「あ、さん。もう熱、大丈夫なんですか?」
出勤したら常守さんが声をかけてくれた。優しい。
「…全部狡噛さんのせいです。秀星の優しさと宜野座さんがくれたシークヮーサー果汁のおかげで治りました」
「良かったです。…ところで、その。宜野座さんのデスクチェアなんですけど…」
おずおずとしている常守さんの視線を追っていくと。そこには、
「…いぬちゃん!」
いぬちゃん!可愛がられているんだ!愛されているんだ!良かったねいぬちゃん!
「あの、あれ、どこで手に入るんですか?さんにもらった、としか言ってもらえなくて…。手触りが良さそうで…私もちょっと気になってしまって…!」
「宜野座さんは報告書をまけてくれました」
「分かりました。ランチ外出3回でどうですか」
やった。やった! 常守さんは話が早い。監視官はみんな大体頭がいいから頭の回転が速すぎて私はちょいちょいついていけないけど凄く会話が楽!みんな私が何を言いたいのか分かってくれる。やっぱり風邪だったのかもしれない。そんなことない。治ったからいいや!健康万歳!
「…今日の退勤後あいてますか? …潜在犯の宿舎に来るのが嫌じゃなければですけど」
「えっ!いいんですか!」
やった、と常守さんが小さくガッツポーズをしている。目がきらきらしている。好きなぬいぐるみが見つかるといい。ランチ外出3回がかかっている。頑張れ私のぬいぐるみたち。虜にするんだ!もこもこの呪いをかけてやる!
*
「お邪魔します」
「…こっちです」
随分殺風景な部屋だなあ。家具とか備え付けの物ばかりだよね、ホロもかかってないし…。靴を脱いで、促されるままさんについて行く。彼女が小部屋の扉を開けた。「…っわあ!!」見渡す限りのぬいぐるみ!!!
「何ですかここは!パラダイスですか!」
「…ダイブしてもいいですよ」
「い、いいんですか…!ではお構いなく…!」
お構いなくの使い方が少しおかしかったかもしれない。言ってられない。とにかく私はダイブした。私の身体は床につくことなく、ぬいぐるみに受け止められた。凄い。私も、もう一部屋でもあるマンションに引っ越して、ぬいぐるみ部屋を作ろうかな。凄く幸せになれる。なんだろうこれ。もう起き上がれない。ぬいぐるみには引力が存在していた。知らなかった。
「…欲しいの持ってっていいですよ」
「…神様ですか……!?」
ぬいぐるみの海を泳ぐように、私はひとつのぬいぐるみに辿り着いた。これは…これは…!私の好きなクラゲ……!ふよふよしている。もこもこしている。その隣には、黄色い触手で青い頭、な、確実に毒がありそうなクラゲのぬいぐるみが居た。更にその隣には、もっと毒々しい、緑の触手にピンクの頭の、クラゲ。更にその隣には、青い触手に白い頭の、……一番まともかも。でも私は既に腕の中に確保している、キャンディに似ている普通のクラゲがいいな。
「このクラゲのぬいぐるみを頂いてもいいですか?」
「…そこのピンクのが一番有用ですけど」
「…有用」
さんが指差した、さっきの毒々しいピンクのクラゲをもこもこしてみるが、手触りや質感、感触は変わらない。
「…有用?」
「…何でもないです。監視官のクリアカラーには確かに不要だと思います」
何だかよく分からないけど、私は抱き締めているクラゲをもこもこし続ける。凄い。凄くもこもこ。幸せ。今日からこのクラゲを抱き締めて眠るたび、さんのことも思い出せる。少し仲良くなれた気がする。嬉しい。部屋にあげてもらえた。しかも一番プライベートだと思われる寝室にまで。寝室。ぬいぐるみ天国。
「…疲れた時、また来たらダメですかね……」
少し厚かましいお願いだっただろうか。さんが狼のぬいぐるみを抱き締めながら、ぷいっと明後日の方を向いてしまった。やっぱり。距離感を間違えてしまった。謝らなければ。
「すみません、嫌ですよね、そんな親しくもない相手に――「別に。嫌だなんて言ってません。それに監視官なんだから勝手に入って来れるじゃないですか。それじゃ嫌いになりますけど。…別に。その。ランチ連れて行ってくれるなら」
「………勿論です…!」
私はぬいぐるみの海の中で悶えた。
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