「。体調不良で昨日の午後から突如欠勤などとどういうことだ。様子を見に来た」
「どうぞ……」
入ってくる前に律義に通信してくるあたり宜野座さんだ。声が心底お怒りだったので悲しい。熱が出てて苦しい現実が私の身体を蝕んでいる。嘘じゃないし仮病でもないし現実だもん。私の額には秀星によって冷えピタが張られている。秀星は雑炊を作ってくれたのでとても優しい。おいしかった。
「…縢。病人の横でゲームをするんじゃない。移るぞ。飯をやり終えたならさっさと部屋に戻れ」
「バカだから移りませ~ん」
ペットかな。入室してきた宜野座さんは、私のぬいぐるみタワーにちらちら気を取られている。秀星は既に私のぬいぐるみを好き勝手抱き込んで、床に寝そべってゲームをしている。私はベッドの上でぬいぐるみに埋もれながら死んでいる。
宜野座さんに手元のいぬちゃんを一つ投げつけてみたら、宜野座さんはそれを顔面で受け取って片手で抱えた。
バーチャルクレーンで取ってお届けしてもらえるから、AFOキャッチャーが得意中の得意な私は今のところぬいぐるみに困っていないのだ。このぬいぐるみが危険物検査かなんかに引っかかったことは無い。いつも届いてくれる。うれしい。
宜野座さんがなんかちょっと嬉しそうにいぬちゃんを片手でもこもこしながら、私に袋を差し出してくれた。
「全く。熱を出すなどと。体調管理をしっかりとしろ」
袋の中には、シークヮーサー、シークヮー…クヮー…?発音難しい。果汁とかかれている箱。を開ける。瓶。フタも開けた。酸っぱそう、おいしそう。飲もうとしたら、秀星に取り上げられた。哀しい。
「そのままじゃクソ酸っぱいし苦いし甘くない。今ドリンクにしてやる。お前んちにもガムシロくらいあんだろ」
なるほど。要希釈…?秀星が優しい。優しい秀星は部屋を出て行ってしまった。宜野座さんは未だもこもことぬいぐるみをもこもこしている。
「…。これはどこで手に入る?」
「バーチャルの……AFOキャッチャーです…欲しいなら…あげます…一匹くらい…」
「…いいのか。…体調が良くなったら、AFOキャッチャーのページを送ってくれないか」
「…何で…どうして…」
「……もう一匹欲しいんだ」
「…じゃあ、好きなの選んでってください……そこから…どうぞ…」
「…いいのか」
声がうきうきしている。激しく積み上げられて半ばタワーみたいになっているぬいぐるみ群の中から、同じシリーズの、あれはハスキーだ。を宜野座さんが抜き取った。宜野座さんは犬が好き。なるほど。
「二匹も使うんですか…どうして…どうぞ…その手触り…色相ケアにばっちりでしょ…」
「ああ。うちの犬にも――いや、何でもない。報告書は狡噛にやらせておく。ゆっくり休め」
「神対応…!」
宜野座さんがいぬちゃんぬいぐるみを2匹抱えて出て行った。今度宜野座さんを怒らせたらいぬちゃんを差し出そう。やった。やった!報告書が減った!やった!
「ほら。疲れにはクエン酸がいいんだよ。ギノさん、ホント素直じゃねーの」
戻って来た秀星からコップを受け取った。いい黄色。氷がカラン。「うめ~!」くー、と秀星がおっさんみたいに飲んでいる。私も飲む。凄くおいしい。スカッとする感じ。涼しい。部屋も涼しい。暑い。寒気する。熱なおりそう。ていうか私は疲れてない。残念ながら疲れじゃなくて多分知恵熱。
「つーかお前分析室でぶっ倒れたって聞いたけど、何したんだよ」
「私は何もしてない…何かしたのは大人…」
思い出すと熱が上がっちゃう。私のR18の概念の部分は疲れている。恥熱?恥ずかしくて頭が沸騰した結果。バカだから風邪ひかないはずなのに。だからやっぱり風邪じゃない。つらい。だってあれはR18を超えてた。あんなのモザイクしなきゃいけない。絶対R25だった。年齢が足りていない。
「…秀星、これ、ゼリーがいい……」
「いいな。作ってくる。明日には食える」
秀星が私にぬいぐるみを投げつけて、ゲーム機を持って部屋を出て行った。明日まで生きなきゃ。廊下で話し声がする。秀星が独り言を言う寂しい人になっちゃったのかもしれない。「――、…お前本当にあのまま熱出してんのか」呆れ顔の狡噛さんが入室してきた。何で。どうして。
「どうやって入ってきたんですか…」
「さっきギノと入れ違った。なるほど、このぬいぐるみだったのか」
狡噛さんが楽しそうな声で楽しそうにぬいぐるみをもこもこしてタワーを崩した。ひどい泣いちゃう。積み上げるの楽しいからいいけど勝手に触らないで欲しい。煙草臭くなる止めて欲しい。
「ちょ、勝手に触らないで…っていうか入ってこないでください、煙草臭くなるから…本気で出て、って!」
おおかみちゃんを手に取りもこもこしている狡噛さんに、慌てて起き上がりタックルするも、ぐらぐらなって逆に支えられている。怒りを感じる。狡噛さん冷たい。気持ちいい。ひんやりしている。
「…残念ながら、リビングまでなら既に昨日入ってる。分析室でぶっ倒れたお前運んだの、俺以外にいないだろ」
そういえば。昨日の夜、リビングの床で目覚めた私はソファからずり落ちたらしいとだけ現状把握をしてふらふら水風呂シャワーをして気持ちいいっていってエアコン最低温度にして寝室でぬいぐるみに埋もれて寝たんだ。記憶がはっきりしている。バカでも風邪ひくのかもしれない。バカだから風邪ひくのかもしれない。記憶がはっきりしてるからバカじゃない。ていうかどっちにしろ元はと言えば風邪じゃない。
「…何で志恩ちゃんは分析室で休ませてくれなかったの……?」
「病気じゃないからってバッサリだったぞ」
「今風邪だもん」
「お前が?」
この人は今多分言外に私をバカだと言った。怒りを感じる。にやにやしている狡噛さんからおおかみちゃんを奪い返して彼を突き飛ばす。私が跳ね返ってベッドとお友達になった。頭ぐるぐるする。仰向けのまま死につつ、おおかみちゃんを顔に乗せて抱きしめてもこもこしたら微妙に煙草臭さが分かってしまった。悲しい。あとで消臭剤かけよう。おおかみちゃんを裏返して胸の上に乗せた。もこもこ。
「狡噛さん、ほんと、煙草くさ、臭い移っちゃったじゃないですか…」
「そうだな、煙草臭いっていうなら、せめて服でも脱いだらいいか?悪かったな、気が遣えなくて」
はい?って狡噛さんを見たら、彼がしゅるっとネクタイを緩めて、ジャケットから片腕を抜いていた。うわ胸板広い。ってちが、っなんなの!?
「~~変態!ド変態!変態たーれん!」
「興奮すんな、熱上がるぞ」
思わずガバリと起き上がった私を、狡噛さんがまた寝かせた。完全にからかわれている。狡噛さんは完全に笑いを噛み殺している。また熱上がってきた気がする。全部狡噛さんのせいだ。怒りを感じる。
「誰のせいだと思ってるんですか全部!」
「悪かったよ。色々と。まさかあんなんでぶっ倒れるほど経験無いとは思わなかったからな」
ぶっ倒れなかったら、経験あったらやっていいの!?確かに、色々と関係なく突然にやられた気もする。こんなの絶対おかしいよ。ベッドに仰向けって死んでいる私の隣に座り、私の頭を撫でている狡噛さんが出て行ってくれる兆しはない。早くこのおじさんを追い出さなきゃ。全てのぬいぐるみが犠牲になってしまう。
秀星――は、さっき今日はもう帰って来ない感じに部屋に戻ってしまっている、るんるんゼリーでも作ってるに違いない。楽しみ。どうしよう。よし。もこもこで洗脳すればいい。
「おおかみちゃんあげますから出てってください二度と入ってこないで。本気で禁煙なんです狡噛さんは肺から煙草臭くて嫌です。出てって喫煙者!変態!出禁!」
「はいはい悪かった。早く治せよ」
狡噛さんが微妙な顔で私の頭をぽんぽんして腰をあげていった。その背におおかみちゃんを投げつけてやった。投げ返された。もこもこ。そして誰も居なくなった。
さあ換気しよう。狡噛さんは、スーツは論外として吐く息まで臭いのだ。熱上がりそう。残り香、臭さ、が残っている。熱上がりそう。ほんときらい。
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