二人が力持ち
見るからに重たい参考書の山がここにある。一冊、二冊、三冊、四冊、五冊、六冊、七冊、……七冊!!
何百ページあるんだろう。これを持ち運べれば強くなれる気がする。
意気込んで伸ばした手を本にかけた時だった。ガシッと手首を掴まれた。
「は女の子なんだから」
「傑」
目をパチパチ傑を見ると、超軽々と言った様子で参考書を全て抱え込んでしまった。積み上がった七冊の参考書は傑に懐いている。めっちゃ言うこと聞いてる。多分バランスを取るための腹筋も傑には装備されているからこその言うことの聞き方。でも、でも。
「……女だからってやっちゃだめなの?」
「そういうことじゃないけど、ここは男に任せておきなよ、ってこと」
夏油が仕方ないなぁみたいな顔をして微妙に微笑みながらウインクした。どこへ運ぶの? って言う傑。職員室です。それでね、私だって何冊かは運べると思うんだよ。なんなら傑が居るのをいいことに一冊ずつ私の腕の中に積んで行くチャレンジがしたい感じ。
「私にだって運べるよ。何冊運べるかやってみたいから一冊ずつくれて欲しい」
「そんなことできるわけないだろう」
私がいるのに、と傑が言う。……これがモテる秘訣かもしれない。イケメンって怖い。プレイボーイって怖いな。
私は強く納得したが、同時に強く憤慨した。私にだって持てるよ。
*
やっほー、参考書。今日も七冊あるの? 一冊、二冊、三冊、……七冊ある。
今日こそ腕試しだッ!!
前回傑に七冊全部奪われてしまった参考書たち。やってみろや! とドヤ顔で私を眺めているに違いない。ていうか五条も傑も硝子もいつも満点なのに誰がこんな参考書必要とするの? ……ヤバ、考えないようにしよ!(絶対私だ!) なんで毎日教室に置いてあるんだろう、ヘンなの~! 先生の見ろって圧感じる!!
「何してんの」
「え、参考書と格闘」
ハァ……? て五条が言った。五条を見ると、なんか見るからにクソ重そうな何かを乗せたワゴンを教室の前で止めていた。ワゴンっていうかカートっていうか、なんかホームセンターで重くて大きい何かを乗せてガラガラ押すタイプの背の低いやつ。
「何運んでるの?」
「オマエ宛の参考書」
「エ゛ッッ」
「ウ・ソ」
吃驚した。ワゴンいっぱいの参考書嫌すぎて泣いちゃうかと思った。五条が私とワゴンを順番に指さす。
「それもココ乗せれば? 飛ばしてやるよ俺ヤサシーから」
「飛ば……飛ば?」
「無下限で移動させんの。練習がてらチョードイイし」
一つずつだと質量的に計算がメンドクセーしまずはデカいもんデカい窓から放り出してみた方が分かりやすそうじゃん向こうの空き教室にコレがあったから運んできて今向こうの廊下のハシまで行って飛ばそうと思ってたトコとか何言ってるかよく分かんないけど五条だから通常運転。
「そうなんだ。それ何キロある?」
「さあ? 知らね」
まだ計算してない。と言う五条に促され、とりあえずそのワゴンまで参考書を持ち運ぼうとした私は力尽きた。七冊? ムリムリ。色んな意味で無理。傑は正しかった、でも私だっていつか運べるようになるから。千里の道も一歩から。全身で押せるワゴンならワンチャンあるんじゃん!?
五条は参考書を二往復して運ぶ私を呆れた顔で見ていたが、乗せ終わると片手でワゴンを押し始めた。そのワゴンに乗ってる荷物が全部で何キロあるか知らないけど私だってやってみせる。私は五条がワゴンを押している片手に、自身の手を重ねた。
「五条」
「は、何、」
「私も押してみる」
「は? 何を?」
「このワゴン。貸して」
いややめとけば。五条が喉元まで出しかけた言葉がめっちゃよく分かった。そんなに重いの……?
「つかいつまで触ってんだよ」
五条がピッと引っ込めた手。ひとりでに動き出すワゴン。しまった高専の建物は古すぎてちょっと歪んでるところがあるんだった。教室前の廊下は前に傾いている。覚えた!
ヤバいヤバイって慌ててワゴンを掴む。一瞬でムリじゃんこれ、なことが分かった。なにこれ。私が引っ張られてるんだけど? ヤバい死ぬ。
「オイ!」
ガッと五条が力強くワゴンを止めてくれた。死ぬかと思った。
五条が屈んで私に目線を合わせてくれる。私は呆然と五条と目を合わせた。
「五条何キロ筋肉あるの?」
「一言目がそれかよ! 知るかっつーの!」
「それとも術式使った? 重いもの持ったり力使うとき。あまりにも重いよコレ。おかしいよ」
「別に使ってねーけど」
「え」
「ンだよ」
こんなの絶対おかしいよ!!! 五条なんて傑より細くて縦に長いモヤシみたいなのにこんな重いの片手で持てるわけないじゃん!!
心の声が大きすぎて声に出ちゃった。五条に頭を掴まれた。ヤバイ怒らせた!
「いたいいたいいたい! ごめん! ごめんなさい!」
「分かる?? 分かった?? 分~かりまちたか~?? このずぁんぬぇーんな脳みそちゃん、俺だって男の力なんだよねってこと分かったかな~???」
「分かった! 分かりました! ごめんなさい!」
「手ェ出してみろよオラ」
めっちゃガラ悪い。怖い!! ううー!!
半泣きになりながらも、許してくれそうにない五条を前に逆らう勇気はもっと無い。仕方なく震える手を差し出してみると、握り合わされてヤバ潰れる折れる痛い死ぬ粉砕される!!! 手が壊れる!!!
「な。腕の太さから違うだろ」
フッと手の力を緩められ、腕を並べられる。ぜーぜーしながら確認すると、確かに服の上からでも一目瞭然すぎてムカつく。五条の手がデカすぎてホントに巨人サイズすぎて怖すぎる。私の指先は五条の手の甲少しにも、かかっていない。くぼみに収まって終わっている。五条の指先は私の手の甲をすべて覆い隠さんという程なのに。
「物理で女のが弱えーんだから呪術師向いてねーよ。やめれば? 補助監督とかさぁ、才能なくても出来んのにしろよ」
「それを言うなら才能じゃなくて筋肉じゃん。それに女だからこそ胸に傷を負っても男よりは死ににくいかもしれない!」
「なんで傷を受ける前提なの? 男と女の絶対的な筋肉量の違い理解できてる頭大丈夫? あとオマエのその胸じゃムリだろ」五条がチラリと私の胸元を見たのが分かった。
「……筋肉を守ってるのだって脂肪だもん!」
「筋肉のが強えーけどな」
「わーん!!」
「ったく」
仕方ねーヤツって、ぺいっと手を離され、ぐいっと払いのけられ、戦力外とされた。助けてくれてありがとう、っていいそびれていたお礼を言ったが、五条は軽々片手でワゴンを押していき、片手で後頭部をガシガシかいて余裕をぶっかましてた。とても悔しい。でも冷静に考えて身長があまりに違いすぎるから無理だな?
多分術式の練習中だっただろう五条はその後、嫌がらせのようにしっかりと参考書を私の部屋の前にお届けしてくれていた。
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