04
カシャ。五条さんがスーパー綺麗な女の人と、バセラに入店していくところ。女性の腰をイヤらしく抱く五条さんの手、五条さんの腕に腕を回す女性、私にはない大きな胸がばっちりぼいんと当たっている。五条さんは五条さんでだらしない横顔を晒している。 祓本五条、巨乳派 。
……うーん、撮ったはいいけど。これが出回ったら、五条さん的にはどうだろうか。推しの悲しい顔は見たくない。まあ五条さん、大正ー解!とかイイネしそうだけど。
とはいえ、私は間違ってもこんな写真で飯を食いたくない。もっといい写真が撮りたい。もっといい写真が。もっとこう、萌える写真。世界を幸せにする写真。
ということで、泣く子も黙る地獄行直行パパラッチ女、バセラに裏口入店をキメようと思います!
あっしばらく振りです、はい、こんばんは、今日はですね五条さんがさっき、あっいいんですよやめてくださいそんなに崇めないでください、えっついに社長の許可が取れたんですかって? 夜蛾社長って……あ、祓本さんの、ってわ、え、公認パパラ……? え、そんな人いるんですかちょっとkwsk教えてくださ、えっあっえっとドリンクはいつもの一番安いのをお願いしま、えっ一番高いドリンク奢りますから忘れて下さいって、えっあっエレベーターに押し込まないでくださ、さっきの話をkws……
悲しくもエレベーターの扉が閉まった。祓本には公認パパラッチなるものが存在しているらしい。初耳だ。祓本が所属している事務所の、夜蛾社長までその存在を認知しているというか許可しているらしい。凄く詳しく聞きたい。今度誰かに絶対問い詰める。
フロアをぐるっと遠回りして、五条さんが女性を連れ込んだ部屋の反対側の通路から、自分の部屋、隣の部屋へ入室する。おめでとうカラオケ設備。今日はお休みをあげます。しっかり休んでください。
とにかく侵入は許可された。入店である。隣の部屋を手配してくださってありがとうございます。
まあ一体何繋がりかと言うと、私がアフィサイトをやっていた時代の私が発信する情報のファンがスタッフさんに居らっしゃるのである。『あなたのおかげで潤いが……!』と感謝感激の雨あられに、とんでもないと返す関係性。貧乏仲間でもある。前髪のカッティングが凄まじく特徴的だけど、凄く綺麗で可愛くて良い子で、何連勤?ってくらいいつ来てもいる。安定の三輪ちゃんさんである。
そんな感じで部屋に入り、重たいバッグに詰め込んできていた機械たちのセットを終えた私は、早速レコーディングを始めた。丁度良いタイミングで隣室から凄まじい美声の喉からカラオケ音源みたいな歌が始まって息が止まる。
歌がうますぎて泣きそう。
尊い。声がいい。歌がいい。顔もいいのに。良くないところなんてあるの? ない。
五条さんってばホントに、ホントに何でも出来る。歌がうますぎる……! 本人の許可さえ取れれば……! ていうか事務所は何をやってるんだ。この歌ウマを公表すれば仕事が山ほど来るだろうに。あっでも本職の人たちより上手いから大人の事情でアレなのかな。低い声から高い声までお手の物、喉ごし良さげな潤いの声帯が切ないラブソングを歌っている。アア、声がいい。一曲のラブソングで落ちる。どんな顔して歌ってるんだろう、顔もいいに決まってる。全部いい。苦しい。
「や、悟」
「ひ」
え? 悶えていたら、なんか扉が開いて男の人が入って来たんですけどこの声には聞き覚えがある。
「あれ、#ちゃんじゃないか」
おかしいな、ふふ、と微笑みながら私の直ぐ隣にぴったり脚をくっつけて座って来る……夏油さん?
分かんない。ワケ分かんない。彼は片手で私の片手をつかまえて私の膝の上に置きながら、もう片手の手でスマホを操作し何やらニャインを開いている。一瞬私の名前が目に入ったような気がしつつも、夏油さんが凄い速度でスタンプを連打したものだから流れてしまった。夏油さんが男らしい指を左右に使って文字を打っている。
『悟、もう着いたよ。部屋どこだっけ?』
「っひゃ!」
いきなり夏油さんが私のズボンのポケットに手を入れてきたものだから、非常に吃驚してしまった。な、なに!? と固まっていると、即座にポケットの中にあったもの――プライベート用のスマホ、を抜き取られてしまっていた。え、えっ。
私はすぐさま自分の鞄を漁って、お姉さまが与えて下さっている仕事用のスマホを差し出す。どうぞこのスマホを好きにしてください。
「あの、その、そっちじゃなくて、こっちの方でお願いします。あと五条さんは隣の部屋にいらっしゃいます」
「え? 隣の歌がうるさくてよく聞こえなかったな。もう一度言ってくれる? ごめんね」
いや歌ってるのあなたの相方です。
言おうとしたのに、身体を倒して必要以上にこちらに迫って来る夏油さんの顔が良くて呼吸ごと止まる。自分を守るようにして夏油さんを遠ざけようと上半身向かい合ってみるがムリそうだ。後ろに下がって行く上体、プルプルしてくる腹筋、顔にのぼっていく熱さが止まらない。どういう状況!? えっ、絶対夏油さん、隣の部屋で歌ってるのが五条さんって分かってますよね!?
夏油さんは目を細めて、持っていたスマホを机に置くと、私の後頭部に手を回して一気に体重をかけてきた。背中がソファに沈む。
え、え、えっ。えっ。
カメラを構える隙間もないくらい密着されて、自分の心臓が壊れるくらい動いてるのを感じる。死ぬ、死、薄暗い中で見る顔がいい推しは人を殺すのである。やめて、殺さないで、死んじゃうから! 死、死んじゃう。
「部屋が薄暗いから、なんだかイケナイことをしてる気分になってくるね」
いけないことしてます、してるんです!
必死で頷くが、退いてくれる素振りはない。それどころか、「悟が来るまで、二人っきりで、もっといけないこと。しちゃおうか」って怪しく微笑んで、私の頬を大きな手のひらで撫でた。
ちょっとよく分からない。隣の部屋から聞こえてきている歌声は五条さんのものだ。分かって、ますよね。夏油さん。隣の部屋に五条さんがいます。何故五条さんの隣の部屋を私が陣取ってボイレコしているのかは、不問として、欲しいのですが。分かってますよね。分からないんですか相方なのに? そんな筈はない。お二人の愛はそんなものじゃないって私知ってます。ほら相手は夏油さんじゃないから君の運命の人は僕じゃないって! 歌ってるじゃないですか! 夏油さんも五条さんもとても綺麗だー! あ~~っ天使のような高音! いやらしい目の前のお顔! 迫って来ないでくださいお願いします! すき!『つーことで僕ちょっと用事できちゃったから、また今度ね。支払いは僕しとくから。じゃあね』目を閉じて、夏油さんの吐く息を感じながら、このままじゃ顔が重なってしまう気がする、ととんでもなくドキドキしつつ、なんか凄い五条さんボイスが聞こえたなぁそんな台詞あったっけなんて頭の片隅で考えていたら扉が開いたような音がして、直ぐに今度ははっきりとガチャリと扉が開く音がして違う空気が流れ込んできた。そしてガチャリと扉が閉まる音が聞こえた。
「え、何してんの。俺反対側からイけばいい?」
「今いいところだったのに。もう少し後でよかったよ」
「いや俺抜きでおっぱじめようとしないで? 混ぜて?」
「女性を強引に追い払った癖によく言うよ」
「うっせーわ」
「私が思うより健康に。もっと紳士的にコトを運んでくれ。相方の私の迷惑考えたことないだろう」
「俺達凡庸じゃないから分かんな~い。頂上決めようや」
「いいよ。曲は?」
「ンなつまんねえ勝負するかよ。俺もお前も百点に決まってんだろ」
「確かにね。ちゃん、今日プライベートの携帯持ってるんだ。ここまで言えば分かる?」
「勝った方だけ連絡先交換な。を惚れさせた方が勝ち」
「いいね、その勝負ノるよ」
「負ける気しね~」
「遠吠えにならないように気を付けろよ」
二人は言い争いながら、夏油さんは起き上がって私を起き上がらせてくれて、五条さんはピッピとカラオケのアノアレを操作していた。私はこっそりカメラに手を伸ばす。
今、マイクを持っている五条さんは、中指を立て、ベーと舌を出して顎を突き出し、夏油さんを完全にバカにしている。夏油さんも夏油さんで、負けじとニッコリ菩薩のような微笑みで返している。
ここは地獄か? 顔が良すぎて天国です。カシャリ。と私がシャッターを切る音と、ガチャリ、という音が被った。失礼します、こちらハニートーストでございます、と、バセラ名物、一斤の大きな大きなパンにアイスにチョコレートソースに、~~ってフルトッピングじゃないですか!?
「ありがとう」
夏油さんが平然とニッコリ受け取り、見悶えながら三輪ちゃんさんが去って行く。え、ちょ、そんなあっさり。ツーショくらい撮ってもらえば。幸いカメラマンはここにいる。ついでに私も引き上げたかったし、ていうかコレ頼んでないないし。多分五条さんだと思うけど、隣の部屋で歌いながら注文までしてたんだろうか? 部屋間違ってますけど。または、監視カメラで動きを見ていたのか、五条さんがいるところに持ってくる三輪ちゃんさんが優秀である。
「やっぱ傑からな。俺これ食ってるから、さき譲ってやるよ」
「もうアイス解け始めてるよ、早く食べな」
夏油さんがカラオケのアレを操作してピッと曲を入れた。
「はいちゃん、あーん♡」
ぽけーとしていた私の口にはアイスが入れられた。冷たくてヒッてなった。し、ほっぺについた……。お手拭きを探そうと首を動かすと、五条さんが隣でニーッコリ笑っている。これは五条さんが何か悪戯をするときの顔だ。もしかしなくともわざと掠められた可能性?
「あ、ついちゃったネ。ごめんごめん」
いきなり顔を寄せられて、レロリと頬に何か粘膜が伝ったのが分かった。「悟」「へーへー」夏油さんが眉を顰めてこちらを睨んでいる。今一体何が起きたのか?
固まっていると、曲が始まり夏油さんが歌い出したので私は更に動けなくなった。完璧すぎる歌がノっていて私はもうどうしたらいいか分からない。声が優しすぎる。どうしたらいいか分からない。全人類惚れる、死ぬ、声がいい。目の前には顔面国宝の五条さんが居て、私を見詰めながらハニトーを召し上がられている。耳から夏油さん、視界に五条さん。死ぬ。死、死ぬ……。私は今日死ぬのでは……?
熱唱する祓本、歌もうまかった
何千回か死んだ。
→
←