「――」
「ッシャーーーー!!」
「……」
「何だ、勝利のかけごえか?」
「違うもん!威嚇してるんです!」
また喧嘩しているんだろうか。…でも、さんは口を開いているので、いや、でも、…怒ってはいるように見える。どうしたんだろう。
「何かあったんですか?」
「聞いてください!狡噛さんが――っ~~!ったぁ!っぐ、っ、う、」
さんが口を開こうとして、真っ赤になって後退り、デスクの角に腰をぶつけ、呻き悶えている。可哀そうに。また狡噛さんが何かしたんだ。可哀そうに。
「何やってんだ。お前「ッキシャァーーー!」…文句があるなら口で言え」
狡噛さんがさんを捕獲しようとした手を、さんが本気で避けた。彼女が何かを掴む様な仕草で、利き手で自分の腰元を探っている。…あの位置は、出動時、ドミネーターが携帯されているところだ。完全にドミネーターを手に取ろうとしたのが分かってしまった。そこまで混乱しているらしい。…狡噛さん、何をしたんだろう。楽しそうにしているから、まあ、…またセクハラでもしたのかもしれない。
征陸さんも楽しそうに笑っている。征陸さんの笑いのツボは時々難しい。年の功で大抵のことが大きな目で見られるのはありそうだ。
「嫌よ嫌よも好きのうちだったとは、全く気付かなかったさ。なあ、嬢ちゃん」
「好きじゃないです!こんな、こんなセクハラ大魔王のことなんて――」
確かに。否定するほど…。ぴゃ、とさんがまた真っ赤になってしまっている。それにしても、やっぱりセクハラしたんだ。狡噛さん。確かに狡噛さんはパーソナルスペースが狭いし、人との距離が物理的に近いところがある。けど、私はそこまで過激なスキンシップをされたこともないし、まあ大丈夫だと思う、けど。されないように気は付けておこう。
「まあまあ、落ち着いて。狡噛さんも、何したんですか?」
「いや。監視官に言うようなことじゃない。ちょっとした戯れだ」
*
ちょっとした戯れ。怒りを感じる。そして完全に計算外である。あれから数日、じわじわと恥ずかしさが襲い掛かって来ていて意味が分からない。忘れようとすればするほど、記憶というか感触がはっきりしていく事態になっている。もう3日は経ったのに。私はハトじゃなかった!凄い!今回だけはハトになってもいい。かなしい。これは呪いだ。呪い。
ピコーン!なるほど!教会に行こう。魔王にかけられた呪いを解いてもらわなくちゃ!
「征陸さん。お小遣いください。5000ゴールド」
「ゴールド?何だか知らんが、おやつは500円までだぞ」
ちゃりん。征陸さんが今や珍しい現金を私の手に乗せてくれた。やったー!
「お祈りしてきます!」
*
「志恩ちゃん!」
「な~に、どうしたの。あら、現金じゃない。そんな古めかしいもん持って」
「呪いを解いて!」
「はぁ?なんの」
「狡噛さんの呪い」
志恩ちゃんが興味なさそうに、ふーっと煙草をふかした。讃美歌はかかってないし、お祈りもさせてくれそうにない。何と言ってもこのシスター、不埒だ。凄く、不健全を感じる!
「あ~はいはい解けないやつね。諦めなさい」
「なんで!どうして!狡噛さんのばか!」
「日頃の仕返しでしょうよ。あんた、慎也くんにくっついてばっかじゃないの」
「狡噛さん硬くてくっついてもあんまり…あ、でも――~~っ呪い!」
また思い出してしまい、うわああああん、と頭を掻き毟って暴れていたら、志恩ちゃんに、鎮静剤打つわよと脅された。怖い。大人しくなる。怖い。やっぱりお祈りした方がいいかもしれない。とりあえず崇めておこう。
「何されたか知らないけど。あれで慎也くん、軽口叩き合うの好きなところあるものねぇ」
…なるほど。もしかして、大人の隠語では、軽口を叩き合うの、が、口が軽いとか、そういう概念になったりするのかもしれない。口が軽い。尻軽。口が軽い。口軽。足軽。尻軽。口軽? ってことはやっぱり。…難しい。オトナのオンナである志恩ちゃんはレベルが高い。私には追い付けない。キッズは脳味噌が沸騰しちゃう。キッズじゃない。大人である。
「……狡噛さん、誰とでもあんなキスしてるの?」
「は?」
「…違った?」
志恩ちゃんが立ち上がった。こわい。
「は?」
「え?」
こわい。志恩ちゃんがふかしていた煙草を灰皿に押し付けて、カツカツとヒールを鳴らして超接近してきた。待って怖い。待って怖い怖い怖い。後退るも扉の端は数十センチあっちだった。待って私壁ドンされてる。
「え、なにアンタ。そこまでイっちゃったの?どう、うまかった?アタシもシてみようかしら」
「っえ、や、え?な、なに、志恩ちゃ、志恩ちゃ、アッー「こら志恩。あんまりからかってやるな」
「あらぁ、イイところだったのに。それに、からかってるのは慎也くんの方でしょ?」
急に鼻息荒く迫って来た志恩ちゃんの顔とボインを必死に押し返していた柔らかかった凄く柔らかかった、ら、かったいかたすぎる筋肉マンが割って入って来てくれた。ので、とにかくそっちにひっついた。志恩ちゃん怖い。柔らかいの怖い。硬いと殴っても死ななそうでちょっと安心できる。殴ると自分が痛くなる。かなしい。
「こら。引っ付くな」
「こ、こわい…、こわい、大人こわい、」
「何だ、お前も大人だろう?」
目を回していたのに今度は狡噛さんに壁ドンされている気がする。顔が上げられない。しかも無駄に良い声で囁かれている。絶対に遊ばれている。なんで。どうして。大人こわい。誰か助けて。誰か。誰か助けて。
「それくらいにしてやったら」
弥生だ。弥生だ!弥生の声に、狡噛さんは大人しく離れてくれた。私はずりずり足を横にずらして背後に扉を感じる。弥生が私を見ている。逃がしてくれる気がする。とっても優しい。そのまま開いた扉を背中からくぐって、て、て、なんか、流し目をした弥生が志恩ちゃんと激しい熱烈キッス始めた。あれはキッスなの?何だか貪り合っている。キス?キス。キスって何?「おお…」狡噛さんが動揺しているのか頷いているのかどうしようもなくなったのか、よく分からない声をあげている。
「っはぁ。弥生ったら熱烈。ほら、、分かったでしょ?慎也くんのはお遊びよ。あぁ、それとも下手だった、とか?」
「おっと、聞き捨てならないな。試してみるか?」
「あらやだ。慎也くん昔から、教える方が好きじゃない」
「バレてたか」
狡噛さんがくくっと笑った。なんなのみんな? へたり込んで凝視してしまっていた。痺れを切らした扉が閉まろうと私を挟みだした。狡噛さんが私を振り返って近づいてきている。やばい。どうしよう動けない。顔熱い。頭熱い。やばい意識が遠のいてきた。
「ほら。戻るぞ」
狡噛さんが中腰で手を差し伸べてくれている。既視感がある。乙女ゲームとかいうスチルにあった気がするあれだ。頭熱い。「」無駄に優しい声やめて。どうしたらいいか分からない。頭ぐるぐるしてきた。
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