「…お外出たい」
ふと、さんが呟いた。ガラス張りのオフィスの向こうの廊下、その先を見ている。
「諦めろ」
「だって良い天気です」
「諦めろ」
「諦めロボットめ!」
さんが狡噛さんに襲い掛かって、わちゃわちゃしているが、…縢くんの言う通りアホ毛に注視してみよう。やっぱり、少し垂れているように見える。いつもより。
「…お昼、どこか食べに行きますか?」
「いいんですか?」
あ、だめだ、私には尻尾まで見える。
「はい。何にしましょうか、楽しみです。考えておいてください」
「やったー!」
「狡噛さんもどうですか?」「えっなんで?」「いえ、いや、気分転換に…?」
「……邪魔そうだからよしとく」
「そうしてください」
えらい塩対応だ。狡噛さんは些か傷ついていると思う。…かわいそうに。八つ当たりのようにさんの頭を横からぐりぐりと両手でいじめている狡噛さんは、…だから塩対応にされるんだ。まあ、ご飯の間中いちゃつかれても私が困るから、いいっていうなら、今日は狡噛さんには遠慮してもらおう。
午前の勤務後、「麺がいいです。お任せします!」満面の笑みで言った彼女はとてもかわいらしかった。嬉しいな、覚えててくれたんだ。
*
「あまり街に出たこと無いんですか?」
「無いです。ずっと色相の具合わるいから。あっ、あのソフトクリーム食べたいです!」
「また同じ道で帰ってきましょう。お昼を先に食べるべきです」
「えー」
くるくるしているさんを連れて、やっと入店した。やっぱり今日も、男性のお客さんが多いな。でも今日はがっつりご飯を食べる。このお店は私の一押しなんだ。
「ここのおすすめは、ずばり、カレーうどんです」
「…いつもじゃないですか?」
「でも、私は、期間限定の、この冷うどんも食べたい」
*
圧を感じる。
「…じゃあ、私は冷の方で」
「ありがとうございます!」
常守さんが、人の良さそうな対応で、店員さんに頼んでいる。メニューを見て行く。メニューを見るのは楽しい。「あ、ドリンクは…」「お水で」「私も」がっつり食べる感じを感じる。厨房であろうところからは、恐ろしいほどにおいしそうなカレーの匂いが漂っている。
私は知っている。秀星のご飯よりおいしいものはこの世に存在しない。それでもちょっと楽しみだ。以上でよろしいですか、あ、よろしくない。お持ち帰りがある。
「――お持ち帰りで、生麺10個ください」
店員さんに、10個ですか、と微妙な顔をされた。10個です。20個でもいい。常守さんが私をうかがった。頷く。「以上で」常守さんがメニューを閉じた。店員さんが行ってから、もう一度メニューを開く。メニューを見るのは楽しい。
「…さん、あの、私たち、同い年ですよね」
「そうですね」
「さんって呼んでもいいですか」
「私のことは気軽に扱ってください、足蹴にしてもいいんですよ、私はあなたのわんちゃんです」
「っちょ誤解を招くようなこと言わないでください!」
「…事実ですよ」
「仲良くしませんか、仲良くしたいんです、仲良くなってください…!」
謎の三段活用をされてしまった。メニューを閉じる。私の頭に新たなレパートリーが誕生した。そしてそれは、秀星にリクエストされ、私の元へ帰ってくるのだ!
「六合塚さんは優しいし周りをよく見てらっしゃいますけど、あまり話されないし、同年代の同性で気軽に話せる友達に飢えています」
「…だからうどんは半分こしましょう。大丈夫です、分かってます」
うどんとうどんが届いて、目の前に置かれた。おいしそう。涼しそう。カレーうどんは熱そう。常守さんが割り箸を割った。
「何で!何で私にも塩対応なんですか!縢くんみたいに接してください!」
はふはふなりながら、常守さんがうどんを啜っている。うおお、という感じに食べているのに、ん~~!とおいしがっている常守さんは、器用だ。
「…カレーうどん好きすぎじゃないですか?」
「はい!好きです!」
ずるるとカレーうどんを啜る常守さんは凄く器用で、うどんの汁を飛ばしてこない。彼女の白いカッターシャツはまだ白さを保っている。凄い。
「…その、さんは、その冷うどんで大丈夫でしたか。本当に」
「…好き嫌いないです」
「そうですか? あ。――すみません、取り皿2つお願いできますか?」
かしこまりました、と店員さんが消えて行く。常守さんは、オフィスじゃないと、結構、つよいきがする。または、麺のために、夢中でクレイジー。
「まだ熱いので気を付けて。ほんとにおいしいんですよ!私のおすすめのお店なんです。でも、友達には色気がないとか、なんとか言われちゃって…」
夢中な常守さんが、カレーうどんを取り皿に分けて、差し出してくれた。おいしそう。熱そう。おいしそう。
「ご飯には食い気しかいりません」
「そうですよね!?」
わかってくれてうれしい、と常守さんがカレーうどんをおいしそうに啜っている。凄い勢いで。まだシャツは白く保たれている。
私もいい加減食べよう、と、冷うどんをまず届いた取り皿に分けて、一口すすってみる。具、出汁、素晴らしいハーモニー。
「ん、おいしいです!」
「よかったです!」
おいしい。私のシャツには既に少し汁が飛んだ。諦めよう。
「もらってもいいですか?」
「勿論」
持って行けばいいのに。忘れてた。彼女に取り皿を差し出して、私も、もらっていたカレーうどんに口をつける。おいしい。スパイシーだ。これは、多分、にんにくというものが入っている。おいしい。何と言ってもうどんの麺がいい感じだ。この麺で、秀星にうどんパーティーをしてもらったら、一体どうなるだろう。地球が揺らぐはずだ。
「やっぱりこれもおいしいです!」
*
「ん~、いい天気です」
「…元気ですね。私はちょっと食べすぎました」
「ソフトクリーム買ってきていいですか?」
「どうぞ…」
道路のベンチに座っていたら、さんが席を立ち、向こうのお店、さっきのところで、ソフトクリームを購入してきた。
「一口いりますか?」
「……じゃあ、一口だけ」
差し出されたそれを受け取って、一口もらう。おいしい。今日の夕飯はヘルシーメニューにしよう。
さんは横でぐーっと伸びをしている。ソフトクリームをお返ししたら、のほほんと光を浴びながら、嬉しそうにそれを舐め出した。
彼女は、一人でソフトクリームが買えるし、うどんを分けてくれるし、変な行動もしないのに。うどん10食だって、きっとみんなへのお土産だ。
なのに、彼女は潜在犯で、一人で外に出ることは、出来ないのだ。…どうしてだろう。…でも、その片鱗のようなものは、この間見たしなあ。
また一緒にご飯を食べに出よう。少し仲良くなれた気もする。
*
「秀星、うどんパーティーが待たれる!」
「お、生麺じゃん!どうしたのこれ」
「常守さんにお昼連れてってもらった」
「へー。今度俺も行きたい」
「じゃあ今度は皆で行こうよ。狡噛さんも来ますよね、カレーうどん美味しいんですよ、あそこ。今日も変わらぬクオリティでした!」
「…通りで、のシャツに染みがついてるわけだ」
「うるさいな。カレーうどん食べたのは常守さんですよ。半分こしたんです」
「朱ちゃん器用だね」
「そう?普通じゃない?っあ、さんはいいんですよ!」
「………」
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