五条とポッキーゲームする

 一年ズが揃ってるし、お茶にでもしようと給湯室でコーヒーを作った。五条の砂糖バカスカコーヒーと、恵と悠仁くんと野薔薇ちゃんと。適当にカップに注いで五条の執務室に戻り、開けてーって言おうとした時だった。バンと扉が開き、中から出て来た恵が「お昼行ってきます」( ゚д゚)顔の悠仁くんを引き摺り「変態教師」プンスコ野薔薇ちゃんと一緒にスタスタと行ってしまったのである。
 ええ…この大量のコーヒーどうしよう……。伊地知とか硝子とかに配るしか……。踵を返そうとしたところで、ひょいっと扉から半身を出した五条がひらひら手を振ってきた。

。入ってきなよ」
「……五条、こんなにコーヒー飲める?」
「え、いらない。早く入って来て」
「あと野薔薇ちゃんに何したの? またスカートでも履いちゃった?」
「ん」

 普段同意の時に出される声に、エッ履いたの???と思いながらも扉をくぐる。
 五条はポケットからスッとポッキーを一本出し、いつもの椅子に座ってふんぞり返り、顎を突き出しこちらを凝視していた。良かった、多分履いてない。ポッキーは突き出されている。……折ればいいやつ?

「ん!」
「うん?」
「ん!!」

 五条がポッキーを指差し、口を突き出してこちらを見ている。

「え、怖い、なに? ポッキーがどうかしたの?」
「ンッンーンン!」

 バンと机に手を付きいきなり立ち上がった五条が、伊地知が赤丸を書き込みすぎていて何がなんだか分からなくなっているカレンダーを激しく指差し叩いている。11月11日。ああ、今日そんなくらいだった気がする。だから何???
 私はコーヒーたちを乗せていたトレーを机に置いて、自分のコーヒーに口を付けた。五条がむすっとしたまま近寄って来る。ぽり、と齧っている音が聞こえる。「ん!!!」さっきからポッキーを指さされても、え、や、だから何……? という感想しかわかない。

「うん……? 良かったね、おいしいね?」

 バキィ! 五条がポッキーを手を使って噛み折りバキベキムシャァゴリゴリゴリ……口に含んでいる分をやたら機嫌悪そうに食べている。怖い何この人。

「ハッアーーー」

 盛大に溜息を吐いた五条は私の隣に腰を下ろして来た。ソファが沈む。私は自分のマグを片手に持ちつつ、五条に彼の分の砂糖コーヒーマグを渡す。

「ん」

 しかし五条は私の両手からマグカップを取ると、トレーの上に戻した。飲まないの? 私は肩を掴まれ五条の方を向かされた。五条はさっきの食べかけポッキーを目の前に見せつけてくる。目隠しをずり下げた五条は滅茶苦茶機嫌が悪いですというムスッとした顔をしている。28歳児だ。

「ポッキーの日」
 ああ。
「ポッキーくれるの?」
「ボケとか求めてないから」
  
 口にポッキーを差し込まれた。チョコおいしい。と思っていたら、五条が向かいでポッキーを咥えた。すごい口元がニヤニヤしてる。やだ。どうしよう。進むべきか折るべきか? とりあえず一口進む。
 ボキ、と一口齧ってみると五条も一口進んできた。いや、困る。青い目にガン見されているせいで今更ちょっと緊張してきた。顔はいいんだよなぁと思わざるを得ない。きらきらした空みたいな瞳で見られるとちょっと気恥ずかしくなってしまう。徐々に近づいてくる五条の顔に耐えられる気がしない。やるなら一思いにやって欲しい。けど、自分からもっと食べ進むのは、なんか負けた気がしてやだ。

「ウー……」
「ん~~~?」

 瞬きしないの? くらい目をかっぴろげてにやにやしている五条、ずっとこっち見てる。せめて目瞑ってくれたらいいのに。……ホントに顔だけは良すぎて困る。白く長い睫毛がばさばさ生えているぱっちりお目目、グロスでもつけてるのってくらいぷるぷるの唇、毛穴一つ見つからない玉のような肌、……って、これ五条も私の顔そんな感じに見てるってことじゃ? 待って耐えられない。無理。
 もう一口、と食べ進んできた五条に、私は衝動的にポッキーを噛み切った。

「は?????」

 片眉を顰め片眉を上げ、片目を歪め片目を見開くという、高専時代よろしく超絶怖い顔、久しぶりに見た気がする。超怖い。五条のあまりの形相につい体が固まってしまい、腕を勢いよく引っ張られたのに全く反応できなかった。ガチッと歯がぶつかる。

「う゛、」

 いたい。なきそう。その場、即ち五条の膝の上に崩れ落ちた。じーん、と歯から響いてくる。唇もぶつかって痛い。く、くぅ……。五条も響いているんだろうか、声を発さず悶えている。そんな勢い良くぶつけなくたって、く、痛い、くっ……。

「いた、い……。いたかった……」
「……っ何でさっき、折ったの。マジ、ありえないんだけど。僕に痛いちゅーまでさせて、ちょっと、ヒドくない??」
「五条が、したんでしょ……」

 悶えていると名前を呼ばれ、顔を上げたら、す、とまた口にポッキーが差し込まれる。しかもチョコついてない方。いじめじゃん。もうやりたくないし。痛いし。チョコついてない。チョコ食べたい。五条がポッキーを手に持って支えててくれてるから一口齧った。チョコある。おいしい。ぐす。

「罰ゲームとして今度はお前から来てよ。次噛み切ったりしたら分かってるよね? しっかり僕とぶちゅーまでな」

 五条が向かいを咥える。私は彼の太ももに半身跨り、体を支えられているわけだが。居た堪れない。私の腰を抱き、じっとこちらを見ている目は早くしろと本気で急かしてきている。
 怖い。顔が良いのもつらい。後頭部に手を添えられて軽く力を込めて促される。はい。ごめんなさい。
 諦めて、ぽき、ぽき、と食べ進んでみる。五条は澄ましたようにこちらを見ている。進めば進むほど色素の薄くなっていくような五条の瞳。その虹彩をギリギリまで追っていたい気持ち半分、ずっとこちらを眺めているのに恥ずかしくなってきてしまう気持ち半分。
 ちょっと、ポッキーゲームは、きつい。お昼からこんな明るいところで、素面でこんなことしなきゃいけないのは、ちょっと、大分。
 じっっっとこちらを見ている五条に恥ずかしさの方が勝ってしまい目を閉じた。だって五条の目にでかでかと自分の顔が映ってた。目を閉じるとバクバク自分の心臓の音が際立って聞こえる。五条に支えられている頭の後ろも熱くって、どうにかなってしまいそうだ。……おかしい! これじゃ私が五条のこと好きみたい。いや、この顔で迫られたら誰しもこうなる!!
 心の中で一息ついて、きっともう少しだ、と頑張ってポッキー齧っていく。まだかな、もうちょっと大きく齧った方がいい? 羞恥に耐え忍びながらなんとか進んで行くと、ちゅ、と唇が触れた。……やわらかい。薄く目を開くと、ゼロ距離で五条の天色の瞳が私を捉えていた。にんまり彼の目尻が歪む。~~なんっで目開けたままなの!? 普通瞑るでしょ! 瞑ってよ!! とにかくこれで満足したでしょ!? ちゅーしたよ!! したから離して!! と離れようとするが、離、ちょっと!

「んんんん!!!」
「んー?」

 頭の裏に回されていた腕に力が込められてびくともしない。ぼそぼそした小麦粉とチョコでねっとりしてる甘い舌が侵入してきて情報量が多い。むり。わけわかんない。五条の舌がチョコでいつもより甘くておいしいって感想しかわかない。腕の力つよすぎて逃れられない。普通に無理。
 彼の胸板を押し返して精一杯抵抗の意を示してみるも、ねっとり舌を絡められ愛撫されてしまえば力が抜ける。鼻から声が漏れてしまって恥ずかしさに泣きそうになった。鍵もかけてない、誰が来るかも分からない高専内で、こんな。舌の裏から歯列まで、食べちゃうみたいに好き勝手にされているのに、彼の舌を噛んでやれない自分が一番信じられなかった。
 ほんとに勘弁してよ、って五条を睨んでみても、五条は一層楽しそうに目を歪ませて深く口付けてくる。まるでやめてくれそうにない。意味分かんない。ぼーっとしてきた。もうだめだ。ちょっと口を離すだけでいいから、酸素くれて欲しいし、もうちょっと手加減してくれたっていいと思う。真っ昼間からこんな濃厚なキスとかバカじゃないの? お酒に弱いだけあってチョコにも弱いの? 耐性ないの? すぐ欲情しちゃうの? もうやだこの人。
 ぐずぐずになっていると、こんこん、「悟いるか?」「んー?」「ん!?」え、あ、待って、その声はパンダじゃ。五条なんで返事してるの?離して! と五条の胸元に呪力籠ったパンチしようとしたのに素手で止められた。私の喉まで食べるつもりなんじゃ、ってくらいに口づけを深くしてきたオマケ付き。超ムカつく。ガチャ、と背後で扉の開く音がした。
 やだ、助けて。と、見ないで、が混在してるけどとにかく開けないで! 今すぐ閉めて!

「ツ、ツナマヨ!」
「邪魔したな」
「……お熱いもんだな」

 バタンと閉められた音が聞こえた。幸い私は扉に背を向けていたとはいえ、……いや、だから逆に、えっ、……察しが良すぎでは? 私の背中しか見えてなくない? 五条の頭は見えたかもしれないけど、……え、キスしてるところは見えてない筈なのに何で察……え?
 もうやだとにかく離して五条! 五条を視線で殺してやるぐらい睨みつける。

「っぷは、っは、っはぁ、」
「なに。眉釣り上げたって怖くないよ馬鹿だね♡ ポッキー美味しかった?」

 生徒を前にしても悪びれも無くキスを続けたこの男、一体何なの? まるで駄目な大人なの? 先生以前に人として駄目じゃない? や、でも、五条って考えれば、五条家の当主って考えたら、あれなのかな、やっぱり子作りとか親が見てる前で初夜するみたいな、筆下ろしは精通時に誰かが犠牲になって終わってるとか、とにかく一般からはかけ離れた貞操概念っていうか、オープンセックスっていうか、……頭なでなでされたって騙されないからね。

「……信じらんない」
「何が?」

 だめだ。五条に正論を説いても仕方ない。五条はポッキーをぱくぱく口に運んで、機嫌良さそうに砂糖コーヒーを飲んでいる。……そんなにポッキー好きだったっけ?

「……そのポッキー好きなの?」
「んー、普通かな。でもとポッキーゲームできて僕満足」

 五条がポッキーをポケットから出した。箱は、見たことのある赤いやつじゃない。なにこれ。見たことない。絶対そのへんで売ってない。なにこれ。チョコが濃厚で美味しかったけどなにこれ。わかった。わかったよ。

「……ねえ、そのもう一袋もらったら、だめ?:
「え? 一袋分キスしたいってこと? いいよ何回でもしよ」
「違うヤダやめて。違うの。詫びポッキー。さっきの一年と二年の皆に詫びポッキーしたいの。した方がいいよ、五条」
「え? お前、僕とべろちゅーしてるの察された直後にあの三人と顔合わせる度胸あったんだ」

 そうだった。
 意外~なんて私にもう一袋をくれる五条、こいつ、遊んでやがる。滅茶苦茶むかつく。むかつくのに、恥ずかしくて顔に熱がのぼってきてしまって両手で顔を覆った。もうやだ。私はそんなつもりなかったし、っていうかだって、

「五条のせいじゃん……」
「まあまあ。恥ずかしがることないよ。べろちゅーなんて普通の事だし」
「教師やめたら?」
の専業主夫にならなってもいいよ」
「話通じない……」


 後日詫びポッキーをしたら、悠仁くんは何故かそわそわしていたし、恵はスンとしていたし、野薔薇ちゃんは明後日の方を見てた。パンダにはも大変だな、うん、その、な、と気を使われ、顔を赤くした棘くんにはそっぽを向かれ、真希ちゃんには微妙な目で見られた。詫びをポッキーにしたのがまずかった。多分思い出させた。本当にごめん。皆には更にクォーラを配ることで許してもらった、と思う、多分。
 そして余ったポッキーは傑にあげた。ら、一年ズが悟とのキスの仕方について話していたんだけど、大丈夫? って言われたから、怒りのまま五条を問い詰めたらお前がどういうキスすんのかうっかり口が滑っちゃったほしみとか言いやがった。私、更に生徒に合わせる顔がなくなったんだけど。もうホント教師やめた方がよくない? 五条。嫌い。