靴を買い替えてもらう恵
今日はさんと高専で待ち合わせだ。高専内、自販機の前のソファに着いて、俺は靴から足を抜いてソファに足を上げてしまう。
学校で上履きが若干きつくなってきたと感じたのは気のせいじゃなかったらしい。やっぱ靴がキツイ。とはいえ、どんなのを買えばいいのか。
この間足を入れてみた五条先生のスニーカーは、空を歩いている感じというか、クッション性が重視されていてふかふかだった。地上に足をしっかりとつけるのを好む俺とは真逆のタイプといってもいいような靴だった。だからと言って、先生の仕事用の靴裏は硬すぎる。あの人には足にあったオーダーメードってやつだからいいんだろうけど。
靴……。
自分の靴先を眺めていると、ピカピカに磨かれた茶色い靴先が俺の前で止まった。
「伏黒君。もしかして靴の悩みですか?」
「七海さん」
珍しい人に声をかけられた。ザ・ビジネスマンという感じの靴を履きこなしている七海さんは、普段は商社というところで働いているらしいが、時々高専にやってくる。
「私も昔、いろいろと試した時期がありまして」
七海さんにもそんな時期があったのか。そうなんですか、と心のままに言うと、七海さんの口元が優しく微笑んだ。五条先生や夏油先生と違い、穏やかで人をバカにするなんて天地がひっくり返ってもしそうにない七海さんにはなんでも相談したくなってしまう。
「どういうものが良いのですか?」
「しっかり地に足が付けて、グラグラしないようなものがいいです。私服の五条先生のふかふかのと反対のような感じです」
「ああ。五条さんは普段EKKOを履いていらっしゃいますね。反対ならドッグフィートあたりが良いんではないでしょうか」
「! 試してみます。ありがとうございます」
「では、私はこれで」
七海さん、スーパー優しい。
俺は靴に爪先を突っ込んで、向こうに見えたさん目掛けて駆け出す。
恵~!! とニッコニコに両手を広げてかがんでくれるさんの胸に飛び込むのはもう卒業したんで。俺は犬とかじゃないんで。もうすぐ中学生なんですけど?
おいで~! しかしあまりにピカピカの笑顔すぎるのと、これからするお願いを考えると、仕方ねえから飛び込んだ方がうまくいくだろう。あんまり飛び込みたくねえけど仕方ねえ。
もふっとなった。さんは柔らかい。五条先生は柔らかいもんが好きなのかもしれない。
かわいいね~~って頭撫で回すのやめてください。俺はさんを押し返した。
「さん。あの……」
「なあに?」
「ドッグフィートっていうブランドが入ってる靴屋さんに行ってみたいです」
さんは目をぱちぱちとして俺の靴を見る。
「えっごめん気付かなかった。ごめん。言ってよ!」
察してくれたらしい。
*
お店に到着。目の前には靴がズラリ。そしてたけえ。
「必要経費だよ。大丈夫大丈夫。五条が出してくれると思うよ」
「将来の俺の稼ぎからでしょ……」
「ン、ンー……」
さんは言葉を濁しつつも、こんなのどう? と俺に提案してくれる。
「いいと思います」
俺は椅子に座って靴を眺めている。
なんていうか、さすが七海さんだ。あんな感じ…こんな感じ…と漠然としていた俺の理想が詰まったような靴が何足か見える。さっきのさんがすすめてくれたのもだし、歩きやすそうなあの靴も、脱ぎ履きしやすそうなあの靴も少し気になる。
ボーっとしているとさんと店員さんが何かを話しだし、足のサイズを計られた。希望も聞かれた。いいなと思っていた靴やおすすめらしい靴を何足も持ってこられてしまった。買わないとヤベエやつ。今年は高専に出張ってお年玉を強請った方が良さそうだ。
店員さんに差し出された靴を履いた。カシャ、と音が聞こえた。
「似合うね。かわいいね」
歩き回ってみて脱いで、店員さんに差し出された靴を履いた。ちょっと関節が靴に当たってる気がする。形が合ってないかも。カシャ、と音が聞こえた。
「それも似合うね。かわいいね」
歩き回ってみて脱いで、店員さんに差し出された靴を履いた。あ、これいいな。脱ぎやすいし履きやすいし。カシャ、と音が聞こえた。
「何履いても似合うね。かわいいね」
「さん。あんまり外でそういうこと言わないで欲しいです」
「え、ごめんね。家帰ったらいっぱい言おうね」
「……」
歩き回ってみて脱いで、店員さんに差し出された靴を履いた。やっぱさっきの茶色いのがいい。ちょっと五条先生の仕事履きにデザインが似てなくもないのが歓迎できないけど。カシャ、と音が聞こえた。
「さん」
「なにも言ってないよ」
「顔が」
「顔が?」
「ひどいです」
「えっ」
「冗談です。ほんとうですけど」
靴を脱ぎ、さっきの靴を見る。正直俺の心の中ではもう決まってる。けど、値段が。こんなに履いといて、って感じだけど、うちにお金はない。
「これがいいの?」
さんが俺が見ていた靴を手に取る。
「……はい」
と頷くが、五条先生に借りを作るのも、さんに甘えるのも嫌だ。将来の俺が払うなら、靴から親指が突き抜けるまで履き潰せないものかと思ってしまう。また来年には買い換えている可能性が高いし。
そんな俺の葛藤もつゆ知らず、さんは店員さんにその靴を任せてしまった。
さんが座っている俺の前にかがんで目線を合わせてくる。お母さんみたいな顔をしている、これをきっと慈愛っていうのに満ちた表情っていうんだろう。
「恵、私に靴選んでくれる? いいこと思いついたんだ」
手を引かれるままレディースの靴売り場へ連れていかれる。スニーカー、サンダル、色々ある。
多分だが、さんは五条先生のクレジット一括を己の靴を買って誤魔化すつもりなんじゃないか。五条先生が鼻の下でれでれ伸ばして快諾するっつーか絶対気にしねえ図が見えなくもない。多分、一番良い選択は、さんに一番似合う靴を選ぶことだ。そうすれば俺達は五条先生のポケットマネーで5桁円の靴を入手することが出来るかもしれない。これから春が来て夏になる。スニーカーは気に入ったものを履いているのを知ってるし、サンダルなんかがいい気がする。
「……これとかどうですか」
「いいね」
「これは?」
「いいね」
「これはどうですか」
「いいね」
「なんでもいいんですか」
「恵が選んでくれるのは全部買いたくなっちゃいそうでちょっと困ってる」
「……」
さんと五条先生って、なんかお似合いな気がしてきた。
*
でも私はこれが一番好きかも、と恵が選んでくれたサンダルを履いてみた。結果、足にフィットするしいい感じだったので。
『みてみて。買っちゃった♡ 許してにゃん♡』
靴の画像を送った。
『逃げ出していくつもりじゃないよね?』
『五条のとこ向かうつもり♡』
『えっ……期待しちゃうんだけど』
『お夕飯楽しみにしててね♡♡♡』
『♡多くて逆になんか気になるんだけど???』
レシートの画像を送る。
『報告ありがとう。でももっと高いの勝手に買ってくれていいからね?』
安物じゃんと言わないだけ多分成長しただろう。
やっぱり全然気にしてないや。五条は思ったよりも倹約家で、目の飛び出るような額を使ったかと思えば、必要のないところには一切お金を使わない。靴は必要経費だ。恵なんて五条に稽古も付けてもらっているのだから、人よりずっと良いものがいるなんて当たり前のことだし。何より足の発達は重要だ。あとは上履きも新調して、中学通うためのローファーも……。あと忘れてるものないっけ……。あとで五条に聞こう。
隣で靴箱を抱えてほくほくしている恵が可愛い。私は自宅に配送にしてしまったけど、やっぱりまだ子供なんだなあ。新しいものにワクワクできるっていいなあ。恵かわいい。私もやっぱり、海外に勉強しに行ってみようかなあ。
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