「秀星、あっち!」
「お前、なんで分かんの?」
「耳がいいから!」
「冗談だろ。そのアホ毛が受信してるに決まってら」
!ああもう縢、止めてこい!」

 宜野座さんの叫びもむなしく、さんが走り出し、うぃーす、とだるそうに返事をする縢くんが後を追う。最近ずっとこんな図だ。
 縢くんだけがさんに追いつけるらしい。…確かに、二人とも身軽だ。おかげで、縢くんさえ居れば、宜野座さんは頭を抱えるだけで、あまり焦りはしない、けど、…機嫌は良くない。
 …やっぱり私は、さんを扱いきれなかったことになるんだろうか。…扱う、って言い方はなんかヤだな。言う事を聞いてもらえなかった、…うーん。協力してもらえなかった、…うーん。彼女が危険を冒すのを許してしまったのは、私の失態でもあるだろう。
 どうしたら良かったんだろう。どうやったら、彼女はもう少し言う事を聞いてくれるようになるだろうか。
 縢くんが向こうでさんの首根っこを捕まえた。こちらへ連行し戻ってきている。…縢くんが常識人に見える。

、一人で突っ走んねーの。いつも言われてんだろ」
「別に。死んだらお墓に秀星のご飯備えてね。3秒だけ。そのあと目の前で美味しそうに食べて。勿体ないから」
「いやだ」

 縢くんの軽いチョップと、狡噛さんの重苦しい息が吐きだされるのもいつものことだ。
 …何だか、この間の一件から、狡噛さんの機嫌が見るからに悪くて、さんと狡噛さんが全く会話をしなくて、こう、雰囲気がひどい。居心地が悪い。これならイチャつかれている方がマシだった。
 征陸さんは苦笑していて、六合塚さんは変わらなくて、縢くんはあまり気にしていないように見える、けど。私はつらい。

「なんで捕まえるの?私を自由にしたら、犯人が執行できるのに」
「みんなで行けば安全、一人で行けば危険」
「みんなで行けば全滅、一人で行けば損失が一人。の間違いでしょ」


 ふん、と顔を逸らしたさんを、宜野座さんが鋭い声で注意する。狡噛さんが一層恐ろしいオーラを纏い、煙草を手に取り、「コウ、護送車まで我慢しとけ」征陸さんに注意される。狡噛さんが眉間に皺を寄せ、ため息をつく。…どうにかならないかな、この空気。
 …さんも、やっぱり、少し違う感性なんだな、と思う。犯人を見つけて、駆け出すときの彼女は、いつも楽しそうに目を光らせているのだ。



ちゃん。全治3日」
「やった!」
「喜ばない」

 志恩ちゃんに怒られた。頬に絆創膏を張られた私は、るんるんと一係へ戻って行く。扉が開けば、お尋ね秀星だ。

「今日のご飯はなんだろな」
「完治するまで抜き」
「っえ。………え?」

 ドアをくぐって、秀星に問い合わせたら、恐ろしい言葉が聞こえた。

「コウちゃんの機嫌が悪くて雰囲気がサイテーでお前以外心労くらってっから、お前がコウちゃんと仲直りするまでメシ抜き」
「えっ……。条件増えてる?」
「縢。余計な世話焼くな」
「残念でしたー。宜野座監視官からのメーレーでーす」
「ハァ。ギノ」

 秀星がぴこぴこゲームで遊びながらこの世の終わりくらい悲しいことを言った。最近狡噛さんと話せなくてとても気分が良かったのに。
 完治、完治、完治っていつだろう。2週間前の怪我は治った。更新された怪我は3日だ。例え3日といえど、秀星のご飯が食べられないのは、この世の終わりだ。

「こ、こ、狡噛さん」

 声をかけたのに、私の方を見もせずに、黙ってスクリーンに向き直った狡噛さんに、いらちが募る。
 といっても、何を悪いことを言ったのか、どこをどのように地雷を踏んだのか分からない。私は当たり前のことしか言ってない。私はハトじゃないから、3週間前くらいまでのことなら覚えている。
 無理だ。不可能だ。謝れない。だって私は何も悪くない。何が悪いのか分からない。分かったとしても私は悪くないと今の私は思っている。謝らない。

「狡噛さんが怒ってるから場の空気が悪いんです。私は別に狡噛さんと話せなくても平気ですもん。機嫌直して私のご飯を返してください。私何も間違ったこと言ってないし、してない」

 身構えていたのに、狡噛さんは深いため息をついてずるずると机に頭を預けてしまった。激怒すると思ったのに。

「…ああ、そうだよ。お前は俺のことが嫌いだもんな。話さなくたってそりゃ平気だろ。俺だけだよ、お前にあんなこと言われてつらいのは」
「つらい?なんで?}

 彼があまりに腑抜けているので、天変地異が起こるのではないかと、少ししゃがみ、彼の頭に顔を近づけた。わしゃ、っとなっているもみあげを少しさらう。狡噛さんが少し顔をこちらに向けて、片目で私の顔を見た。

「執行官に変わりが居るって言うのは、当たり前の事しか言ってません。なんでつらいんですか?」
「執行官じゃない。お前はお前しかいない」
「?狡噛さんに言われたくないです」

 目を閉じて、重苦しいため息をなが~く吐き出した彼が、ばっと振り向き、手を伸ばして、私の頭を抱き抱えた。「はあ。お前もう少し足遅くなれ。毎回縢と一緒じゃないんだぞ」「こんなので許すなら、最初から怒らないでくださいよ」「許してない」「許されないとご飯抜きなんです許してください」「何が悪いか分かってない奴を許すことは出来ない」「人を許せない人は自分が許せない人なんですよ知ってますか」「あってんじゃねぇか」「認めないでよ」「うるさい黙って抱かれてろ。もっと頼ってくれ」「いやです」「口塞ぐぞ」

 自発的に口を噤んだ。ぎゅうぎゅう抱きしめてくる狡噛さんが鬱陶しいったらない。腕なんか回し返してない。

「…あれは仲直りしたのか?」
「っぶ。ギノさん、言い方」
「…してない」
「しました」
「地獄耳かお前ら。…ハァ。こうしよう。、一人で突っ込んでいった回数、縢の飯抜きだ」
「っえ」
「狡噛と喧嘩したら、その間中飯抜きだ。以上、監視官命令とする」
「えっ……」
「名案じゃん。最初からそうしてよ、ギノさんさあ」
「職権乱用です!」

 私の叫び声は狡噛さんの胸筋に吸収されてしまった。

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