彼女との沈黙は軽くも重くも無い。彼女が珍しくも椅子の上で丸まって眠ってしまっている、その呼吸音だけが響いている。やることもないし、彼女のつむじの毛流れを捉えながら観察する。
何をどうしたってこいつは俺のことが気に食わないようで、口をひらくと大体キツい一言で抉られる。顔に似合わず鋭い言葉でシンプルに突き刺してくるのだ。この唇を縫い合わせたら、彼女はどんな顔をするだろうか。
「ん…、っわ」
手が伸びていた。彼女が限界まで見開いた目で俺を見て、がたりと仰け反ったから、椅子の手すりを捕まえてやる。
「何ですか、狡噛さん」
「何も。お前が倒れそうだったから支えてやってるだけだ。椅子を」
「現状の現場説明を求めてません。離して」
「眠る、というのは無防備なことだ。自分が隙を見せたのが悪いとは思わないのか」
「殺されるほうが悪い言い草ですけど、ご自分の胸中は如何ですか」
「ああ言えばこう言う。本当に可愛げが無いな」
「無くて結構。あなたに性格を褒められたところで虫唾しか走りません」
「ハッ、俺もお前の見た目は嫌いじゃないぜ」
「グッドルッキングガイにルッキングを褒められたのは有難く受け取っておきます。退いて」
ぐ、と俺の胸板を押し返そうとした彼女の手首を引っ掴んだ。手首がぶんぶんと振られる。振れてはいない。
「本気で何がしたいんですか」
「さあな」
「ご自身で分かられてないことの答え合わせに使わないでもらえます?」
「そうだ、俺はお前が言うように分からないことばかり抱えてる」
「関わらないで」
冷たい声だった。その割に、彼女の目許が赤く染まっているのが可笑しくて仕方が無かった。
「自己矛盾してないんじゃなかったのか」
「見た目は好みと言いました」
顔を降ろして近づけると、彼女は顔を逸らしてぎゅっと目を瞑ってしまった。こいつ、頭が悪いな。せめて前を向いていれば、勘弁してやったものを。目の前の頬に唇を押し当ててしまった。何か、うまそうだと思った、今まで散々糾弾されていた分、こういうようにすると翻弄されるのかと、いきなり上に立ったような気分になる。
「っやめて!」
「悪かった」
少しばかりすっきりした気分で、彼女から離れ、オフィスを後にしていく。少し頭を冷やした方がいい。冷えた缶コーヒーでも飲みきってから戻ろう。そのうちギノも戻ってくんだろ。
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03
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