やっとさんと狡噛さんは元に戻ったようで、なんだか久しぶりのプール会だ。皆、私が泳げるまで付き合う、と、定期開催にしてくれていたんだ。最近、彼らがぎくしゃくしていたので、無かったんだけど。
 そういえば、狡噛さんのスーツの裾をつまんで、顔を逸らしながら、「ごめんなさい。またプールしませんか」と、私を誘ってくれたさんは可愛かったな。狡噛さんが、「お前、俺には謝らなかったのに」と口をへの字にして、彼女の頬をつまんでいて、…狡噛さんが手懐けられているような気がした。逆かな?どっちだろう。

 答えが出ないまま、今日も今日とて、足の着く1メートルレーンに浸かりながら、やっと平和にバレーをする。

「縢、何度も言うが、これは水球、だ!」
「違う。違うったら違うの!水球はもっと荒々しいでしょ!これは泳いじゃダメ!コウちゃん!、パス!」
「っわ。はい、常守さん。大分水に慣れたね」
「っと、と、と。おかげさまで。少し怖くはなくなりました」
「平気ですよ、何かあっても皆背負えますし」

 さんにボールを戻すと、彼女はとんとんそれを打ち上げて遊んでいる。

「…さんもですか?」
「男性は無理ですけどね」

 はい、と彼女が私にボールを戻した。

さん、運動神経抜群ですよね、っと、狡噛さん」
「ん。ほら、シュート」
「――っびゃ!」

 ばん、とさんの顔をバウンドしたボールは、結構な勢いで、次いで水中に激突した。…痛そう。さんの顔がじわじわ赤くなり始めている。狡噛さんは、さんに対して、結構暴力的だ。

「朱ちゃん、出よう。危険だ」
「えっ、え?」

 縢くんがぐいぐい私の背中を押して、プールから上がらせる。心なしか顔色が悪い。

、キレてる」

 足がつくのだ、水中で彼に足払いをかけて、微動だにしない彼がただひたすらにむかつくので、胸板に突撃してそのまま、肩口に思い切り噛み付いた。しょっぱい!

「っ痛い!やめろ悪かった!」
「っぷは、やだ許さないこのこのこの!むかつくんですよ!」

 狡噛さんを割と本気で殴りながら、硬い胸筋に拳を痛めつけられつつ、彼をどんどん深い方のレーンに追いやっていく。足がつかなくなったところで、くるりと彼の重心を変えてやり、背中にのしあがって溺れさせる。ざまあみろ。彼の背中に立ち上がって、がぼがぼ空気が浮いてくるのを見ている。そのまま溺れてしまえ。人工呼吸はしてやらない。

「っわ、」

 振り落とされてばしゃんといった。水中で死闘がはじまった。

「縢くん、あれ、大丈夫なの…?」
「分からない」
「深刻な顔しないでよ、余計心配だよ。でも、何でさんが怒ってるってわかったの?」
「あいつの電波塔を見れば容易いよ。あのアホ毛は便利だぜ」
「……そうなんだ。…でも、止めた方がよくない?二人とも、全然息継ぎに上がってないよ…」
「止められたら出てない。正直言って、暴力ありの水中戦で、俺、に勝てない。勝てる気がしない」
「……そ、そうなんだ…」

 じゃあ大丈夫かな、と思いつつ、確かに、狡噛さんが珍しくも逃げ回っているのを眺める。…二人とも、大丈夫だろうか。

「っはあ、っはあ、いつもいつもいつもいつも!痛いんですよばか!」
「お前、っはあ、何でそんな、バイオレンスなんだ、水の中で豹変すんのか?ベッドだけにしてくれ、」
「ここは!プールです!この!変態!ベッドでだって豹変しません!」

 また彼に襲い掛かって、首筋に噛み付いて、その肩にしがみついて腰に脚を回しロックしてやる。

「やめろ!柔らかい!」
「そんなこと叫ばないで!」
「離せ!マジで悪かった、離してくれ!」

 狡噛さんが叫んでいるので、喉元まで腕で締め上げてやる。微妙に息が出来るだろう程度を心得ている私は本当に優しい。狡噛さんは逃れようと、私に引っ付かれたまま泳ぎ出した。人間ビート版だ。ん?これなら常守さんも泳げるのでは?
 腕の力を弱めて、しかしそのまま彼に引っ付き続ける。平泳ぎになった狡噛さんが私を振り返った。提案する。

「狡噛さん、常守さん乗せてみませんか。泳げるんじゃないですか?感覚はつかめるかも」
「いきなり冷静になるな混乱するだろ。常守はお前が乗せて泳いでやれ」
「嫌ですよ疲れるもん。狡噛さんもっと速く泳いで。結構楽しいから」
「嫌だ。降りろ」
「っぴゃ、」

 ばしゃん。狡噛さんが私を振り下ろした。むかつくからもう一度、結構な力で絡み付いてやる。

「いい加減にしろ。普通、水着なんて薄い布一枚で男の背中に跨るか?もう少し考えろ」
「?跨って何が悪いんですか」
「……お前、男は結構簡単に欲情するって知らないのか?」
「知りませんよそんな事情。狡噛さんの頭が不埒なだけでしょ。――常守さーん、泳いでみませんかー?狡噛さんの上でー!」
「っはい!?いらないです!」

「……いらない?」
「い、いらないよ。おかしいでしょあれ」

 さっきから、彼らが真剣な表情で口をひらいていると思ったら、さんが凄いことを叫んできた。そもそもなんで抱っこちゃんになっているんだろう、…さんが気にしていないんだろうな。狡噛さんはさっきから、凄い速度でこちらへ泳いできている。でも、良かった。平和だ。この人たちはイチャついてくれていた方がいいと、私はやっと学んだのだ。

「じゃあ私の背中に乗りますかー?」
「乗ってくれば?ヘーキだよ、あいつ運動神経いいから。もう知ってるっしょ」

 縢くんに促されプールサイドへ行ってみて、狡噛さんにおんぶされていたさんがするりと背から降りて、今度は私に背中を広げた。「……散々だった…頑張れよ、常守…」狡噛さんがげっそりとした顔で横を上がって行った。…何をがんばるんだろう、思いながら、彼女の小さな背中に、乗ろうと、は、するけど、これは、これは、恥ずかしい。

「?常守さん」
「えっ!?は、はい、えっと、あの、」
「早く」
「し、失礼します」

 常守さんの脚が私のウエストにぎちぎちに回って、首を絞められる。腕が回っている。待って。

「か、肩口に、手を、手を!手を置いて、ください、」
「っあ!ご、ごめんなさい!」

 死ぬかと思った。常守さんを乗せたまま、ゆっくりと跳ね歩いて、彼女の脚のしめあげが少し慣れた頃、泳ぎ始める。…柔らかい。そして思ったより重たい。

「ほら、もっと力を緩めてください。まだ足着きますし、救出できますから」
「は、はい。……す、すごい、泳いでるような気分です」
「やっぱり狡噛さんの背に乗りません?あの人泳ぐの速いから楽しいですよ」
「っいえ!それは遠慮しておきます。すみません、重かったら、あの、降ります」
「別に。じゃあ、あっちまで泳ぎますから」

「……縢」
「コウちゃん、雨の中捨てられた子犬みたい」

 うなだれつつ、ケラケラ笑っている縢の隣に座り込む。縢も縢で、あいつに過激なボディタッチをされているだろうに、どうして平気なのか、男として機能しているのか、いや、縢が彼女をそういう目で見ていたら、…いや、年齢的に妥当じゃないのか。

「…ハァ。お前、よく平気だな」
「別に、あそこまで触られねーし。妹みたいなカンジ」
「あいつはホント、なんなんだろうな…。俺、結構いい年いってるはずなんだが、時々引き摺られる…」
「青春じゃね?」
「適当言ってるだろ」
「うん。こないだもさ、コウちゃん怒ってたけど、俺はそういうコウちゃんのがいいと思うよ」
「やめろ、大人げないって言われてるみたいで傷つく」
「素直な方がいいって。あ、戻って来た。さすが早えな」

 縢の目線を追うと、そこには若干疲れた顔をしていると、眉をぴっと上げている常守が上がって来ていて、…常守はしっかりしてるな。

「二人とも!私ちょっと、泳げるような気がします!救出の準備をして下さい!」
「自信あんのか無いのか、どっちかにしろ…」
「秀星、疲れた…」
「そりゃ、泳げない人間背負うのは疲れるに決まってんじゃん」
「常守、行きます」

 威勢よく飛び込んだが、ばしゃばしゃなっている。だめだこりゃ。

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