SAITAMA in KAWAGOE 2

「めっぐみ~!!! 新しい同級生ゲットだね~!!!! おっめでと~!!!!! ちょっと早く開けてよ」

 あれから、寮に戻って読書をしていた俺の部屋の扉をコンコンコンコンコン叩いた五条先生に、俺は仕方なく重い腰を上げた。扉を開くと先生に、ペラリと何かの紙を渡される。埼玉県川越市……住所?

「ということでさ。女の子一人じゃ大変でしょ。恵、明日引っ越し手伝ってやんな」

 他人事みたいに言いやがって。

「……なら虎杖とか虎杖とか虎杖を連れて行った方が早く済むんで連れてっていいですかいきますねじゃあおやすみなさい」

 と言いドアを閉めようとしたが即座に先生の足が挟まれた。先生はハンカチをうぎぎと噛んで、さらに滅茶苦茶を言う。

「よく考えてよ!! 今悠仁と野薔薇は任務でいないの!! だから僕は今こんなに大きな声で恵に喜びを伝えてるの!! 二人には教室でドーンって紹介したいからまだダメ!! でもあの子は歩く呪霊の餌だから明日恵ちゃんが一緒にパパッと行ってあげなさい!!!」

 まあ確かに、俺一人で行った方が、虎杖と釘崎が2級呪霊と鉢合わせるよりはマシかもしんないけど。俺が祓ってる間にフィジカルがおかしい虎杖に引っ越しの荷造りを済ませてもらいたかったのに。つーか大体同級生の任務のスケジュールとか覚えてねえよ。
 翌日。俺がそんなことを思ったからだろうか。補助監督に送ってもらい、何時にピックアップしますから、と伝えられ、彼女の家に上がっている現在。ボロ小屋と言っては失礼だが、それ以外に形容のしようがないアパートの一室。木が軋み隙間風が入り込んでくる玄関のドアを、呪霊がバンバン殴り壊そうとしていた。というかむしろ今壊れる。もう何発か殴られているのに、まだ壊れていないことが奇跡に近い。入る時に扉に呪力が纏わりついているのに気付いたが、この時のために、あったものだったんだろうか。

『持って行きたいものは特にないので全然大丈夫です、むしろ家を引き払う時にゴミに出さなくちゃいけないものの方が多いかも……』

 本当に何度も行き来しなくても大丈夫なんですか? と尋ねた補助監督に彼女がそう答え、車に積んできた段ボールを一つずつ俺と運んでから、そこにものを入れ始めたのは数十分前のできごとだ。
 俺はこの現状を受け、歩く呪霊の餌、と言った五条先生の言葉に少なからず納得した。

「ああ、大丈夫です。いつものことなので」

 溜息を吐いた俺に、彼女が気にしないで欲しいと付け足した。いや、気にしろよ。

「……今までどうやって出かけてたんですか?」
「こういう時はバレないように、向こうの窓からささっと」
「窓から」

 またも溜息を吐き頭を抱えた俺に、彼女が席を立つ。何をするのかと目で追うと、彼女が冷蔵庫を開けて、閉めて戻って来た。謎の行動。

「すみません。手伝ってもらうなんて聞いてなくて」
「それは別に。さっきの、冷蔵庫に何かあんの?」
「え。えっと、逆です。何もなくて」
「……」
「お菓子とかあったら良かったんですけど。すみません……」

 微妙な無言が俺らの間を漂い、玄関の方からは近所に視えるヤツが居たらホラー以外の何物でもないだろう音が鳴り響いている。
 別に怒ってないしそういうのいいから早く荷造りを終えて欲しい。まあ時間まで補助監督は来ないだろうし急ぐ必要はないけど、なんつーか……色々気にしないのか。五条先生も五条先生だ。まああの人にそういう気遣い求めるのはお門違いもいいところか。
 早く荷造りしろといったら、ひたすら申し訳なくされそうだし。本人的にはもう少しゆっくりしたいかもしれないし。が、このままの無言はなんだか居た堪れない。というか、この状態で落ち着いている彼女は大分おかしい。充分めでたい頭をしている。呪術師の才能あるかもな。呪霊、うるせえ。

「あのドア、よく壊れないな」
「ああ。定期的にこう、ハッ! と修理しているので」

 術式使えんのかよ。

「それ、今やってみてもらっていい」

 言うと、彼女は頷いて、おそるおそる扉の前へ向かっていく。もうちょい遠くからやると思ったのに、あまりに扉の近くへ寄っていくから、心配になって俺も彼女のあとを追う。――バキッ。

「あ」

 最悪だ。嫌な音を立てて扉が壊れ、真ん中から呪霊が顔を出した。

「っひ、」
「掴まれ!」

 彼女に伸ばした手を彼女が取って、俺はそのまま勢いよく彼女を後ろへ投げ飛ばす。両足と反対の手に呪力を込め、呪霊が体を捻じ入れようとしてメリメリいっている穴に拳を繰り出した。
 呪霊は発狂しながら、俺の呪力の籠ったパンチに、めり込んでいた扉ごと吹っ飛んでいく。手応えはあったがまだ祓えてない。

「アレはそんなに強くない。アンタ逆に危ないから、こないだみたいに俺と帳ん中入ってろ。ちょっとこっち来れるか」

 床に叩きつけられたのだろう、後ろでゴホゴホ言っている彼女はそれでも俺の方へ這って来たのが分かった。割と根性あるよな。
 体勢を立て直した呪霊は凄い速度でこちらへ走ってきている。技とかなんか無いのか? 物理で殴り合う系なんだろうか。

「闇より出でて――」
「ァアアアア゛キンニクウゥウツウゥウナノニイィイイタァアアアアイ!! ニヅクゥウリイイイキラアアアアイィイ!! ヒッコスヤツゥウウミンナアアイッショニクルシィメエエエ!!!」

 俺の帳を下ろす詠唱と、ご丁寧な呪霊の自己紹介が重なった。
 呪力籠った二発目のパンチで散った呪霊は非常に弱かった。おそらく4級程度だろう。
 で。

「……このドア、どうする」
「き、昨日の家入先生に、治してもらえないですか……」
「非生物は無理」

 呪霊を祓い終えた今、敷地内の道路にドアが横たわっているという惨劇だけが現実に残った。隙間風どころか扉のなくなった玄関から眺めるそれは大分シュールだ。
 隣で\(^o^)/オワタしている彼女は「私の代わりに怪我をしちゃったんですって大家さんに言ってみます」とポジティブに現実逃避をしている。

「まあ多分大丈夫だ。呪霊による被害だし、アンタが払うことにはならないと思う。というかもう高専の人間だし、基本はならない」
「え! 高専の人間という肩書、めっちゃ便利ですね」
「玄関から、扉が落ちてるところまで。呪力わかるか」
「はい」

 彼女の目線を辿ると、綺麗に呪力を追っている。

「ああいうのを残穢って言って、あれが確認できれば大体何とでもなる」
「へえ~!」

 残穢が呪霊のものならな。故意にやって人殺したりすると呪詛師って呼ばれて処分だけど。と心の中で付け足しながら、とりあえず片付けなくては始まらないので、俺は一旦靴を脱ぎ、大きめの段ボールを一つもらって部屋を出る。
 すると俺を眺めていた彼女が後ろをついてくるから、直ぐに俺は足を止め振り返った。

は荷造りしてていい。その間に俺は扉を片付けとく」
「いえ、私もやります。その、あの、ふし……えっと」
「伏黒でいい。敬語もいらない」
「伏黒くんに任せるのは申し訳なく」
「なら時間に遅れる方がめんどいから荷造りしてて欲しい」
「はい」

 彼女が部屋に入ったのを見て、俺は扉の残骸を拾いに行く。残骸と言っても、散らばった木くずからデカい欠片、まだかろうじて扉っぽい破片まで様々だ。
 屈んでだらだら拾い出すと、たまに通りかかる通行人が速足で去っていく足音がよく聞こえる。確かに、木っ端微塵になった扉っぽいものの破片を拾い集める黒づくめの制服の男は普通に不審者でしかないので、是非とも関わらないでそのままそっとしておいてくれ。
 そんなことを祈っていたのに、誰かが走ってくる音が近寄ってきて顔を上げた。見えた靴先で知ってたけど。……なんでちょっと泣きそうな顔してんの。

「ふ、ふし、ふしぐろくん。ちりとりとほうき、どうぞ!」
「……オマエさ」

 本日何度目かの溜息を吐く。受け取ろうとしても、どうぞと言った癖にそれを渡してこないで俺の傍に異様に寄って来る彼女がいよいよ意味不明で勘弁してほしい。

「あの。怒らないで、聞いてくれる?」
「呆れてるだけだけど」
「ひどい。あの、あのね。あの、窓の向こうにもなんか居るっぽくて、コンコンされちゃった」

 早く言え。
 やっぱり彼女と居ると、呪力探知が疎かになる気がする。
 やっと高専へ戻れた。もう構うものかと彼女を滅茶苦茶に急かしてさっさとタクシーを拾った判断は間違っていないと思う。
 あの短時間で呪霊を二体も祓い、扉と窓の掃除を終え、大家さんにネチネチネチネチ言われた俺は肉体的にも精神的にも筋肉痛になり始めていた。それは荷造りをして逃げ惑って掃除をして大急ぎで荷造りをして大家さんにネチネチ言われた彼女も同じようだ。つまり、俺達は大分疲れている。
 この女は早く高専に隔離すべきだ。結界の中から出さないべきだ。本気で今までどうやって生きて来たのか。
 報告を聞いた五条先生は目の前で「ウケる~!」とか言ってるけど、全然ウケねぇんだよこっちは。

「今度一緒に任務行くの楽しみだな。ま、それはそれとして、とっておきのお守りでもあげるっきゃないね。ジャ~ン! 実は僕、用意してました~!」

 先生が彼女にお守りのような形をしている謎の呪具を手渡す。

「それに呪力込めてみて」
「呪力……込め??」

 パっと彼女が俺を見た。じゅりょくってどうやってこめるのふしぐろくん。って顔をしている。五条先生に聞け。
 助けてくれなそう、と察した彼女は次に五条先生の顔を見つめたが、「はい。呪力込めて! せ~の!」先生が察せられるわけがない定期。

 こうですか? こうですか? こうですか? こうですか? こうですか?
 ちっがぁああ~~う!!!!!

「……扉にハッとやったんだろ。あんな感じだ」

 見かねて口を出せば、「あぁ!」と彼女が目を輝かせる。

「ハッ!!」
「できるじゃ~~ん!!」

 彼女の呪力が吹き込まれたその呪具は、どんどん呪力を増幅させ始めた。いや普通に怖いんだけど。

「どういう仕組みになってんスか、コレ。さすがにここまで元の呪力無いでしょ」
「さっすが恵~! 分かった~? コレね~ハッタリ。低級呪霊なら寄って来なくなるでしょ」
「それ1級以上寄ってきません?」
「まあ……ドンマイ!」
「死に確じゃねーか」
「恵ちゃんお口悪いわ~。先生怖い~。ジョーダンだよ。大丈夫大丈夫、防犯ブザー機能ついてるから」
「そういう問題じゃないでしょ」
「うん。……いや、これはこれでアリじゃない? 1級呪霊ホイホイって二つ名もプレゼントしちゃう」
「イヤ真面目にどうすんですか」
「ん~……どうしようねえ」

 先生が彼女から呪具を取り上げ、アイマスクを下げた。覗いた六眼に彼女が「わあ」と声を上げる。「あおい……」という心の声が漏れている。「あおいよ~あとイケメンでしょ~」と五条先生がゆるく返事をした。「先生、カラコンですか?」「うわ女子高生みたいなこと言うじゃん。裸眼だよ~」「すご~い」「すごいでしょ~」……なんか、この二人見てると緊張感が薄れる。

「うん。やっぱり寄ってくんの2級までってところだね。常に2級以上の術師と組ませて、外出も同伴。死にたきゃ勝手に出てっていいけど、実際厳しいでしょ」
「あの。1級が一番強いんですか?」
「そだよ。ちなみにラーメンイケメン僕特級。1級の上に特級がある。呪霊も同じね」
「へえ~」
「ま、じゃあそういうことで。一件落着!」

 先生が目を細めてニッコリと口を▽にしてピースをした。俺の口からはまたもや溜息が漏れた。恵幸せ逃げるよ~なんて言われても、だって今落着しました?

「どこが落着なんですか……何気に条件厳しすぎでしょ」
「え? そんなことないよ。恵が面倒見れる範囲じゃん」
「は?」
「実際今までも何とかなってるし」

 先生が俺の肩に手を置いて、彼女と向き合わせる。

「こちら同級生の伏黒恵くん、2級術師だよ。良かったね、!」

2 交流を深めよ! ~筋肉痛と少年少女~