「先生。ドーナツの穴について教えてください」

 2100年、、昼休み、中庭、晴れ。

「いい質問です」

 俺の片目の世界から見える先生の表情が目に見えて明るくなった。ドーナツもいけるクチらしい。
 先生の隣に腰を下ろし袋を広げる。先生は袋を覗き込みドーナツを選んでいる。

「さて。ではまず、ドーナツを定義しましょう。ドーナツとは、小麦粉、砂糖、イースト、等を混ぜて捏ね、揚げたもの。異論はありませんね」
「はい。形は千差万別で、穴をあけてもあけなくても、ライオンのような形にしても構わない」
「そうです。しかしながら、ドーナツ、と一息に言ったとき、私の頭は穴の開いた、このようなドーナツをイメージします」

 先生が選び終えたドーナツを一つ手に取り、俺を覗いてみせた。早くも俺は一つ目のドーナツを食べ終えたところだ。

「料理的観点から。中心に穴をあけると、火が通るのが早いですし、カリカリとした部分が多くなりますね。中央に穴があいているもの、ことを、ドーナツ現象、ドーナツ盤、といいます。ここまで、私たちの共通認識です」

 頷いて、差し出して下さったドーナツを頂き、一口齧る。

「さあ、穴ではなくなりました。君は今、ドーナツの穴を食べましたか?」
「…ドーナツを食べました。でも、俺は未だ、これをドーナツとして認識しています」
「狡噛君は、世界をドーナツとして認識していると」
「ドーナツの穴までひっくるめて、ドーナツと呼ぶなら、ドーナツの穴から覗いた世界もドーナツじゃないでしょうか」
「では、ドーナツの穴を食べなさい」
「不可能です。ドーナツの身と穴、これが組み合わさってドーナツになるとして、この穴を食べるには、次元空間を移動するか、型でも取るしかない」
「ドーナツを食べて、昔のドーナツを思い出したとき、君の頭には、ドーナツの穴が存在するかもしれません」
「なれば、ドーナツに紐付けられる記憶は今この時になりそうです」
「君はもう少し、ドーナツの穴を見た方がよさそうです」
「先生こそドーナツを見た方が良いですよ。いずれにせよ悪魔の証明は出来ません。ドーナツは存在する」

 眉を寄せドーナツに噛り付き、会話を終了させようとしている先生に言葉を続ける。

「個人的に俺はドーナツは好き好んで食べる程ではないんですが、これからは定期的に食べようと思います」

 少し甘すぎます、と先生が呟いた。先生が一つ食べ終わる度に、すかさず次のドーナツを差し出し続けることで、何とか先生をこの場に縛り付けている。黙々とドーナツを齧り続け数分。

「…狡噛、と、先生」
「あら、パンの子」

 先生が、ギノにもドーナツを差し出した。

「…?ありがとうございます?」
「君。ドーナツの穴について答えなさい」
「…有っても無くてもおいしいです。俺はどちらも好きですが」
「正解です」

 クスリと笑った先生が腰をあげられた。