むきむきすぎる。暑苦しい。暑い。既にじめじめしてきた。
数十分。しゅるり、狡噛さんが隣でネクタイでも外す音がした。私も死に続けている。常守監視官が戻ってこない。体感20分は立っている。まあ、確かに、密室で脱出不可能即ち脱走できない執行官をどうにもする必要は無い。多分フリー状態になっている執行官を確保するのを手伝わされている気がする。
「……暑いな」
わかる。狡噛さんの方を向くと、彼は長い足を放り出して死んだ顔をしていた。
「絶対…一番後回し…」
「そうなる…」
やっぱり。つまんない。暇すぎる。暑い。彼の長い脚に顎をのせてうつ伏せに死んだ。さすがに床に頭をつけたくない。「引っ付くな」「かたいまくら…椅子より床の方が涼しい…床に頭はつけたくないです…」スヤァ。
*
完全に眠りこけたが寝返りを打った。何故こいつはこうも引っ付くのか。こないだ俺にされた所業を覚えていないんだろうか。あれからしばらく挙動不審に恥ずかしがっていたくせに、何をトチ狂ったのかやり返してきてからは、前よりも更に遠慮なく触れてくるようになってしまった。教育を間違えた。なんだかコイツを見ていると、表情を変えさせたくて仕方がなくなる。今、アホ面晒して眠ってるのは、そのままにしておきたいが。
シャツのボタンをもう少し開ける。常守が見えたらとめればいいだろ。暑すぎる。何だこのセルフサウナ。蒸し風呂状態。条件を活かして筋トレにでも励むべきだろうか。
寝苦しそうにしている彼女の首裏に手を入れて、髪を上げてやる。いつだか常守にされてたツインテールが一番似合ってたな。あれは普通に可愛いと思った。彼女の髪を梳いて、ひたすらに暑さに耐える。今寝たら死ぬ。大丈夫だとは思うが、片方が起きていなければ何かあった時に対応できない。
今頃、常守はこのクソ暑い中、走り回って他係の執行官の確保にでも回されているだろう。非常用電源に不備があったのか、そっちまで落ちてしまったのか。がみじろった。見えた。緑。……ボタン開けすぎだろ。
「んー……暑い…まだつかないんですか…」
「つかない」
*
ぼーっと目を開けたら、狡噛さんの格好がえらいことになっていた。…露出狂だ。ヘンタイだ!
「…何だその目は」
「ボタン開けすぎじゃないですか?」
「…お前も下着見えそうだぞ。緑」
「!?」
見えそうなんじゃなくてそれ見えてるっていう! ばっと胸元を手で隠した。狡噛さんもおもむろに自身のシャツのボタンをとめ始めた。彼が私を見て、ガラスの向こうを見たから、ごろりと寝返りを打ってみると。眩しい。懐中電灯を持った常守さんがいた。なんか可哀そうになる顔をしている。疲れている。かわいそう。
「……開けられないから、どうしようもないので、狡噛さんが壊してください」
「わあ。狡噛さん、頑張ってください」
「ギノの椅子持ってこい」
やる気のない狡噛さんと、退く気のない私は寝転び続ける。暑くて動く気がしない。ごおおーと冷房が入る音がし始めて、ぱっと電気がついた。よかったね宜野座さん! 常守さんがへたり込んでしまった。寝返りを打つと、狡噛さんが片目を瞑って光を手で遮っていた。サマになる。怒りを感じる。私はうつ伏せて彼の脚に顔を埋めた。眩しかった。涼しくなるまで起きたくない。
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